第7話 夜の待ち合わせ

「美味しい料理作れる男子って最高だよ……」

「は……い?」

 箸を唇に当て、頬をピンクに染めている夏風に俺は首を傾げた。

「いや、出来るって言ったってそんな上手く無いし、一人暮らしで料理するから基本を少し知ってるだけだから」

 俺は彼女の視線に耐えられなくなり、付け合せの沢庵を箸で摘まんで口に放り込んだ。

「ヒカリ! 私と……その……」

 ちゃぶ台の向こう側で頬を真っ赤にした夏風が体を落ち着き無くくねらせながら上目遣いでこちらを眺めていて、明らかに変なスイッチが入ってしまっている事を悟った俺は焦って話を逸らす。

「そうだ夏風。今日の夜、王都の地下水道に行ってみないか?」

 ゲームの話なら彼女も食い付いて来るはず。

「うん…………。へ⁉ 地下水道? 無理だよあんなとこ!」

 上の空だった夏風が我に返ったのか、声を上ずらせた。

「二人ならイケそうじゃね?」

「いけるかなぁ? あそこはゴーレムが強いし、敵も多いから連戦になって先に進めた事がないよ……」

 ゲーマーの顔に変わった彼女は天井を眺めながら戦闘を思案しだした。

「でもそっか、二人なら追い込まれる前に交互に回復して……他人じゃ無いから裏切られる事も無いだろうし……勝機有り?」

「じゃ、決まりだな?」

 にへらと笑う夏風の反応に俺は少し戸惑ってしまった、こういう顔は今まで見た事が無いから。

「ど、どーした? そんなニヤニヤして……」

「だって、リアルな知り合いとゲームだなんて凄くない? そんなの初めてだよ!」

「それは俺も同じだけど、そんな嬉しいもんかね?」

「はぁ⁉ ヒカリは私とゲーム出来て嬉しくないの?」

 言われた途端、昨日の昼休みの事が頭をよぎった。夏風ってゲームしだしたら絶対人格変わるだろ? なんか訳わかんねーこと叫んでたし、ハッキリ言ってメスガキになってたからな……。

「ちょっと! どうなのよっ!」

「は? う、嬉しいっ! 嬉しいって!」

 一瞬ジト目を浴びせた夏風は一気にご飯をバクバク食べ始めた。

「そうと決まればさっさと帰って準備しないとね?」

 何だこの娘、ほんとゲーム好きなんだな……。

 俺は目の前で食事を加速させる美少女を鑑賞しながら自らも箸を動かした。


 ◇    ◇    ◇


 欠伸が出る。『連絡するね?』と飛んで帰った夏風だったけど時間は既に夜の11時、未だ彼女から連絡は無い。

 何だ? 気が変わったのか? まぁ、あのお嬢様は色々と忙しそうだしな。友達もいっぱいいてスマホにメッセージも大量に送られて来そうだし。

 俺は夏風と友達になったけど、彼女からしたら俺は数ある友達の一人にすぎない。

 って事は、約束が反故にされても仕方がないか。

 俺は頭をガリガリ掻きながら廊下に出て洗面台から歯ブラシを取った。

 鏡に映った自分の顔をぼんやりと眺めつつ歯ブラシに歯磨き粉を乗せて口に咥える。

 カッコいい? 俺が?

 たかだか少し料理出来るだけだぞ?

 クラスには俺よりカッコいいイケメンは何人もいるし、そいつらの方がよっぽど社交的だけど……。

 歯を磨き終えた時、ブーブーと背後からバイブ音が聞こえた気がして俺は慌てて廊下をダッシュしてベッドの上に放置していたスマホを握り締め、ピクチャを確認する。

 夏風からだ!

 俺は焦って『ミーア』の名前をタップした。

『遅れてごめん』

『始めようか?』

 き、来たっ! どうすれば……。

 落ち着け、俺は慎重にメッセージを入力する。

 一字一句誤字が無いか確認して送信ボタンを押す。

      『今、ログインするから待ってて』

『もう入ってるよ』

 間髪入れずに返信があり、俺は机のノートパソコンのマウスを触って暗転していた画面を復帰させた。

 アルドヘブンへ速攻のログインを済ませ、俺はヘッドセットを着けてマイクをオンにする。

 画面の右隅に『招待状が届いています』と通知が現れ、俺は飛びつくようにコントローラーを握り締めた。

 招待状を開いてミーアのもとに俺のキャラが踊り出ると『遅いっ!』と早速ヘッドセットに夏風の可愛らしい声が響いた。

「ご、ごめん……」

 ん? 何で俺が怒られなきゃいけないんだ? どっちかって言うと夏風が思いっきり焦らして来たんじゃないか。

『装備は整ってる?』

「抜かり無しだよ」

『それじゃ、早速行こっか?』

 画面の中の夏風が月夜の王都を歩き、路地裏の倉庫に入って床下の水道メンテナンスホールに降りて行く。

「夏風、もう11時過ぎだけど大丈夫?」

『11時って……子供じゃないんだから。それとゲーム中はミーアって呼ぶこと! いい? ライト」

「ああ、分かった。ミ……ミーア」

 ミーアとはいえ、殆ど夏風の名前呼びじゃないかよ……何か照れるんだけど……。

『来たわよ、ライトっ!』

 地下水道に降りて直ぐ、俺たちは会敵した。

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