第2話 身バレ②
「よーしよし!ナイスピッチよ!」
一回の裏、相手打線を三人で終わらせた先発投手を労いつつ、私はとてもワクワクしていた。
というのも次の回、私の推しの野村選手に必ず打順が回ってくるのだ。
なかなか出番が貰えず、ベンチに居るときもずっと声出しを頑張っていた野村選手だ。
今日与えられたチャンスを生かしてほしい。
前のバッター二人はサクサクと打ち取られ、野村選手がバッターボックスに入る。
こころなしか画面越しに見る球場は盛り上がっているように見えた。
バッターボックス内の野村選手もいい表情をしている。
「さあ、ヒット打って首脳陣にアピールしちゃえ!がんばれ!」
ピッチャーが振りかぶって初球を投げた――
「あっ」
投げられたボールはすっぽ抜けたのか野村選手に向かって一直線。
避けられなかった野村選手の肩付近に直撃した。
「てめぇうちの野村になにしやがるんだ!」
思わず私は立ち上がりながら叫ぶ。
野村選手はしばらく蹲っていたが、やがて起き上がると一塁に向かって歩いた。
気丈に笑っているのを見るのは痛々しいが、怪我をしているわけではなさそうだった。
「良かったぁ……!」
これで怪我なんかした日には私は街の中で暴れまわたかもしれない。
――うん、それはないか。
その次のバッターは打ち取られ、結局野村選手は塁に残ったままイニングが終わってしまった。
「ったく……Twitterで呟いてないとやってらんないよ……」
イニングの間になり、配信画面にCMが流れ出したのを確認してから、寝室に充電中のスマホを取りに行く。
充電器からスマホを抜き取って、スマホを開く。
「ん?」
しかし、Xを開こうとしたとき私はある違和感に気がついた。
「通知の数……なんか多くない?」
私は2つのアカウントを持っている。
一つはVtuber用のアカウント。
そしてもう一つは野球用のアカウントだ。
野球用のアカウントのフォロワーは200人弱。
一つのツイートに対して、多くても20くらいしかいいねはつかない。
ということは、Vtuber用のアカウントの通知だと思うのだが、
「今日こっちのアカウントでツイートしてないよな……なのに通知が999件って何が起こってるんだろ?」
Vtuber用のアカウントの最大いいね数は600とか700だった気がする。
なのに999も通知が来るのはやはりおかしな話だった。
まあ確かめてみたら分かる話か。
そう思ってアプリを起動させる。
私の予想通り、通知がついていたのはVtuber用のアカウントの方だった。
999件の通知の殆どはリプだった。
その1つ目に目を通した私の顔色は青くなった。
「嘘、でしょ……?」
『あかねちゃんってホークスのファンだったんですね!』
『むちゃくちゃおっさんっぽいこと呟くやんww』
『なんかいつもとキャラ違うくね?』
『急にどしたんや?』
……………
「あっ、あっ、んっ?な、何が起こってるのこれ?」
何が起こっているのか理解できなかった。
いや、本当はわかっていたのかもしれないが、私の頭が理解するのを拒んでいたのかもしれない。
震える手を操作しながら、Vtuber用のアカウントのツイート一覧を表示させる。
すると……
『野村選手今日スタメンじゃん‼あつすぎるって‼楽しみすぎるやろぉぉぉ』
367件のリツイート 629件の引用ツイート 1万件のいいね
『しゃああああ!もう晃さん大好きぃぃぃ』
423件のリツイート 854件の引用ツイート 1万件のいいね
「あ、あああ、このアカウント…」
私はすべてを悟った。
「このアカウントVtuber用のやつだった⁉」
先程中村選手が先頭打者ホームランを打ったとき以上の声で叫んだ。
頭で理解した瞬間、身体中の穴という穴から冷や汗が止まらなくなった。
やばい。どうにかしないと。
しかし、焦る気持ちとは裏腹に何をどうしたらいいのかがわからない。
しかし、フリーズ状態の私を溶かしたのはXの止まらぬ通知だった。
『ゆうと@あかね推し さんら450人のユーザーがこのツイートをリツイートしました』
「やめて!拡散しないでっ!」
このまま何もしなかったら拡散していくだけだ!
そう理解した私はとりあえずそのツイートを削除した。
が、それだけで事態が収集するわけがない。
「どうしよう、どうしよう……」
私は個人勢だから、相談できる相手もいない。
結局その後も野球の試合にも集中できず寝ることもできないという苦しみに耐えながら一夜を過ごしたのだった。
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