第6話 やりますか?

「殺風景な部屋ね、男子の一人暮らしだからもっと汚いかと思ったけど」

 勝手に部屋に上がり込んだ夏風がキョロキョロしながら部屋を見渡す。

「何? この竹刀」

 彼女は部屋の片隅に立て掛けてあった竹刀を握り締めた。

「それは護身用だよ」

 俺は夏風の背中に話し掛けた。

「剣道、やってたの?」

「中学迄な、もう辞めたけど……」

「ふ〜ん……そうなんだ……」

 竹刀を元の位置に戻して振り返った夏風がまたキョロキョロしだし、急に叫んだ。

「あ~っ! やっぱりゲームしてたんだ! やるなら私も誘ってよね? あ、そっか……」

 机の上で広げたままのノートパソコンの傍にはコントローラーが置いてあり、アルドヘブンはログイン状態のまま。

 画面を覗き込んだ夏風は自分の鞄からノートパソコンを取り出して部屋の真ん中の小さなちゃぶ台の上で画面を開き、ペタン座りでアルドヘブンにログインする。

 カタカタと夏風がキーボードを叩くと、俺のパソコンからピョコッと通知を知らせる音が鳴った。

「フレンド要請しといたから今度私とパーティ組んでね? 二人とも前衛だからペアプレイなら結構イケると思うし……」

 立ち上がった夏風は廊下に出てキッチンを物色し、冷蔵庫を開けて前屈みで中を覗き込む。

 俺は夏風が部屋に入って来てからどうしていいのか分からず、ただウロウロして彼女を目で追うだけ。

「やっぱり、何にも無いし。買っといて良かったーっ!」

 お尻をこちらに向け、ずり上がった制服のスカートの裾から細い腿裏が見えてドキドキしてくる。

「ちょ、勝手に開けるなって!」

 俺は慌てて彼女に近寄った。

「もう夕方か……、時間も無いし、いっちょやりますか?」

 部屋に戻った夏風が制服の上着を床に脱ぎ捨ててYシャツの袖のボタンを外す。

「へ? やるって何を……」

「風邪はひいてないみたいだけど食材買って来ちゃったし、だから私が晩御飯作ってあげる!」

 腕まくりをした彼女は黄色いシュシュで艶のある長い黒髪を纏めて俺に笑顔を見せる。

 うなじから柔らかそうなおくれ毛が見えてドキッとした。

 普段は見せない夏風のなんてこと無い髪型に俺は息を飲んだ。何だか特別な物を見せてもらったような得した感情が込み上げてくる。

 メチャクチャ可愛いんだけど。細い首元を露出させた夏風は赤いリボンを外して襟のボタンを一個緩めた。


 ◇    ◇    ◇


 コトコトと鍋から湯気が上がり、美味しそうな匂いが部屋中に充満する。

 夏風は鼻歌を歌いながらスマホを眺めて「あと5分」と呟いた。

 俺は彼女が部屋に居ることにソワソワし続けていて、ハッキリ言って落ち着かなかったが、それを悟られるのが嫌で平静を装い続けていた。

「夏風ってさ、料理得意なの?」

 俺はベッドの上に腰かけながら廊下兼キッチンに立つ夏風との会話の糸口を探す。

「全然、やった事ないよ」

「は? マジで言ってんの⁉」

 それなら俺が作った方が良くないか? 一気に彼女の料理スキルに疑問符が付く。

「大丈夫だって! 作り方はスマホで見たから」

 スマホのレシピ? もしかして投稿レシピのアレか?

「スマホって……何処のレシピ?」

「クックピットだよ」

 は? それって最高から最悪まで載ってるレシピサイトだぞ⁉ まさか超簡単を謳うクソレシピじゃ無いだろうな……?

「ちょ、夏風。そのレシピ見せてくれ」

 俺はベッドから飛び降りて彼女の傍に駆け寄った。

「な、何よ! 大丈夫だからっ!」

 彼女はお尻に手を回して体の後ろにスマホを隠した。

「てか、味見したか?」

「して無いけど?」

「それって肉じゃがだよな? 味見させてくれ」

「はぁ? それは後のお楽しみ、それとも何? 私の料理が信用できないっての?」

 夏風は俺にジト目を浴びせ、不満を露わにする。

「い、いや、そうじゃなくて。『クックピット』には信用できないレシピが多いんだって!」

「大丈夫だからっ! 『バカでも出来る肉じゃが風レシピ』だもん」

「だ、だからそのレシピの名前が怪しいだろ?」

「うるさいなぁ。分かったわよ! 味見すればいいんでしょ? 味見。絶対美味しいに決まってるんだから……」

 オタマで肉じゃがの汁をすくい、唇に付けた夏風の体が固まった。

 いきなり咳込んだ夏風が「しょっぱい!」と叫んで計量カップで水を飲む。

「何で? レシピ通りなのに」

「ちょ、レシピ見せて!」

 スマホを覗いた俺は絶句した、調味料は醤油だけ、しかも多すぎる。

 どうする? こんなの食えたもんじゃねーぞ。

 チラリと夏風の顔を横目で伺うと、彼女は瞳を潤ませて顎に皺を寄せて黙っていた。

「大丈夫だって、俺が改良してやるよ。これはレシピが悪いだけだから」

 俺は彼女の頭をポンと触り、オタマで汁を減らし、水を投入して味を薄めてみりんと砂糖を加える。

 ほんとは味噌を入れて味を誤魔化したい所だけど、しょっぱくなるからセオリー通りに。

 しょげた夏風を横目に5分程更に煮込むと、明らかに香りが変わり、しょっぱそうな色も和らいだ。

 俺はスプーンで汁をすくって味見する。

 コレなら大丈夫、ちょっと濃いけど十分美味しい。

 俺は夏風の口元にもスプーンを差し出して味見させる。

 尖った唇からズズズと汁を吸いこんだ彼女の顔がパッと明るくなった。

「美味しくなってる!」

 俺を見上げた夏風は目を丸くして微笑んだ。

「凄い、どうして⁉」

「醤油ベースならみりんと砂糖で味が整うんだよ、入れる順番は逆だけど」

 炊飯器が後ろでピーピー音を立て、炊きあがった事を知らせて来たので俺は「早く食べようぜ」と皿を取り出した。

 小さなちゃぶ台を挟んで二人が向かい合い、貧乏家のドラマみたいな微笑ましい光景に頬が緩む。

「じゃ、いただきます」

 俺が言うと夏風も「う、うん。いただきます」と小さい声で箸を握って肉じゃがを食べ始める。

「美味し……」

 ポツリと呟く夏風をしり目に俺はご飯を口にかっ込み、肉じゃがを頬張る。

「ありがとな、夏風。飯作ってくれて」

「うん……」

 何かテンション低いな、やっぱ失敗して落ち込んでんのか?

 ペタン座りの彼女は箸先を唇に付けたまま目の前でボーっと俺を眺めていて何だか落ち着かない。

「そんなに落ち込むなよ、また一緒に作って――」

「かっこいい……」

「は……?」

「料理出来る男子って、かっこいい……」

 かみ合わない会話に俺は眉をひそめて彼女を眺めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る