第8話 もう一回しよ?
『ウギャーッ! 死ね死ねっ! もう、しつこいんだからっ! このストーカーがっ!』
ヘッドセットから聴こえる夏風の声が耳に痛い。
やっぱりこのエリアは敵が湧く、連戦に次ぐ連戦で俺達の回復アイテムは残り僅か、しかも魔法力も涸渇しそうで回復魔法も後何回発動出来るか分からない。
俺の相棒のミーアは終始こんな感じでメスガキと化し、俺を相棒というか家来のように命令しまくっていた。
『そろそろ撤退しないと持たない、逃げる?』
「こんな所で逃げれるかよ! だから深追いするなって言っただろ? 死んだらアイテム持って帰れねーぞ!」
『うっ、うるさいっ! そんなの分かってるからっ!』
「回復させるぞ、これで最後だからな!」
俺は残り一個になった回復力最大のクリームパンを使う。
『サンキュ、ライト。それじゃ、畳み掛けるわよっ!』
ヘッドセットから夏風の息とも声とも分からない音が漏れ聴こえ、ガチャガチャとコントローラーを激しく動かす音がする。
何とかゴーレムの攻撃を抑え切った俺達は地下水道で残りのアイテムを確認して撤退を決めた。
「ミーア、入口まで飛ぶぞ。いいか?」
『うん。あっ⁉ あれって、赤箱じゃない?』
地下水道の先にレアアイテムが排出される赤い蓋の宝箱が見えた。
「辞めとけって、もう回復出来ないんだから……」
『大丈夫だよ、赤箱眼の前にして帰るなんて勿体ないじゃない!』
「また来ればいいだろ?」
俺の静止を聞かず、ミーアは宝箱に向かい、アイテムをゲットする。
『やった! ムラサメソードだよ⁉』
「えっ⁉ マジで!」
夏風が可愛らしく笑った瞬間、エンカウントモードに画面が切り替わり、現れた敵に絶句する。
「中ボス戦⁉ 終わった……」
大きなゴブリンが雄叫びを上げ、ヘッドセットから夏風の絶叫が負けずと響く。
『に、逃げよう! あれ⁉ 何でよ!』
「ボス戦は逃げれないって! もう諦めろ」
『ぐぬぬ……。やってやる……やってやるんだからぁ!』
ミーアがゴブリンに向かって駆け出した。
巨大ゴブリンの圧倒的な攻撃をジャスト回避しまくる夏風のテクに俺は言葉を失った。
は? おま……覚醒してる⁉
回避する毎に溜まっていく必殺技発動ゲージがあっいう間にMAXになり、オレンジ色に点滅した途端、ミーアの二刀流連撃が炸裂する。
『フォローしてっ! ライト!』
「任せろっ!」
俺はミーアの盾になり、攻撃を受け止める。
『はああああっ!』
ゴブリンの振り下ろした棍棒に駆け上がり体を捻って剣を振るミーアに俺は見惚れた。体力ゲージは三分の一を切っていて警告の赤色、多分一発でも攻撃を受ければ即死だろう。
俺は僅かに溜まったマジックポイントで低レベルの回復魔法をミーアにかけ、援護に徹する。
クソッ! もどかしい。俺のキャラは体力、魔力、必殺技のゲージがどれも最低で下手に突っ込めない。片方が死ねば相棒は10秒も持たないだろう。
『ライト、10秒耐えて!』
ミーアが後方に下がってメニューを開き、高速でアイテムを探す。
「無理だって!」
防御など不可能だ、突っ込むか?
迷っている暇は無い、ここは行くしかねぇ!
物理攻撃だけでコンボを繋ぎ、必殺技ゲージを上昇させる。
ワンミスも許されない状況に体内にアドレナリンが分泌されるのを感じる。
ミーア選んだアイテムは《死神の涙》、は? お前……それって高級課金アイテムじゃねーか……。
一瞬気を取られた俺はゴブリンの攻撃を受け、《死神の涙》の行使前に死亡した。
『はぁ⁉ 何やってんのよ、ばかライトっ!』
ミーア一人が《死神の涙》の効力を享受して体力と魔力が全回復したが、一身にゴブリンの攻撃を受ける羽目になり防戦一方。
ガンガン体力が削られつつもミーアは必殺技ゲージを溜める。
『速く、速く溜まれっ!』
ハァハァと夏風の息が激しくなり、俺はヘッドセットを通して彼女が耳元に居る錯覚を起こした。
ゲージが溜まった事を示すオレンジの点滅。
イケると思った瞬間、ゴブリンの特殊攻撃が炸裂してミーアは死亡した。
◇ ◇ ◇
『あ〜ん! ぐやし〜っ!』
夏風のマイクがガンッと音を立て、PCの前で突っ伏している姿が目に浮かぶ。
「だから辞めとけって言っただろ? 2時間が無駄になったな……」
『嫌だ!』
「は? もう1時過ぎだぞ、また明日な?」
『もっかいしよ? まだ出来るよね? ライトなら』
「もうやらないって!」
今からやり直したら何時になるんだよ。
『え〜っ、しようよ! お願い、あと一回だけ! ね?』
うぐっ……、声だけでも可愛い……。
『ねぇ、ライトってばぁ。あと一回してくれたら明日いい事あるかもよ?』
いい事? 一瞬夏風のキス顔が脳裏に浮かんで俺は喉を鳴らして唾を飲んでしまい、ヘッドセットのマイクが音を拾ったのではないかと恥ずかしくなって来る。
「い、1回だけだからな……」
『やったぁ! ライトだ~い好き!』
あ~あ、寝不足は確定。若干の怠さはあるものの彼女との密会は俺に元気を与えてくれる言わば特効薬。布団に潜りたい欲求よりも夏風ともっとゲームをしていたいと俺の体が求めているみたいだ。
「じゃ、ミーア、装備を整えないとな? 取り敢えず帝都のバザールに行こうぜ!」
『だね? 今度は底なしにお金つかうから』
「おいおい、あんま課金すんなよ? 無課金でもそれなりに行けるんだから……」
バザールに着いた俺たちは露店で回復アイテムを中心に仕入れを済ませて再び地下水道に戻り、さっきと同じことを繰り返す。
『えーいっ! 死ねーっ!』
夏風は相変わらずうるさくて夜中なのに騒ぎまくっている。
『楽勝っ! 一回やったからコツ掴んだみたい、これならさっきのおっきいゴブリンもやっつけられるよね?』
「えっ⁉ あそこまで行くのかよ? そんなことしてたら朝になっちまうぞ?」
『いーの! 一回付き合ってって言ったでしょ? 一回って、「一回死ぬまでだからね?』
マジかよ……どうにか夏風をなだめてセーブポイントに誘導しないと……。
『あれ? あそこって行ってないような……?』
前方にはさっき見逃した分岐点。
「そっちは辞めようぜ、何が起きるか分かんないし」
『いや、こっちだよ! 行ってみよう?』
テンション高けーっ、夜中なのにえらい元気だな。
『美亜! こんな夜中に何を騒いでるんだ!』
ヘッドセットから男の怒鳴り声が聞こえて俺は固まった。
『お父さん……。違っ、これは……』
『美亜、あれほど言っただろ!』
マイクが夏風の部屋でガタガタと争うような音を拾う。
『辞めてっ! 嫌っ!』
『痛たたたっ! 止めないか! 何度言ったら分かるんだ!』
えっ……何⁉
ヘッドセットからガンッと大きな音が響いてプツリと音が途切れた。
夏風のキャラは画面から消え、俺のキャラだけが地下水道に取り残され、彼女の部屋で起きた事の重大さに言葉を失う。
マジか……。
俺はヘッドセットを外してゆっくり立ち上がり、ベッドに倒れ込んだ。
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