第28話 自粛期間終了です

 女王陛下が倒れたことはもちろんトップシークレットです。

 怪しまれないために、女王陛下用の食事はマリーさんが平らげているそうですが、太って困ると愚痴を言っていました。

 体を張っているのはルイス様だけではないのですね……頭が下がります。


 前国王が亡くなるまでは、平癒祈願として自粛期間を延長できますが、いつ逝ってもおかしくない状態が続いていますので、サクサク進めなくてはいけません。

 2人が命を保っているのは全てマリーさんの調剤のお陰です。

 その日の病状を見極め、お薬を作って投与するというマリーさんの知識と技術は本当にすごいです。


「だって奥様のためですもの」


 マリーさんは軽いノリでそう言いますが、私ってそこまでの価値あります?

 でも泣き言を言うわけにはいきません。

 私は私のできることを頑張ります!

 マリーさん! 今度お会いしたら刺繡のハンカチを100枚プレゼントしますからね!


 どちらにしても急ぐに越したことはありません。

 王配の食事は栄養重視に切り替わり、ワインに媚薬を混入することになりました。

 相手はなるべく多い方が可能性は高まりますので、リアトリス様に雰囲気が似ている平民をどんどん王宮に送り込みます。

 栄養を摂らせ、酒を飲ませ、媚薬を盛ったら、ほぼ裸の美女が待つ寝室に放り込まれる日々を送る王配は、もはや歩く生殖器です。

 まあ本人も早い段階で全てを諦めていましたしね。

 今では数名の愛妾たちと別邸の2階に自ら望んで籠っています。

 もう服を着るのも面倒だと言っているとか。

 まさに裸の王様! ぷぷぷぷぷ!


 ここまで王配が壊れたのには原因があります。

 1度だけで良いからアリジゴクに行ってみたいというリアトリス様の我儘で、女王秘書のイーリスさんが、王配の許可を得て連れて行ったことがありました。

 そして二人はそれきり二度と戻ってこなかった。

 イーリスよ、お前もか。


 そんなこんなで、ほぼ同時期に3人の平民女性が身籠りました。

 マリーさんが言うには、男子は母親の父親から、女子は父親からその特徴を受け継ぐ可能性が高いのだそうです

 これを踏まえて、生まれた子供の中で1番健康な女の子を後継者とすることになりました。

 だって王配の存在理由はその遺伝子だけなのですから、可能性が高い方を選びますよね。

 それを聞いたノベックさんが競争馬の血統特徴と同じだと言っていました。

 もしかして哺乳類あるある?


 今回の裏ミッションの成功は、宰相や各部門長の『あの王家の血は根絶やしにすべし』という共通した感情の強さが成功の鍵でした。

 まあ、実務は部門長のもとで官吏たちが担当しますし、加齢臭がひどい変態宰相も仕事はできる人なので、この国にも明るい未来が期待できるというものです。

 そう考えると、この国の未来はリリさんが握っているのかもしれません。


 それにしてもこれだけの大仕事を一介の伯爵家が主導し、秘密裏に成就するなど奇跡としか言いようがありません。

 エルランド家の使用人たちがずば抜けて優秀だったことは勿論ですが、宰相をはじめとする各部門長達の結束の強さが為せたものだと言えるでしょう。


 その結束を生み出した唯一の理由が「王家がボロ過ぎ」というのですから笑えません。

 そしてもう1つは、ルイス様の犠牲だけで全てに眼を瞑ろうとしたことへの贖罪もあったのだろうと思います。

 きっと皆さん同じ思いだったのでしょうね。


 そして思わぬ波及効果もありました。

 例のアリジゴクを居抜きで売り出したところ、隣国の商人が高値で買い取ってくれました。

 内緒ですが、エルランド家は国1番のお金持ちです。

 ふふふふふ! ふふふふふふふふふ!

 今では若い女性がスタッフとして働く、男性専門の憩いの店として大繫盛しています。

 ランドル様にはもう関係ないですが、ルイス様やジュリアンがハマらないか心配です。


 当時のスタッフであるイケメン達は、磨き上げた貴族顔負けのマナーを武器に、王宮の宴会スタッフとして採用されました。

 彼らの家族も生活が安定してとても喜んでいるそうです。

 しかも、スタッフがイケメン揃いですので、若い令嬢たちの夜会出席率が上がり、それに釣られた独身令息も増えて、ちょっとした結婚ブームが起こっています。

 来年あたり第一次ベビーブームの到来でしょうか?


 中にはご令嬢の財力で、一本釣りされていくスタッフもいるとかいないとか?

 どちらにしても世の中は結局「金か顔」という厳しい現実を再確認させられますね。

 どちらも持っているルイス様は最強です。

 ふふふふふ! ふふふふふふふふふ!


 それからというもの、王宮スタッフが一丸となって国の立て直しに奔走しました。

 ルイス様も本来の実力を発揮され、優秀な文官として陣頭指揮に当たられています。

 もちろん毎日お帰りになっていますが、私たちはまだ本当の夫婦にはなっていません。

 いろいろ理由はありますが、私の決心がまだつかないのです。


 それから数か月後には、無事3人のお世継ぎ候補が生まれました。

 女の子は1人だけだったので迷う必要もありません。

 男の子を産んだ2人の女性は、子供を連れて城を出ました。

 1人は宰相家のメイドとして、もう1人は我が実家のメイドとして引き取られました。

 女の子を産んだ女性は、そのまま乳母として王宮に残ります。

 もちろん口止め料は弾みましたよ? お金は腐るほどありますから。


 そして女王陛下は酷い難産で命を落とされ、そのショックで前王も逝去なさいましたとさ。

 生きる気力を失われた王配は離宮に籠られ、その権限の全てを宰相を筆頭とする貴族主要メンバー会議に委譲なさいましたとさ。

 今は亡きお2人が安らかに眠ることを祈りつつ、静かな余生を送られる予定なのだとさ。

 めでたし、めでたし。


 どうですか?

 ちょっと美談にし過ぎましたかね。

 話を盛りすぎて、いろいろ忘れそうなので、要点はメモにして残しています。


 自粛期間も終わり、外交も登城も再開されます。

 王配は公式の場には一切出てこられませんので、夜会や外交接待の主催は貴族主要メンバーの持ち回りとなりました。

 もちろん会場は王宮ですし、経費も国費から出されますから誰の腹も痛みません。


 今回の作戦はこれで完了です。

 久々に全員が集まり、歯止めと今後の課題を話し合うことになりました。


 進行は当然アレンさんです。

 王配の食事はもはや何を出しても同じなので、ランディさんは退職して戻っています。

 お陰様で外食続きで疲労気味だった胃袋も元に戻りつつあります。


「まあ成功って言っても良いのではないしょうか?」


 アレンさんが口火を切りました。


「そうだね、手段はちょっとアレだったけど、当初目標以上の成果だったしね」


 ルイス様も嬉しそうです。


「もう今回のようなことは起こらないとは思うけど、王室制度の限界を感じたね。共和制への切り替えも含めて、新しい国づくりを模索する時間ができたのは喜ばしいよ」


 ジュリアンがまるで王宮官吏のような口をきいています! ああ、王宮官吏でした。


「私もそれは感じたよ。あくまでも今の状態は繋ぎだからね、早く有能な若い世代に台頭してもらって、隠居したい。リリと一緒に」


 今ではすっかりメンバーとなった宰相が言いました。


「お断りします」


 リリさんが光の速さで拒否しました。

 そういえばピンヒールのご褒美は差し上げたのでしょうか? 今度聞いてみましょう。


「私はこの機会に、国民にも開かれた王宮を目指せばいいのにって思いました。だって今回のミッションでキーマンとなったのは、みなさん平民の方でしたから。女王を虜にしたアリジゴクのスタッフも、新たな王族を産んだのも。もっと広く人材を登用すべきですね」


 リリさんは泣きそうな宰相を完全に無視して言いました。

 みんなうんうんと頷いています。

 ホントですよね。


「私は医療専門職をもっと育てないといけないと感じたね。マリーが優秀だっていうのは別にしても、王宮医師団のやつらは脈とってるだけだっただろう? それほど本気で治したい人間が相手ではなかったにしても、ちょっとお粗末だと思ったね」


 ノベックさんの意見に否を言う者はいません。

 だって前王にしても、陛下にしても、別に毒薬を盛ったわけではないのです。

 日々投与していたのはちゃんとしたお薬ですし、絶命したのもそのお薬を止めたからですからね?

 ちょっとお薬飲ませるのを忘れたら、あっという間に悪化しちゃっただけですからね?


「それについては総務部の方にも複数件の申請がありましたよ。王宮の中に総合病院みたいなものを作って、一般市民も利用できるようにしてほしいっていう内容でした」


 初めてお会いするルイス様の次に美しい男性が言いました。

 隣にはランドル様が座っていますが、いつの間に仲間になったのでしょうか?

 ノヴァさんっていうお名前で、今年めでたく王宮に出仕なさった総務担当官吏だそうですが、お2人はずっと手をつないでおられます。

 幸せそうで何よりですが、手を離すと死ぬ病に罹っているようで心配です。

 それにしてもどちらが攻めでどちらが受けなのでしょう……気になります。


 ランディさんが特製のベリーパイを運んできてくださいました。

 これは私の大好物なのです!

 あっ! その一番大きく見えるカットを私の前に! 

 その願いは空しく、一番大きそうなカットはマリーさんの前に置かれました。


 見るともなくマリーさんの前に置かれたパイを見ていたら、ルイス様がご自分のを半分くれました……優しいです。

 それをペロッと平らげたら、今度はジュリアンが自分の皿のパイを半分くれました。

 そんな私を見ていたマリーさんは、自分のパイを一口で全部食べました。

 私と目を合わせつつ頬を膨らませて咀嚼しています。

 私はそんなマリーさん大好きです。


「奥様としては何か反省点はありますか?」


 アレンさんが優雅に紅茶のカップをソーサーに戻して言いました。

 イケオジ。


「私は、もぐもぐ。当初の、もぐもぐ。計画を、もぐもぐ」


 マリーさんの真似をして口の中に入れすぎたのか、なかなか飲み込めません。

 早く流し込もうと必死で口を動かしていたら頬の内側を嚙んでしまいました。

 痛いです。


「姉さん、口の中に食べ物を入れたまま喋るのはお行儀が悪いよ?」


 ジュリアンの成長は嬉しいですけど、できれば2人だけの時に言ってほしかったです。


「ゴックン。失礼しました。私としては、当初計画で最後まで進められなかったことはやはり少し悔やまれます。というのも、対策立案の時に誰の命も失わないというサブテーマがあったにも関わらず、それを成し得なかったからです。いくら王家が極悪非道なお花畑住人だったとしても、人の命は軽くは無いですからね」


「なるほど」


「最善の着地点は前王が自らの行動の歪さに気づき、女王陛下を諫めて行いを修正することでした。それがダメでも、王配との夫婦仲を再構築して、2人で国政を担ってくれれば良かったのです。でもそれもダメで、早めに裏ミッションに切り替えたという決断は間違いではありませんでしたが、もしかしたら私たちも、そこで何かを諦めたのではないかなって思うんです。そこが反省点ですね」


「ルシア」


 ルイス様が穏やかな笑顔で私を見ました。

 テーブルを囲んだ皆さんも同じような顔で私を見ています。

 もしかしてパイの欠片が口の周りについているのでしょうか?

 ハンカチをポケットから取り出そうとしたとき、ランディさんが言いました。


「奥様、あんたは変わらない。初めからそんな人だったねぇ」


 そう言いながら最後のパイを私の皿に移してくれます。

 お礼を言おうとしてランディさんの方に向くと、エプロンで口の周りを拭かれました。

 やはり付いていたようです。


「そうですね、王家も私たちも宰相も王宮官吏たちも、みんな諦めるのが早すぎたのかもしれませんね。もちろん旦那様、あなたもね」


 アレンさんが言いました。

 ルイス様はそっと俯かれ、何度か小さく頷いています。

 ジュリアンが私にハンカチを渡しながら言いました。


「確かに諦めるのは少し早すぎたのかもしれません。ですがそれはこちらからの視点です。あくまでも為政側からの一方的なものだ。あのままだったら確実に国は滅んでいたと思いますよ? そうなったら1番の被害者は国民です。自分たちの暮らしを削ってまで収めた税金で、あんなカスどもを養ってたのがバレたら、暴動必至ですよ。だから俺は可及的速やかに排除するという決断は正しかったと思います」


 ごめんね姉さんといいながら、ハンカチで私の顔を優しく拭いてくれました。

 まだ何かついていたのかと思いましたが、どうやら私はまた泣いていたようです。

 親にさえきちんと向き合って貰えなかった女王陛下のお心が、ルイス様の熱演とアリジゴクでのひと時で、少しだけでも癒されたことを祈りたいです……合掌。

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