第5話 奇襲

 日が落ちた頃、1Kのアパートにたどり着いた俺はフラフラとベッドに倒れ込んだ。

「夏風のおかげでメチャクチャ疲れた……」

 うつ伏せで枕を抱えた途端、夏風の笑顔が脳内再生され、ドキドキしてくる。

 あり得ないんだけど……夏風と俺が友達⁉

 何で俺なんかと……。

「やばっ、夏風に怒られる」

 あいつ、意外と普通ぽかったな、イメージ的にはお堅くて取っ付きにくいと思ってたけど。

 結構グイグイ来るし、やたらと触ってくるし。

 脳内で彼女のパーツが写真集のように再生される。

 俺に跨った太もも、黒髪を耳にかけた横顔、アイスを舐める舌、大きく張った胸元……。

 柔らかくていい匂いがして……体温は熱くて……。

 アイドルみたいな小顔はマジで可愛いくて、俺が今まで出会ったリアルな女子の中でも一番の美少女……。

「あ〜〜っ!」

 夏風! 俺の頭の中から出ていってくれ!

 昼休みに彼女と遭遇してから俺の頭の中は夏風美亜に侵食され続け、どう足掻いても消すことが出来ないでいた。

 仕方ないか、ここんとこ人間とまともに会話したことも無かったのに、いきなりあんな美少女と話したんだから。

 リハビリ無しにあんなに話したら、そりゃ脳が悲鳴を上げるだろ。

 そう言えば夏風、俺のスマホに変なアプリ入れたよな。

 俺はスマホをポケットから取り出して黄色いアイコンを押した。

「ん? 何だこれ、カメラ? 勝手に起動すんなって! さっきのメッセージは……」

 使い方分かんね〜。あ? スワイプすればいいのか。

 ミーアは……あれ? 全部消えてるんだけど……。

 さっき届いたメッセージはおろか画像すら見当たらない。

 は? 何で⁉ 嘘だろ? さっきの可愛い写真は?

 あ、あったあった。

 画像一覧に移動していた夏風の写真に俺は安堵した。

 ん? 保存? しないと消えるのか?

 「保存保存っと」

 画像を保存して直ぐに携帯がブーッと振動してミーアからいきなりメッセージが届き、俺は固まった。

『そんなに私の写真が欲しかったんだ?』

 は? バレてる? 向こうに分かるのかよ!

 俺は焦ってメッセージを送り返す。

       『試しに保存してみただけだって』

『照れない照れない』

       『照れてねーし』

『今度いっぱい写真撮ろうよ』

『週末二人で遊ぼ?』

 えっ……。

『また固まってる?』

『決定ね?』

 は? 

 夏風からの矢継ぎ早なメッセージに脳が追いつかない。

 メッセージはそれっきり途絶え、俺は何度も彼女とのやり取りを読み返す。

「『週末二人で遊ぼ?』って、もしかしてデート⁉」

 ヤバくね? 俺、女子と遊ぶような服持ってねーし、だいたい何処に連れてけばいいんだよ?

 有り得ない、緊張で胃がおかしくなりそうで眩暈がする。

「うわっ、吐きそ……」

 明日学校行きたくねー、夏風に会っただけで体がおかしくなりそうだ。

 ん? そっか、行かなきゃいいんだ!


 ◇    ◇    ◇


 翌日、午後。

 俺は自分の部屋でベッドに再び寝転んでいた。

「頭いてー! ガンガンする……」

 これ、絶対ゲームのやりすぎだろ? 眼精疲労? エコノミー症候群? 寝不足? 動かなすぎ? 兎に角体調が悪い。

 徹夜でゲームして、高校をサボった現実逃避でまたゲームして、俺は目が開いている間中ずっとゲームに没頭し続けてたからな……。

 これは夏風から逃げた罰。学校での俺に対する彼女の態度も気になるし、週末のデートの件も恐怖でしかない。

 スマホは一日中バイブが止まらず、夏風がメッセージを送り付けているのは知っている。だって俺の携帯は一日前まで何の反応も示さなかったからな。

 だけど俺は携帯を見てはいない、見てしまえばまた反応しなければならず、それによって気が重くなるかも知れないから。

 ピンポーンとインターホンが鳴り、俺はベッドの上から部屋の壁に取り付けられた受話器の小さな画面をチラ見する。

 誰かが玄関に立っているのは分かるけど、宅急便か?

 もう一度インターホンが鳴り、俺はのそっとベッドから上半身を起こした。

 そういえばそろそろ実家から補給物資が届く頃かも。

 ウチの実家は元農家で、今は広い畑を家庭菜園にしか使っていないが、収穫量は大量で定期的に野菜が俺の部屋に送り付けられる。

 俺はベッドの上から飛び降りて慌ててインターホンの画面を覗いたが、もう人影は無く、カタンと郵便受けが音を立てた。

 もしかして不在票? やばっ!

 玄関に走り、ドアの郵便受けの底を覗いたが不在票は入っていなかった。

 ん? 何だよ。

 俺は不思議に思ってドアを開けるとゴンッと何かにぶつかる気配を感じた。

「痛った~い!」

「は? 夏風⁉ 何で!」

 額を押さえた夏風が玄関前で尻もちをついていて制服のスカートの中が露わになっていた。

 雪のように白い太ももをM字に開脚し、食い込んだ水色の下着を晒している彼女の姿に、俺は一点集中で脳内に画像を焼きつけてしまい、大きく唾を飲み込んだ。

「ど、どーしてここが⁉」

「やっぱりサボってたんだ!」

 額を押さえて立ち上がった夏風は口を尖らせて眼前に迫り、俺はたじろいで玄関の中に後退する。

「何? もしかして私に会いたくないとか? メッセも読んでくれないし、心配したんだからっ!」

 両手を腰に当て、前傾姿勢で不満をあらわにする彼女の勢いに俺は床に尻もちを着いた。

「ご、ごめん……。俺、逃げてた……夏風から……」

 後ろめたさで俺は彼女の事を直視出来ない。

「何でよ? 私が何かした?」

「いや、してない。ただ、何となく怖くて……君みたいな人気者が俺に構ってくれるとかあり得ないかな~って」

 夏風の顔色を伺うように俺は顔を上げた。

「有り得るの! 会いたかったの! キミの事が気になって気になって眠れないくらい」

 グイグイ来る夏風は俺のパーソナルスペースをお構いなしに侵食して来る。

「そ、そーなんだ……。てか、何でここが分かったんだ?」

 俺は仰け反って後ろに手を着きつつ彼女から距離を取る。

「そんなのピクチャでビューンだよ!」

「は?」

「位置情報晒してるんだし、直ぐに分かるから。今日、ずっと家にいたでしょ? だから風邪ひいて寝込んでるのかなーって。もしそうだったら晩御飯作ってあげようと思ってたんだけど!」

「えっ⁉ 俺って監視されてたの?」

「変な言い方しないで! それはお互い様、ヒカリから私の位置も丸見えだし。だから近くに居たらいつでも会えるんだよ?」

 はぁ⁉ それって束縛アプリじゃねーの? 

「とにかく、買って来たお肉が悪くなっちゃうから、これ冷蔵庫に入れさせて!」

 夏風は大きなレジ袋を俺に掲げ、靴を脱ぎ捨てて勝手に部屋に上がり込んだ。

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