第31話 何を見ても、何をしていても

 ジュリアンと一緒に買い物に行くなんて、考えてみたら初めてかもしれません。

 小さい頃は公園に連れて行ったりしましたが、腕を組んで歩くなんて夢のようです。


「姉さん、何か欲しいもの無いの? どこでも付き合うよ?」


「私は……そうね、新しい刺繡糸と生地が欲しいわ。でもそんなお店嫌でしょう?」


「ぜんぜん? 今一番人気の手芸店を知っているんだ。すぐそこだから行ってみようよ」


 ジュリアンが手芸店? 少し心がモヤッとしますが、聞かずにおきましょう。

 ジュリアンが案内してくれたお店は、大きなウィンドウにたくさんの手芸作品が飾られた素敵なお店でした。

 扉を押すとカランコロンとドアベルが鳴ります。

 レースやリボンが美しくディスプレイされた奥に、生地のコーナーと刺繡糸のコーナーがありました。


「素敵ね。目移りするわ」


「好きなだけ迷っていいよ。ゆっくり選びなよ」


「ありがとうジュリアン。あっ! この紫紺って素敵ね。この濃紺も! あの金糸に合わせたら映えると思わない?」


「うん、そうだね」


「でもこちらの紫のバリエーションも捨てがたいわ。水色も混ぜて、刺し色は黄色かしら。生地の色は何が良いかしらね」


「何を作るの?」


「クラバットよ。ハンカチもお揃いで……」


「良いんじゃない?」


「うん……」


 ジュリアンは呆然とする私の肩を抱いて、店員さんを呼びました。

 あれこれと指示をしていますが、私の耳には入ってきません。

 なぜ私はルイス様に似合う色ばかり探しているのでしょうか。


「姉さん、代わりに注文したからもう出ようよ。姉さんが選びそうな色は網羅したから大丈夫。もう少し歩いたところにあるカフェに行かない?」


「うん」


 ジュリアンは大きな紙袋を2つも抱えて、それでも私の手を握って歩き出しました。


「お会計は?」


「済ませたよ」


「後で払うね」


「姉さんお金持ってるの?」


「うっ、ごめん」


「大丈夫。今日は任せて。たくさん預かってきたから心配ないよ」


 少し歩くと街路樹が美しい川のほとりに出ました。

 河川敷が公園になっていて、川に向かって解放されたテラスにはカップルや家族連れで賑わっています。

 私たちは一番奥の席に案内され、座るなりジュリアンが私に聞きました。


「ねえ、姉さんってさあ、恋愛したことあるの?」


 唐突になんてことを聞くのでしょう!

 私は黙り込んでしまいました。


「ないんだ。そうだよね、そんな暇なんて無かったよね。ごめんね? 姉さんばっかり犠牲にしたよね」


「犠牲なんて! そんな風に思ったことないよ。いろいろ忙しかったのは確かだけど、嫌々やってたわけじゃないし」


「そう? だって姉さんってそこそこ可愛いし、そこそこ頭いいし、そこそこモテたんじゃない?」


「モテた記憶は無いわね。情けないけど」


「じゃあ今が姉さんのモテ期だね」


「モテ期? 何それ」


「ものすごくモテているってことだよ。王宮の同僚たちからも紹介してくれって良く言われるんだよ?」


「全然気づかなかった」


「そりゃそうだろう。姉さんが王宮に来るときは義兄さんかアレンさんが絶対に離れないし、義兄さんなんか凄い殺気で威嚇してたもん」


「ルイス様が? まさか!」


「相変わらず鈍感だねぇ。でも姉さんは義兄さんに恋しちゃったんだよね? じゃあ初恋かな? 義兄さんのどこに惚れたの? やっぱり顔かな?」


「顔は関係ないわ。そりゃルイス様はとんでもなくイケメンだけど、たぶんルイス様は自分の顔が好きではないと思う。あの顔で得したことなんて無いんじゃないかな」


「そう? じゃあ優しいところとか?」


「そうね、確かにルイス様は優しいわね。前にね、ルイス様と一緒に王宮の廊下を歩いていたらメイドさんが水桶を運んでいて、それが凄く重たそうでね。ルイス様が立ち止まって見てたから、助けてあげるのかなって思ったのよ。でもルイス様は近くにいた騎士さんを呼んで手伝うように指示をしたの。自分は指示だけして歩き出したから、メイドさんも騎士さんも呆れた顔をしてた」


「へぇ~」


「私はその時、ルイス様は本当に優しい人なんだなって思った。だってルイス様が直接助けた方が早いし簡単でしょ? でもそれをすると、そのメイドさんが後で虐められるかもしれない。だってあのルイス様よ? もの凄いやっかまれるし、最悪孤立するわ。ルイス様は自分が冷たい人間だと思われても、彼女を守る方を選んだの。それも瞬時にね」


「なるほど」


「それは経験値として身についたのかもしれない。でも私は自分より他者の幸福を迷わず選べるルイス様は、本当の意味で優しいのだと思ったわ」


「そうだね。でも女性って自分にだけ優しい男が良いんじゃないの?」


「確かにそういう人が多いわね。好みのタイプは? って聞かれたら、ほとんどの女性は優しい人って答えるもの。でも自分にだけ優しいなんて当たり前じゃない? だってそこには好意が存在するんだもの。好意を持った女性に対して優しくない男性なんていないでしょ」


「確かに。男の場合は下心も加わるしね」


「ルイス様の優しさは、そこに好意が存在していなくても発揮される。そこが好き」


「おお! 言い切ったね」


「ジュリアン。恥ずかしいからもうやめて」


「なんで? 人を好きになるのに恥ずかしいなんておかしいでしょ」


「恥ずかしいわよ! ルイス様ほどの方が私と釣り合うわけないもの。あのお顔であの性格であれほどのお金持ちよ? どこかのお王族の姫君を望んでも喜んで嫁に来るわ」


「ははは~確かにね。そういえば叔母さんに聞いたけど、姉さんって凄いこと言ったんだって? この話が来た時にさ」


「何か言ったかしら?」


「うん、あのエルランド伯爵令息から縁談が来るなんて信じられません。もしかして不治の病で余命半年とか? あっ!そもそも不能? って言ったらしいじゃん」


「ジュリアン? その記憶力を別の方面で活かしなさいね」


「そのくらい釣り合わないって思ったってことだよね」


「だって本当にそれくらい釣り合わないでしょう? 私は平凡な顔立ちだし、家は貧乏だし、特技も無いし、体形もつるんぺらんだし。ああ、言ってて悲しくなってきた」


「でも姉さんは義兄さんが好きなんだろ?」


「好きだから困ってるんじゃないの」


「なぜ困るのさ。好きって言っちゃえよ。何を見ても、何をしてても、姉さんの心に浮かぶのはルイス様なんだろ?」


「言えるわけない! だって……」


「だって?」


「困らせたくないし、嫌われたくないもん」


「姉さんたちはちゃんと話し合う必要がありそうだね。少しゆっくりしなよ、俺が思うに義兄さんは真面目に姉さんのことに向き合っていると思うよ? あれ? リリさん?」


 ジュリアンの声に振り向くと、昨日ぶりのリリさんが肩で息をして立っていました。

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