第32話 緊急信号弾は紫の煙
リリさんは少し涙目です。
「奥様、お会いしたかったです」
ってリリさん? 昨夜会ってますよね?
「ちょっと問題が起こって。本当なら奥様をもっとゆっくり休ませて差し上げたかったのですが、奥様のお力が必要なのです」
「リリさん。私って腕力も財力も無いですよ? 何があったのですか? はっ! まさかルイス様に何かあったのですか!」
「旦那様ではありません。腕力も財力も必要ないです。奥様の知力が必要なのです。お願いです。一緒にエルランド家に戻ってください」
「え! まだ家出一日目ですよ? もう戻るって、家出じゃなくてただの泊りがけの里帰りな感じになってしまいますが?」
「良いから早く! 全員で奥様をお探ししていたのです! すぐに戻りましょう。奥様捜索メンバーには私がすぐに知らせますから! ジュリアン様も早く!」
そう言うとリリさんはメイド服の裾をパッと躊躇いもなく捲り上げて、太ももに装着していた銃のような物を引き抜き、空に向かって撃ちました。
ああ、リリさんの太もも!頬ずりしたい。
ぱぁぁぁぁぁん
紫色の煙を吹きながら放たれたそれは、上空でパッとひときわ大きな音を立てました。
どぉぉん どぉぉぉん どぉぉぉぉん
その煙が風に流れているさまを見ていたリリさんは、シュタッと銃を元の場所に戻し私の手を握ります。
「いいからさっさと来い!」
きゃぁぁぁ~! かっこいいですぅぅぅ!
「姉さん、緊急信号弾だ。急ごう」
きんきゅう新団子ってなんですか?
食べ物じゃない? ああ、あの紫の煙ですか? 紫といえば……ルイス様の瞳。
「ルイス様がお呼びなんですね?」
「あとで話す! 急ぐぞ! 舌を嚙むな!」
そう言うとリリさんは私を馬車に押し込みました。
リリさんは完全に戦闘モードです。
ジュリアンも慌てて乗り込んできました。
えっと? ジュリアンはちゃんとお代を支払ったのでしょうか?
食い逃げは犯罪です。
「ジュリアン? お代は?」
「ちゃんと払ったから! ホントに舌を嚙むから黙ってて!」
さすがジュリアン、抜かりはなかったです。
食い逃げでの指名手配は免れました。
あまりのスピードに私は馬車の中で飛び跳ねています。
それを見たジュリアンが私に覆いかぶさって守ってくれました。
ああこれがルイス様なら……そう思った私はかなり重症みたいです。
ごめんねジュリアン。
「着いたみたいだ。大丈夫だった?」
ジュリアンが私を気遣いながら馬車の扉を開けました。
ふと見るとアレンさんが駆け寄ってきます。
イケオジって走っても髪が乱れないのですね。
何で固めているのか今度聞いてみましょう。
おお! アレンさんの横を誰かがものすごいスピードで駆け抜けたぁぁぁぁ!
ルイス様です! ルイス様です! 早い! 早い! 早いですぅぅぅ!
「ル~シ~ア~!」
「ル……ルイス様?」
ルイス様が馬車から降りる私を引っ手繰るようにして抱きしめました。
私に手を貸していたジュリアンは、ルイス様に薙ぎ払われて尻もちをついています。
ごめんねジュリアン。
アレンさんがジュリアンに手を貸して下さっています。
あれ? アレンさんの頬に青あざが? どうしたのでしょうか。
それにしてもルイス様、ちょっと苦しいのですが。
その時ルイス様の後ろでシュタッという音が聞こえました。
「ルイス、死にたくなければその手を離せ」
リリさん? 冗談に聞こえません。
「あ、ああ。ルシアが戻ってくれたのが嬉しすぎて……ごめんね。ルシア、わたしが悪かった。伝わってるって勝手に思ってたんだ。ホントごめん。ちゃんと話し合おうね。だからリリ、私の頸動脈を狙っているそのナイフを降ろしてくれ」
リリさん、冗談ではなかったのですね。
再びシュタッという音がして、ルイス様の拘束が少しだけ緩みました。
もう一度言いますが、少しだけです。
動けません。
アレンさんがジュリアンのお尻についた土をパンパンと払いながら言いました。
「旦那様、時間が惜しい。屋敷に戻りましょう。そろそろ全員戻った頃です」
「ああ、そうだな。ルシアも行こう」
返事をしたいのにルイス様の胸に顔を押し付けている状態のまま、猫のように抱えられて私は屋敷に運ばれました。
緊急信号弾の次が緊急搬送。
どうせならお姫様抱っこを経験したかったです。
そのままの状態で応接室に入ると、すでに懐かしい作戦会議室状態になっていました。
私のセンチメンタルを返してほしい。
ようやく降ろして貰えた私は、強制的にルイス様の横に座らされました。
ルイス様の体が少し震えています。
お顔も少し青ざめているように見えます。
あれ? 頬に青タンがありました。
ふと正面に座ったランディさんを見ると、呆れたような顔で笑っています。
ランディさん、その唇の傷はどうしたのですか?
「さあ、全員集合したので作戦会議を始めます。奥様とジュリアン様は状況が分からないでしょうし、再度確認するために初めから話します」
先ほどまでとは打って変わり、重苦しいような緊張感が漂います。
集中しなくてはいけません! さっきのお店でアプリコットタルトケーキが食べられなかった後悔など忘れてしまいましょう!
私の手を握りしめるルイス様の手がじっとりと汗ばんでいます。
それに気づいた私まで緊張してきました。
「領地のエルランド伯爵夫妻にお送りした手紙の返事の件です。ルイス様宛とルシア様宛に別々に届いたこともおかしいと判断し、ルイス様の許可をいただいてルシア様宛の手紙を開封しました。ご容赦ください、奥様」
「問題ありません」
「どちらかの内容が重要なもの、もしくは秘密にすべきものでしたらまだ納得できたのですが、どちらも天気の話だとか、特産品の取引高だとか。わざわざ別に送る意味がないものでした」
「今までお送りいただいたお手紙もそんな感じでしたよ?」
私は自室に保管している手紙を持ってくるようマリーさんに頼みました。
「ルシア宛もそうだったんだね。私に来ていたのもそんな感じで、なぜわざわざ手紙に書いてくるのかとは思ったけど、きっと不肖の息子にはそんなものかなって思ってたんだ」
「作戦中はご心配をおかけするだけですので、私も当たり障りのない内容のお手紙しか出していませんでした」
「ランドルが返してきた手紙も確認したけど、結婚式以降はずっとそんな内容ばかりだった。もうすぐランドルも来るから、これ以外に手紙は無かったか確認はするが」
私はふと思ったことを聞きました。
「今までは流していたのに、なぜ今回だけ不審に思われたのですか?」
アレンさんがお返事をしてくれました。
「今回お送りした手紙は少々重要なものだったのです。ご夫妻でこちらにお越しいただくようお願いしたにも拘らず、返事が今年生まれた子牛の数の報告だけでした」
「それは変ですね」
マリーさんが手紙の束を持ってきてくれました。
その束を会議机に置きながらマリーさんが言いました。
「今回のお手紙を見て、暗号べースだと気づきました。そうなると奥様宛のものは暗号キーだと考えられます。ちなみに今回の手紙はそうでした。ですから以前のものも確認すべきだと判断しました」
なんだかマリーさんがシャキッとしています。
やればできる子、マリーさん!
「確認しますね、よろしいですか? 奥様」
そう言いながらすでに半分以上のお手紙が机の上に広がっています。
リリさん、相変わらず仕事が早いです。
おたおたする私以外の皆さんが素早い動きで手紙を分類していきます。
「ああ、やっぱり規則性がありますね。同日に送られたものは暗号です。それ以外はフェイクですね」
アレンさんが腕を組んで言います。
その横でランディさんが素早くペアリングして並べると、端からマリーさんが解読していき、解読された内容をリリさんが書き取り、そのメモをノベックさんが読んでいます。
「伯爵夫妻は無事ですね。しかし急いだほうが良いでしょう。奥様、伯爵夫妻も結婚式に来なかった理由を覚えておられますか?」
私は記憶を手繰り寄せました。
なんせ忘れてしまいたい頃のことですから。
ん? ルイス様? 泣きそうな顔ですよ?
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