11月22日(3)
健二の手が胸元に迫ってきた時、叫び出しそうなほどの恐怖だった。カラオケの室内で叫んだところで助けが来るかどうかはわからない。
バンッ!!!
っと大きな音が聞こえて体も心臓もビクッと震える。健二の手も止まり音の出所に振り返った。
田中くんがテーブルに両手をついて立ち上がっていた。下を向いていた顔が少しずつ上がって、いつもはオドオドとした表情をしている彼が珍しく眉間に皺を寄せて、健二を見つめた。
「こ、ここカメラついてるから……すぐ店員さんにバレるよ?こんなことして学校にバレたら退学にさせられちゃうかも……」
「………チッ」
舌打ちをした健二は手を引っ込めて、ポケットに入れていた携帯を取り出した。
少し考えればわかるようなことも、人に言われてから気づくなんて本当に頭が良くないみたいだ。確か高校もレベルが低いところだったはず……
携帯を見ていた健二の目が私を見て口元で笑った。
「じゃ、誰にも邪魔されないところに行こうぜ」
私を無理やり立たせて部屋から連れ出される。私の肩に手を置いて後から出て来た2人に視線を向けた。
「田中も会計して後から来いよ。〇〇ホテルに行くから」
「え……」
「いや……ちょっと!ホテルって!?」
「いいから。来いよ」
肩を掴まれて私の力じゃ勝てそうにない。後ろにはE組のあいつもついて来ていて、逃げようとしてもすぐ捕まってしまうだろう。
力が強くてゴツゴツした手。涼ちゃんの柔らかくて優しいあの手と似ても似つかない。
人通りも少ない道を3人で歩く。どこのホテルかわからないけど、そういうことをする場所に向かっている。
下を向きながらできるだけゆっくり足を進める。チャンスがあればすぐ逃げ出せるように………
美月さん……バイト行けなくてごめんなさい。無断で休むなんて迷惑かけてしまってごめんなさい。携帯も取られてしまって誰にも連絡できなかった。
心配してるかな……まさかホテルに向かってるなんて誰もわからないよね。
――――――
だから遠くから名前を呼ばれた時すごく驚いた。
駆けてくる人を見れば涼ちゃんで、驚きと嬉しさと困惑が入り混じってどういう感情だったのか私にもわからない。
でも、涼ちゃんがE組のあいつに腕を掴まれて一緒にホテルに連れ込まれそうになってるのを見て、やめてほしいと健二に懇願した。
涼ちゃんが来てくれたのは本当に嬉しかったけど、私のせいで巻き込まれては欲しくなかった。
傷つくなら1人で十分だと思った。
ホテルの入り口前で真っ黒のスーツを着た大きい男の人に片手で健二が持ち上げられて、肩に置かれた手が離れていった時、びっくりしすぎて少し呆然と浮いている健二を見てしまったけど、すぐ涼ちゃんの元へ駆け出していた。
勢いよく涼ちゃんに飛びついちゃったけど、ギュッと抱きしめてくれてずっと体中が強張って緊張して恐怖していたのが一気に解放され、安心感に包まれた。力強く抱きしめられ嬉しかった。
どういう経緯で涼ちゃんと田中くんと要ちゃんがいるのかわからないけれど、私のためにみんなが来てくれたんだということはわかるからお礼を言う。
「あ、あの……これ……」
「私の携帯……ありがとう」
田中くんが大事そうに持っていた物は私の携帯だった。
「あれ?凪沙の携帯……田中が持ってたの?じゃあ、電話した時出たのって田中?」
「う、うん……」
「そうだったんだ。ありがとう。凪沙の居場所教えてくれて」
涼ちゃんはそういうと田中くんに微笑んだ。
「ホテルの前でゆっくりおしゃべりはできませんので、今日はもう帰りましょう。悠木さん。凪沙様を送ってもらってもよろしいですか?」
「うん。もちろんだよ」
「私は少々野暮用がありますので、これで失礼致します。あのお二人にはしっかりとお仕置きをして二度と凪沙様に近づかないように言っておきますので…」
ドス黒い禍々しい何かを背負った要ちゃんがゆっくりと2人の元へ行ってしまった。
正座をしている2人が恐ろしい物を見てしまったかのような表情をして、体がガクガクと震えているのが遠くからでもわかった。
お仕置きって一体……
「じゃあ、僕も帰ります」
「田中くん。本当にありがとう」
「い、いえ……天城さんを守るのも会員の務めなので……天城さんの助けになったのなら嬉しいです」
田中くんはバッとお辞儀をしてから走っていってしまった。
「会員って……田中、凪沙のファンクラブの会員だったんだ」
涼ちゃんがボソッと呟いた。
「えっ!?あれって実在したの!?」
「うん。本当にあったよ」
手を握られる。
優しく包み込むように握られる手は柔らかくて暖かい。
「秘密結社というよりは用心棒みたいな組織だったけどね」
涼ちゃんはクスクスと笑った。
「本当に凪沙が無事でよかった……」
私を見つめる黒い瞳は心から安堵したような温もりが含まれている。
その熱を手と視線から受け取って私も包まれていく。
「涼ちゃんも本当にありがとう」
「うん……帰ろっか」
手を引かれて駅に向かって歩き出した。
迷いなく進む足に私もついて行く。
さっきまで恐怖心でいっぱいだった気持ちは今は少しも残ってはいない。
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