第2話:過去と今のありふれた名前

「ところで、2人プレイやってるの?」


僕は、伯母さんの持ってきてくれたスイカを食べながら、スーパーゲームボーイでポケモンを遊んでいる従兄妹たちに聞いた。


「操作してるのは俺。ミユキはお絵描きしてるだけだな」


ミユキちゃんが2Pコンで操作しているのはゲーム画面ではなく、その外側の部分のようだった。クレヨンのようなアイコンで絵を描いている。


「このお絵描きって何か意味あるの?」

「ない!」

「でも、例えばゲーム内容をメモしたりとか、画面の一部を隠してハードモードを自分で作ったりとかの工夫はできるんじゃない?……うちの子はただ描いてるだけでも楽しいみたいだけど」


マサキ君は即答で切り捨てたが、伯母が補足してくれた。今年で小学4年生になったミユキちゃんは、楽しそうに画面をいじっている。伯母がいうには『マリオペイント』というお絵描き専用のソフトもあるようで、そちらもお気に入りだという話だ。


*


「それにしてもポケモンって、なんだか思ったより普通のRPGなんだなって」


ポケモンというキャラクターのことはあまり知らない。たまにアニメを見ていた程度だ。ただ、そこで見ていたような印象と、実際のゲーム内容には少しギャップがあった。例えばエサをやったり触れ合ったりして育てるようなゲームかと思いきや、「戦って経験値を得てレベルアップする」というオーソドックスなRPGのシステムなのだ。


「そういえばさ、通常攻撃ってないの?」

「無い。攻撃するには必ず技を使う必要があるな」


「たたかう」コマンドを選ぶと、その後に技が表示される。それぞれの技には使用回数が設定されているので、いわゆる通常攻撃のような「消費しない攻撃手段」が無いようだった。「ひっかく」などの基本攻撃みたいな技ですら回数制限がある。


*


「よし、やっと捕まえた!」


ガーディという「こいぬポケモン」の図鑑データが表示され、パソコンへと送られる。こいつには何度か遭遇していたのだが、そのたびに「ほえる」で強制逃亡させられていたので、数度目のチャレンジでようやくゲットしたというわけだ。


「ねえ、パソコンに送られるってどういうこと?」

「ああ、今から連れて行くから見てなって。……ここがポケモンセンターで、回復とかメンバーチェンジができるんだ」


そう言いながら町に戻ると建物に入り、奥にあるパソコンを調べた。


「あれ、マサキのパソコンが2つあるのはなんで?」

「ああ、一つは俺だけど、もう一つのマサキはそういう名前のキャラが別にいるんだよ」


どうやら、上のほうの「マサキ」がポケモンを預かってくれるゲーム内のキャラで、下の方の「マサキ」が自分の名前であるらしい。そういえばアニメの主人公も「サトシ」だし、ポケモンの世界には普通の日本人らしい名前が多いようだ。


ともかく「マサキ」と接続すると軽妙な関西弁で話しかけてきた。どうやらチャットらしきやり取りでポケモンの出し入れができるようだ。


「ポケモンって何匹まで預けられるの?」

「1ボックスに30匹、それが8ボックスある」

「ってことは240匹も?!」

「まあ理論上はそうだけど、全部満タンだと出し入れができなくなるからな。それでも200匹くらいなら余裕かな」


少し前に、ソウタの家で『ドラゴンクエスト3』をプレイした。キャラクターを自由に登録できるので、面白がって友達や兄弟の名前を片っ端から入れてみたのだが、20人くらいまでしか作れなかった。スーファミのリメイク版ですらそうだったのに、ゲームボーイソフトで200匹も仲間を持てるというのは驚異的だ。


「その代わり、1つのカセットの中にデータは1つしか作れないんだ」

「へえ、ちょっとやってみたかったんだけどな」

「緑版もあるから、そっちならデータ消して最初からやってもいいぞ。青と黄色は触るなって言われたけど」


*


「たまたま名前が被っちまったんだよな。名付ける時にすっかり忘れてた」


庭仕事を終えて居間に上がってきた伯父が、画面に写った「マサキ」を見て、笑いながらそう言った。


「そういや、スーパーロボット大戦にもマサキって奴が出てきたよな」

「まあ、よくある名前だからな。もっとキラキラしたのがよかったか?」

「いいよ。俺、自分の名前気に入ってるし」


とは言うものの、現実だろうがフィクションだろうが、実際に自分と同じ名前と出会ったら微妙な気分になるような気がする。いわゆる「キラキラネーム」と呼ばれる奇抜な名前が流行るのも理解できる。


「マサキ」や「タケル」はもちろん、友達の「ソウタ」や「ハルキ」などは親や祖父母の世代でも使われている伝統的な名前のようだが、同じ友達の名前でも「ソラ」になると、両親に言わせれば同世代では見たことがない新しい名前であるようだ。逆に今ではすっかり定着したようで、1学年に何人もいることも珍しくないのだが。


「ねえ、タケルってキャラも出てる?」

「さあ、まだ見てないな。あ、でもタケシならいたぞ」


両親の世代も、もしかしたらこんな会話をしながらポケモンをプレイしたのかも知れない。


***


注:


「チャットらしきやり取りでポケモンの出し入れ」


タケルは音声チャットだと思っているが、実際は「パソコン通信」の再現なので、少なくとも初代ポケモンにおいてはキーボード入力による文字でのやり取りを想定したものだと思われる(アニメ版では早期からビデオ通話が用いられていたと記憶しているが)。

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