第4話:イエローカレーと推し語り

お昼はカレーを出してくれた。人参やじゃがいもがゴロゴロ入った黄色いカレーで、一見すると日本式なのだが、タイのイエローカレーペーストを使ったという。甘い香りはココナッツミルクだろうか。


「普通のカレーにしようかと思ったんだけど、最近のタケル君はエスニック料理に興味があるって聞いたからね」

「タケルもだんだん親父に似てきたな。あいつは学生の頃から材料を取り寄せて作ってたもんな」

「グリーンやレッドは私には辛すぎたけど、イエローカレーなら食べられたわ」


食卓を囲んで伯母(伯父の妻)、祖父、祖母が口々に言う。


「ほら、パクチーもあるぞ。うちで作った完全無農薬だ」


ざく切りにしたパクチーを盛った皿をテーブルに置きながら伯父が言うので、さっそく皿によそう。それにしても、この家では男女でパクチーの好みがくっきり分かれているのが面白い。祖母、伯母、そして従妹いとこのミユキちゃんはみんなパクチーが苦手のようだ。


「カナエも辛いのとかパクチーは苦手だったよな。メグミさんもそうだったっけ」


伯父は、ここにいない叔母(父の妹)と母の名前を出した。なぜかこの家に縁のある女性はみんなそうであるらしい。


「お兄ちゃん、ちゃんと歯を磨かないとね。チューするとき臭いって言われちゃうかも」

「し、しねえよ!」


従兄いとこのマサキ君は午後からお出かけするとは聞いているが、どうやら彼女とデートのようだ。例の幼馴染の子と上手くいったのだろうか。帰ってきたら聞いてみよう。


*


「ごちそうさまでした!」

「いい食いっぷりだな、若者はこうじゃなきゃ!」


祖父に褒められた。作ったのは10皿分で、さらに野菜は標準の倍近くも入れたとのことだが7人で完食してしまった。もちろん僕とマサキ君はおかわりをした。


「そうそう、俺はもうすぐ出かけるんだけど、ゲームボーイで通信ができるなら試したいことがあるんだ」

「ん、何するの?」

「御三家ってわかるかな。それを増やすんだ」


マサキ君が説明をする。このゲームでは最初に連れて行くポケモンを3匹の中から選ぶ(プレイヤーは俗に「御三家」と呼ぶ)のだが、ここで選ばなかったポケモンは、その後のゲーム中でプレイヤーが入手することはできない。


しかし、このゲームならではの抜け道がある。通信交換で他の人のデータを受け取ることはできるので、「別のデータでゲームを新たに開始する→通信交換でもらう→再びデータを初期化する」というループで、全て手に入れようというわけだ。


「よく考えるなぁ……」


通信交換というシステムがあることは知っていたが、最初にもらえるポケモンですら交換に出せるとは思わなかった。


「懐かしいな。ユウキとカナエも同じことしてたっけ」

「私も! 友達がゲームをやり直すときにやってもらったなぁ」


伯父夫婦が言う。ユウキこと僕の父親は1985年生まれで、このあたりがいわゆる「ポケモン世代」の走りであるようだ。とりわけ初代と言われる赤緑青ピカチュウ版は、ほとんど同世代の共通言語のような扱いであるらしかった。


**


「それじゃミユキ、任せたぞ」

「うん、サファリでボロの釣り竿を使って、コイキングを釣ればいいんでしょ!」

「ああ。捕まえたら……そうだな、ボックス5に入れといてくれ」


兄に言われたとおり、池のそばで釣り竿を使い、釣り上げたコイキングというポケモン(名前の通り、鯉の王様のような姿だ)にボールを投げまくる。


「なかなか捕まんないね」

「サファリだと弱らせらんないから。でも、500円でボール30個は激安!」


捕獲用のボールを普通に買おうとすると最低でも1個200円はするらしい。サファリ(どうやら通常の戦闘とは異なるルールが適用されるようだ)だと思うように捕まえられないようだが、それでも3匹手に入れば確実に元は取れる計算だ。


「こいつ、弱いけど進化すると強いんだよ」

「へえ。鯉ってことは、ドラゴンになったりするの?」

「うーん、半分当たりかな? 見た目はドラゴンだけど、タイプはドラゴンじゃないから」


そう言って、メニューから「図鑑」を開く。ページを送り、先ほどのコイキングと、その進化系と思われるギャラドスを順番に表示する。説明は空欄で詳細はわからないが、確かに強そうだ。


「ギャラドスはね、水と飛行タイプで、ドラゴンタイプは持ってないの。だけどタマゴグループではドラゴンに分類されるんだよ」


そもそも僕は「タイプ」がどういうものかすらよくわかっていないのに、タマゴグループという未知の用語まで飛び出した。おそらくは属性や種族のような分類だと思うのだが。


「それじゃ、本物のドラゴンは?」

「今のところミニリュウだけかな? ゲットするの苦労したんだから」


さらに図鑑のページを送る。ナンバー147のミニリュウは、文字通りの小さい竜というよりは蛇のようだ。


「ミニリュウはね、ハクリュー・カイリューって進化するの」

「白い竜に、海の竜?」


図鑑は今のところミニリュウが最後で、そこから先は登録されていない。以前から兄妹でSwitch版をプレイしたりもしているので、ポケモンの名前には詳しいのだろう。テレビの脇に置いてある分厚い攻略本が目に入る。


「うん、ハクリューは白いよ。でもカイリューは海というより空かな?」


そこから、カイリューというポケモンがいかに強くて、かわいくて、かっこいいかを熱く語りだした。今の僕には言っていることの半分も理解できないのだが、小学4年生の女の子をここまで夢中にさせる「ポケモン」とは何なのか、改めて強い興味が湧いたのであった。

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