Day036_最近の若い魔術士は
魔術士が術を扱う上で必要なことは二つ。術自体と起こる事象、そして術式の理解だ。
厳密には術者当人の潜在的な素養や媒介との相性なども細かい要素は存在するが、扱いたい魔術を理解して術式を正しく敷くことが出来れば理論上は誰でも魔術を扱うことが出来る。
「先週の授業を聞いていなかったらしいな、トーリス」
「もたもた術式なんか唱えてられるかよ。そんなもんなくても術は働くんだから要らねぇだろ」
「魔術の何たるかを知らないお前にはまだ早いと言っている。大体、術式なしなんて行儀が悪いことだぞ」
「は、魔術に行儀なんて要るのかよ」
学校の中庭には生徒や教員たちの憩いの場となるようにベンチやガゼボが点在している。その一つで上等なウールのスーツに伝統的なローブを羽織った男、その対面には膨れっ面の少年がだるそうに座っていた。うららかな陽射しには似合わない曇り顔のトーリス少年は早くこの時間が終わらないかと足踏みする様子を隠さない。はあ、と特大の溜め息をついたローブの男──アルベルトはもう一度居住まいを正してトーリスに語りかけた。
「確かに、術式なしでも魔術は発動する。お前は勘の良い子だから結果のイメージがあれば、要素をどのように組み合わせれば良いか術式を経なくても肌で分かるのだろう」
「だったら」
「だからこそだ。求める結果を正しく、効率良く導くために術式が必要なのだ」
アルベルトの言葉に偽りはなく、トーリスを子ども扱いして煙に巻くような意図もない。この先、どんな魔術士にでもなれる可能性があるトーリスだからこそ、今を疎かにしてほしくないという願いを込めた言葉だ。
トーリスは気怠そうにアルベルトを見る。真っ直ぐにトーリスを見る視線はきっと伝わると信じているようで居心地が良いものとは言えない。胸の内にじわりと軋む何かを感じたトーリスはふらりとベンチを立った。
「……うるせぇ」
「トーリス」
呼び止める声に振り返ることもせず立ち去ろうとするトーリスの頭上にふと影が落ちる。雲にしてはやけにくっきりとしていて小さい影にアルベルトは目を見開く。
「危ない!」
校舎側から悲鳴と叫び声が同時に飛び込んでくる。影の正体は彼らが作ったのだろう鳥型ゴーレムだった。窓から飛び出したまま暴走しているらしい。とんでもない速度を殺さないまま飛び回るゴーレム、その軌道上にトーリスがいた。少年の視線がゴーレムを捉えて見開かれる。あと一呼吸。とっさにかざした手からは何も発現しない。
「目を閉じて」
一瞬のことだった。どこからか、強いて言えば地面から旋風が吹き上がりトーリスの周囲を包むと同時に、鳥型ゴーレムの軌道を逸らしたのだ。突風に巻き上げられたゴーレムはそのまま翼を無理やり畳まれて地上に落ちてきた。目を回したトーリスもまた風が収まるとへたり込むように尻もちをついて、自分の身に起こったことを把握しようと周囲を見渡す。すると、そこにはバツの悪そうな顔をしたアルベルトがいた。
トーリスに怪我がないことを確かめたアルベルトは大慌てで中庭に出てきた生徒たちにゴーレムと小言とを手渡すためにその場を一時離れる。その教師の背中をトーリスは座り込んだままじっと見ていた。その視線に気がついたのか、説教終わりのアルベルトはトーリスの元に戻って来るとまだ座り込んだままの少年を引っ張り上げて立たせる。
「術式なしであの突風を?」
「……言っただろう。お前にはまだ早いと」
変わらない口のきき方に安心したようにアルベルトは息をつく。そして、トーリスにだけ聞こえる低さでささやく。
「求める結果を正しく、効率良く。良い手本になったか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます