吊り橋効果は場所より状況が肝心


「ようこそお越しくださいました」

「へへへ、お邪魔しやす。とりあえず現場を見せていただいても?」

「はい。ご案内いたします」


 テールさんを連れて玄関へ行くと、予想通り矢骨と修理業者の方々が話をしていました。どうやらこれから倒壊した私の部屋へ案内する模様です。


「私達も行きましょうか。……テールさん?」

「……あの、純恋さん。あの業者の人達を見て変だと思わないんですか?」


 変?

 変とはどういうことでしょうか。

 矢骨に先導されて階段を上がっていく六人の修理業者の方々を、後ろからもう一度観察してみます。


 肩から先が乱暴に千切られたような意匠の作業服。

 作業員として申し分なさそうな筋肉質な腕。

 ピアス、サングラス、派手な色合いの髪色と髪型。


「……どこかおかしいところが……?」

「おかしいところしかないでしょ!? どこの世界線からあんな世紀末系作業員達が派遣されてきたんですか。全員もれなく袖がありませんよ」

「統一感を出すためのデザインじゃないかしら。ほら、髪型だって揃えていらっしゃるし」

「全員モヒカン刈りと袖なしルックで統一感を出している時点でおかしいと思ってください」


 ふむ。たしかに言われてみると少し違和感を覚えますね。

 仮にあの恰好が会社の模範衣服として強要されているのなら、ハラスメントに抵触している可能性があります。そのようなことが横行している店舗とあれば、テールさんの心配も理解できなくもありません。


「そうね。では直接お訊きしてどのような業務体制なのかを――」


 テールさんと話しながら私の部屋の扉を開けました。

 するとそこには――




 ――縄で両手首を縛られた状態で床に正座している矢骨の姿がありました。





「はぁ、はぁ……だから言ったじゃないですか。絶対おかしいって」


 扉を背にしたテールさんが肩で息をしながら、怒気を孕んだ声と半目で見つめてきました。


 先程縛られている矢骨を目撃した私は、テールさんに凄まじい勢いで腕を引かれてあの場から逃げ出しました。それから修理業者のうち二人から追いかけられた末に一階の空き部屋に逃げ込み、乱雑に叩かれる扉を二人がかりで抑え込んで立てこもっているというのが現状です。


「返す言葉もないわね。ごめんなさい」

「グゥッ! しおらしい純恋さんも可愛い……っ!」


 素直に謝罪すると、テールさんは何故か赤い顔で苦しそうな顔になってしまいました。もしやまた私は気に障るようなことを言ってしまったのでしょうか。


『ここを開けな、お嬢さん方!』

『逃げ場所なんかないぜ~?』


 再び申し訳なく思っていると、扉の向こうから野太い声が聞こえてきました。どうやら先程の修理業者の方々がこちらに脅迫紛いの呼び声を掛けているようです。


『返事がないっすよ兄貴?』

『あ? 聞こえてねえのか? 繰り返していくぞ!』

『おう! ……ここを開けな、お嬢さん方!』

『逃げ場所なんかないぜ~?』

『ここを開けな、お嬢さん方!』

『逃げ場所なんかないぜ~?』

『ここを開けな、お嬢さん方!』

『逃げ場所なんかないぜ~?』



「他にレパートリー無いんですかねあの人たち」



 どういうわけか業者の方々は扉を叩いては台詞を言う、といったことを繰り返しています。あまりにも単調且つ面白みのある行動にテールさんは少し呆れた顔になってしまいました。

 そんな彼女の顔を見て、ふと思い出したことがあります。


「そういえば授業の途中だったわね。先生、こういう状況が『吊り橋効果』というものを加速させる状況なのかしら?」

「え、この状況で続きを!? まあでも、そう言われればそう……かもしれませんね。多分……?」


 なるほど。

 吊り橋効果というものは不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象ですが……近しい状況であるという私の考えは間違っていないようですね。


「少し失礼するわね」

「えっちょっ……!?」


 朝食前と同様、テールさんの胸元に耳を当てます。

 おぉ、動悸が早い……って、これも先程と変わりませんね。違いが分かりません。


「……平常時のサンプルが欲しいところね。別の機会にお願いしてもいいかしら」

「いやあの、それはいいんですけど、そんな状況じゃないといいますかなんといいますか」


 テールさんが真っ赤な顔でしどろもどろになっている様を観察していると、抑えている扉がまたしても叩かれました。



『ここを開けな、お嬢さん方!』

『逃げ場所なんかないぜ~?』



「……たしかにそんな状況ではなかったわね。どうしましょうか」


 確認するまでもなく、今私達が置かれている状況は吊り橋の上も同じ。

 しかも扉を叩いている方々の言う通り、この部屋にいる限り私たちに逃げ場はありません。


「窓から外に逃げるのは……」

「ダメね。玄関先で彼らを見た時、外にまだ何人か残っていたのが見えたし、下手に動くべきではないわ」

「ご、ご近所さんに助けを求める、とか」

「この辺りは我が家以外に民家も公共施設もないわよ?」


 テールさんの提案を悉く却下すると、彼女の顔にじわじわと冷汗が噴出してきました。不安を煽るようで申し訳なく思いますが、事実なので仕方がありません。

 まあ一応、警備会社への連絡は既に済ませてありますが……我が家の立地は僻地も僻地。到着までは時間がかかるでしょう。


「ええっと……そ、そもそもこの人達、目的はなんなんでしょう?」

「分からないけれど、一番あり得そうなものはお金かしら。強盗なんてこの家では珍しいことではないし」

「頻発してるのならどうしてそんなに無警戒なんですか」


 おっと、墓穴を掘ってしまいました。

 じっとりとした目線を向けているテールさんから顔を逸らします。


 それはともかく、このままここに留まるのは危険なのは明白です。扉の素材は頑丈ですが、金具の方は衝撃によっていずれ外れてしまうでしょう。その証拠に叩かれた時の振動が段々と強く感じられるようになってきています。

 テールさんもその危険性を肌で感じているのか、少し顔色が悪く見えますね。


「テールさ――」

「だ、大丈夫です!」


 どうにか安心させようと私が口を開こうとしたところ、テールさんの声が私の言葉を塞ぎました。そのまま彼女は続けます。


「な、何があっても純恋さんはお守りしますから、安心してください」


 彼女は青ざめた顔のまま、こちらに笑いかけてきました。まるで、こちらを安心させようとしているかのように。


 そんな強がるような、全く安心のできない笑みを見て、私は―――




 ―――どうしてか、少しだけ胸が脈打ちました。




「……声が震えているわ」

「き、気のせいですよ」

「手も震えてる」

「ドアが揺れてますからね」

「泣きそうな顔をしているわ」

「い、言わないで下さ……なんで笑ってるんですかぁ」


 揺さぶりをかけられ、すぐに虚勢を崩したテールさん。そんな彼女の顔を見て、私は口元が自然と緩んでしまいました。

 こんな状況でなんて呑気な会話だろうと自分でも思います。

 しかし、そんな会話が何故か今は心地良い。はて、私に加虐嗜好はなかったはずですが……まあいいでしょう。


『はぁ、はぁ……ここを開け……兄貴、そろそろ喉が痛えっす!』

『に、逃げ場……それもそうだな。そろそろ本気で行くか!』


 しかし、緩んだ空気も長くは続きません。扉の向こう側から不穏な会話が聞こえてきました。

 声を聞いたテールさんの顔色は青を通り越して白くなりつつあります。もはや虚勢は欠片も残っていませんね。


「どどどどうしましょう!?」

「落ち着きなさい。一応、手がないわけではないわ」

「ほ、ホントですか!?」


 私が安心させるように言うと、テールさんの表情がぱあっと明るくなりました。表情豊かで大変よろしいことです。


「本当よ。ちょっと顔をこちらに――」

「え、なんで――ひゃあっ、耳が幸せ……」


 彼女のお耳を拝借して小さな声でこの状況を打破する策を伝えます。扉越しとはいえ、万が一彼らに聞かれてしまうと厄介ですからね。




 ―――さて、頑張るとしましょうか。



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