第6話
「勝ちました」
「お疲れ~~!!! 聖奈!!! 良くやったねえ!」
「……本当に、ありがとうございます!」
「良いって良いって」
と、いうわけで。
この後に起こりそうなゴタゴタ全部を考えないことにして、美紀の家までやってきた。彼女の部屋はわりと広く、三人でパジャマ着て女子会(美紀いわく)をするのにも問題ない広さだった。で、聖奈の部屋と比べてクローゼットとか、ハンガーラックにかかっている服が多い。彼女の外交的な性格を感じさせる。
布団を二枚新しく敷いて、美紀は自分のベッドで寝る、みたいな形である。そのベッドに腰掛けている美紀が言う。
「……にしても、それ、どうしようねえ」
それ、と言いながら指で指されたのは、首元の絞殺未遂の跡について。かなりくっきりと指型の痣がついており、どう考えても隠しきれない。が、隠さないと日常に支障が出る気がする。
「……ファンデーションとか?」
「なんとかなるタイプなのかなあ? それ」
「多分」
――ちなみにある種の呪い由来のものであるため、なんとかならなかった。それがわかるのは翌朝のことである。
「ま、いっか! で、えっとぉ……委員長? 言いたいことがあるんじゃなかったけー?」
「え、あ……はい!」
隣で女の子座りをしている彼女を見る。風呂に上がりたてでほかほかしている彼女は、先程から何か言いたげだった。で、それに突っ込めるほど七海聖奈はコミュ力が優れていなかった。やっぱり美紀の存在がありがたい。
「……あの、七海さん」
「うん」
「……本当に、ありがとうございました。本当に、わたしのためなんかに、そんな怪我までして……」
「いやいや、大丈夫」
彼女がうつむく。聖奈は何か胸に違和感を覚える。
そう、自分が見たかったのはそういう表情ではなくて。
「……罪悪感とか、そういうのいらないから」
「え?」
「あたしがやりたくて勝手にやったこと。所詮はエゴだよ」
彼女の肩に手を置く。これは、正確に自分の思っていることを伝えたい。口下手になってしまうが、語彙力を振り絞って、少しだけかっこつけて。
「だから、そんな顔しなくて、良いし……あたしは笑顔のほうが見たいよ」
「え……」
「……頑張ったから。なんだろう、報酬みたいな?」
そう、それだけでいいのだ。結局苦しい環境にいる人が、少し笑えるようになれるんだったら、別に命だろうがなんだって賭けたっていい。なんとなく、聖奈はそう感じていた。思ったことをそのまま告げると、目尻に涙を浮かべながら――やっと彼女が笑った。
「……えへへ、ありがとう、ございます」
「うん。良い顔」
「……一生の恩人になりそうです。七海さん、わたしにできることならなんでも言ってください。そのくらい感謝してます」
「そっかあ、じゃあ……えーっと……」
別にしたいことなどなかった。けれど強いて気になることがあるならば……と考えを巡らせる。
あ、そうだ。
「――数学かな。あたし、ぜんっぜん今の単元覚えてなくって。教えてくれない?」
「……はい。わたしにできることなら」
数学、数学かあ。そんな言葉を発すると、何故か日常に戻ってきた気がして、笑えてくる。
それは相手も同じだったようで、少し二人で笑い合う形になった。
「――ねえ! それ私も混ぜてほしーんだけど! 私も全然わかんない!」
「そうだね。二人で教えてもらおう」
「良いですね。七海さんと高嶋さんにこういうことがあるんだったら、勉強もしてきてよかったのかな……」
そうつぶやく委員長を見て……少し、ふと思いつく。
「……こんな仲だし、委員長、って呼ぶのやめるか」
「あー、そうだね! それがいいや、ナイス判断! えーっと……」
「いや、良いです」
委員長が静止する。その顔は、聖奈見た中でも一番の穏やかさだった。
「……二人のおかげで、これからも、みんなの委員長として、頑張れそうですから!」
「……そっか」
なら、それでよかった。
ちょっと命張ったぐらいで、この顔が見れるんだったら、別に聖奈としては何も問題はなかったのだった。
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