第5話

作戦は成功した。

いわゆる不意をつく戦法。元々知らない人がいたら、狡猾な霊なら襲ってこない可能性のほうが高い。ならば、このようにして罠を仕掛けることが最善だと判断した。

……ただ、口に含んだ聖水+塩の吹きかけの一撃で、おそらく千円分ぐらいは飛んでいっている。退魔は金がかかる

なあと聖奈は心の中で冷や汗を掻く。

それはともかくとして、ここからだ。聖奈は月明かりを背にして、前に悶える霊を目線の先に据え聖剣を上段から振る。

が、しかし。


「……避けてくるか」


霊がその不定形の体を活かし、当たりそうになった腕の部分をぐにゃりと曲げることで回避をする。そして長く伸縮する影の腕が、聖奈の首筋を狙う。


「きついな」


飛んできた殺意に対して、聖剣で迎え撃ち防ぐ。聖奈は聖剣を中段で構え、怨霊は地面にまるで蜘蛛かなにかのように這いつくばりながら、聖奈の方を見る。互いに警戒し、構え、動かない。

ーー先に動いたのは、聖奈だった。

先程と同じような上段斬り。怨霊はそれを同じように躱すがーー


「ーー”斬撃よ、飛翔せよ”」

ーー聖剣の斬撃から放たれた、低威力に調整された純粋魔力衝撃波が、怨霊を吹き飛ばす!


「一応魔検三級通ってるからね」


驚く彼の霊にそう告げた聖奈は、心の中で委員長に謝りながらーー聖剣で怨霊の体を壁に串刺しにする。

今現在科学的には解明されていない、”聖なるエネルギー”が突き刺された箇所たる怨霊の胸から染み渡り、その生を終わらせようとする、が。

狡猾で、悪辣なこの怨霊が、ただこのまま終わるわけがなかった。苦し紛れに伸ばされた影の手が、聖奈の首元を襲い、そのまま窒息させるように握り締められる。


ーー息がつまり、聖剣を持つ手の握力の安定が失われ、視界が霞む。

確実に殺しにかかっている一撃。そりゃあ相手も命がかかっているんだ。


(でも……あたしだって友達の命かかってんだよなあ)


薄笑いとともに、意識が途切れてーー。


……パリンという、音。

胸元に入った退魔の護符が、聖奈の命の身代わりに砕ける!


(買っててよかった二千円の護符!)


砕けるとともに明快になった思考。それで明快になった意志の力を用いて、一つ魔法の術式を唱える。


「ーー”剣よ、魔を滅する光となれ!”」


瞬間、放たれた光が、部屋を覆ってーー。



『無事に退魔完了』


少し壁に穴を作ってしまった、委員長の部屋。聖奈はそこの床に寝っ転がって、電気もつけずにスマホをいじってメッセージを送る。

相手は委員長と親友の美紀。それぞれに送るの面倒だからグループ作っときゃよかったと、今になって後悔する。いや、公開することがそこかよ、と聖奈自身でも思うが、まあ、なんだ。


「死ななくて良かった……!!!」


もうちょっとスマートに戦うべきだった。というかよくよく考えてみれば部屋の中で長剣を振り回すのは不利になるのだから、もっと剣に縮小魔法とか使って屋内戦に特化しておくべきだった。っていうか死にかけたのに意地張って攻撃しつづけたの本当に良くなかった、などなど。どっと後悔と反省が脳に流れ込んでくるのは、死地を越えた直後で、戦闘中の脳内物質の放出が止んだからだろうか。

……まあ、勝てば官軍か。そう思い直して起き上がると同時に、誰かが階段から上がってくるのが聞こえる。

委員長だろうか。その物音は早足でこちらの方にやってきて、ドアを勢いよく開け、電気をつけてくる。


「ちょっとあんた!!! 夜遅くまで何してたの!! まさか勉強してないとかじゃないでしょうね……って誰!!!」

「うわ」


疲労と怒りがにじみ出ている、神経質そうなおばさん。

聖奈は直感する。これが諸悪の根源か、と。

ちょうどいい、ちょっと脅すか。聖奈は立ち上がって、そういえばしまい忘れてたな~ と思っていた聖剣を、その委員長の母親(仮)に向けて突きつける。


「な、何をして……」

「自己紹介しときます。あたしは七海聖奈。お宅の娘さんの友達です」


冷静に、冷静に。酷く怖がらせるように。


「今日は友達の家に怨霊が出るって言うんで、この剣で退治しに来た、ってわけなんですよ。見えますかね、首。痣ありますよね?」

「え、ええ……」

「これ、怨霊にやられたんですよ。まあ、何が言いたいか、って言われればーー」


正直思考は回っていない。口も回っていないし、そろそろ聖奈だって家帰って寝たいのが実情だった。まあ、元々今日は美紀の家に泊まる予定で組んであるが、ってそういうことではない。

とにかく、苛立っていた。その感情のまま、言い放つ。


「ーーあたしは友達のためなら命張れますから。法律とか、モラルとか、そういうのも気にせずに。だからあの娘に……自分の娘に怪我さすんだったら覚悟しといてください。次は此の剣であんたを殺す」


ーーまあ、ちょっとした脅しだが。虚言200%である。

そのままぶるっと震える諸悪の根源の隣を通って、下の階へと降りていく。

さっさとあの二人と合流しよう。これで、解決だ。

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