Day037_面倒ごとの躱し方
「ねぇ、ルー。君って恋人はいるの?」
「…………はあ……」
唐突な問いに振り向けば、カウンター越しに若い男の人がさわやかな笑みを向けていた。彼は最近よく店に来るお客の一人だ。妹さんのためにご所望の咳止めシロップを棚から取り出しつつカウンターに戻れば、今度はシロップの瓶ごと手を握ってきた。
きっと少し前の私なら頬の一つでも染めて初々しい反応を返せただろう。だが、薬屋を始めてからというもの数えきれないほどこういった類いのやり取りをしている今、青筋を立てることすら飽きた結果の溜め息しか出ない。
「申し訳ありませんけど、うちは薬屋です。妹さんがお家で待っていますよ」
「今日の分の薬はまだ残っているから、少しくらい遅くなっても大丈夫さ。ね、仕事終わりに食事でもどうかな」
やんわりとした拒絶を込めて擦り抜けた手を追ってくるしつこさに包みを押し付けて背中を向けてもまだ言葉が追い縋ってくる。うちは小さな村だから、ちょっとした諍いや喧嘩はすぐ村中に知れる。おまけに今回はみんなが大好きな色恋沙汰だ。尾鰭がついた噂が広がっては商売にならないということに気付いてか気付かずか、この男はここ数回の来店の度に飽きもせず誘い文句を垂れてくる。そろそろ一度お灸を据えた方が良いかしら、と口を開こうとした時、奥の準備室に繋がる扉が開いた。
「白昼堂々うちの店員を口説くとは、最近の若い人間にしてはなかなか度胸がある」
奥からはこの薬屋の主人であり私の先生である黒髪の青年、ドゥ先生が自信たっぷりに悠々と歩き出てきた。妙にさわやかな笑顔は何も知らない人が見れば人好きのするものだろうが、私にとっては面倒なことこの上ない。
きっと診療所の方にいて店にいると思っていなかったのだろう、急に登場してきた先生に目を白黒させる男を尻目に先生は私の隣りまでゆっくり歩いてくると無遠慮に両の上腕をがっしりと掴んで、頭に顎を置いてきた。その距離感は恐らくかなり親しい間柄に見えることだろう。
「生憎、ルーは先約がある。他をあたるんだな」
ぐ、と何か言いそうで言えない様子の男は結局小さく唸るだけで薬代を置いて店を出て行った。確かに自分がお灸を据えるよりは穏やかに済んだかもしれない。だが別の問題が浮上した気がしてならない。
「助けてくださってありがとうございます……ただ、妙な噂が広まったらどうしてくれるんですか」
「君はどうしたいかな?」
ドゥ先生がまだ頭に乗せたまま話すものだから言葉を発する度に体が少し揺れる。
きっとあの男の人の器によって、明日の朝市で向けられる視線の種類が変わるのだろう。でも、それでも良いような気がしてきた。
「面倒ごとが何処かにいくなら、どうなっても良いですよ」
一瞬の間があって、くつくつと振動が伝わってくる。
「君のその大雑把なところ、レディになった今も変わらないようだ。」
800words, 100days_v02 村崎白 @akira_murasaki
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