第4話 交渉

「本気で言ってるのか? 夏風……。からかってるんだよな?」

 ドキドキで自分の声が震え、頭がクラクラする。

「私が男の子と遊びたいって生まれて初めて思ったのに、そんな言い方しないでくれる?」

 ぐいと俺の目の前に整った小顔を更に近づけ、不満そうに首を傾げる夏風。

 ちょっ……近いって! 逃げようと仰け反った俺の椅子の背もたれが歪む。

「ヒカリ君、ダメかな……」

 ドキンとした。こんな可愛い女の子に名前呼びされた事なんて無いから。

 上目遣いで頬をピンクに染める彼女の瞳が小刻みに揺れる。艶やかな黒髪が天井の照明に反射して輝き、まさに天使のような佇まいに俺は息を飲む。

「いや、夏風。ちょっと待て、俺達ってさっき初めて話したばかりだよな?」

「そんなの関係ないよ。何かさ、肌感覚が合うっていうか、本能的にしっくり来るっていうか……。そう、体が求めてる的な?」

「は、はぁ⁉ お前やっぱりバカだろ!」

 一気に顔が熱くなる、体が求めてるって意味分かんねーし!

「バカじゃないもん! 成績は学年トップだし!」

「下らねーこと言ってんじゃねーよ」

 俺は一気にアイスを口に押し込んで立ち上がると逃げるように早足で歩き始めた。

 夏風と今後も遊ぶ⁉ ボッチの俺が? 学園のアイドルと俺が⁉ 無い無いっ!

 こんな訳の分からない事を言う奴は構ってられん! どうせ俺の反応を見て楽しんでいるだけだ! 

 と思った直後、頭がキーンとして俺はうずくまった。

「頭いてーっ! クッ…、アイスが……」

「卯~月っ! 逃さないからっ!」

 夏風が俺の腕を掴み、そっと背中に触れられた途端、体に電気が走る感覚がした。

 女の子に優しくボディータッチされた経験の無い俺は、予想外の体の反応にそわそわしてしまった。

「ち、ちょっと待て夏風。俺と遊んでる所を誰かに見られでもしたら……」

「ヒカリは私と遊びたくないの?」

「いや……だからっ! 夏風は男の影が全く見えないから人気で――」

「もしかして照れてる? だってもう私たち、友達でしょ?」

「友達……?」

 俺はゴクリと唾を飲んだ。

 恋人よりも手に入れたかった物……高校でも孤独だと思っていた俺に?

「俺なんかが友達でいいのか……?」

 俺の反応に夏風は大きくため息を付いた。

「『俺なんかが』? 何それ?」

 俺から体を離した夏風はクルリと背中を向けてお尻の上で両手を繋いだ。

「私はヒカリになら素の自分をさらけ出せそう、だからキミも私にそうして欲しい」

「夏風……」

「美亜でいいよ?」

「いや……さすがにそれはマズいだろ? 男子は誰も名前で呼んで無いんだし」

「いいの! 他の男子にも名前で呼ぶなとは言って無いし。つまりはそういう事、みんな私には深入りしてこないんだよ」

 振り返った夏風は俺の目を真っ直ぐに見て言った。

「だけどヒカリには私に深入りして欲しい」

「何でそこまで……」

「私ね、人前で怒ったり暴れた事なかったんだ、今日のお昼休みまで。でもね、キミが私の愛するゲームをしてくれているのが嬉しくて、誰にも秘密にしてたのにこんな近くに同類がいるとか信じられなくて……」

「何で秘密にしてんだよ? 別にネトゲやってる事くらいバレてもいいだろ?」

「ダメなの!」

 ゲーセンに彼女の大きな声が響いた。

「私の父がゲームはバカのやる事だって言って子供の頃から一切やらせてくれなくて、もしもバレたらノートパソコンへし折られるよ……」

「それなら尚更俺と友達にならない方が良くないか?」

「ヒカリなら地味すぎて交友関係バレなさそうだし……だからお願いっ!」

 夏風は腰を折り曲げて深く俺に頭を下げた。

 何か腑に落ちない、親にビクついてる時点で家庭環境が危うい感じがするし、優秀で人気者のくせに脆い感じがしてならない。

「いいよ、夏風。俺で良ければ友達になってくれ」

「ほ、ほんと⁉」

 頭を上げた彼女が大きな瞳を潤ませた。

「だけど、大丈夫か? ネット接続履歴調べたら速攻ゲームしてるのバレるぞ?」

「そこは大丈夫だよ、ウチの父もそこまで暇じゃないみたいだし」

「そっか……」

「じゃあさ、手始めに」

 夏風が制服の上着のポケットからスマホを取り出して画面を何度か触ってQRコードを俺にかざした。

「何それ……?」

「はぁ? 嘘でしょ……これだからボッチは……。ちょっと携帯貸しなさいよ!」

 俺が差し出したスマホをむしり取るように奪い夏風が勝手に操作する。

「ちょ、何勝手に――」

「『ピクチャ』入れて無いの?」

「『ピクチャ』? 何それ」

「SNSアプリだよ」

「それならここに有るだろ?」

 俺は自分のスマホの緑のアイコンを指さした。

「こんなんじゃなくて、あーもう! 入れるからね、私とは『ピクチャ』使って!」

 物凄い速さで俺のスマホをいじり、彼女は俺にスマホを突き返す。

 スマホの画面には見た事の無い黄色いアイコンが追加されていて特等席を陣取っている。

 スマホが震え、黄色いアイコンに通知マークが付いたので、俺はそれを試しに押してみた。

『ミーアさんから通知があります』

 ミーアって夏風?

 俺は更にその名前をタップする。

『よろしくねライト』

『お友達記念だよ?』

 夏風は自撮り写真も送り、背景にスマホを観ている俺が写り込んでいるアイドルのように可愛らしいブロマをくれた。

「あっ⁉ もうこんな時間! じゃあねヒカリ、また明日!」

 スカートをひるがえし、跳ねるようにゲーセン内を駆け出した夏風は後ろ手に手を振り、プリの筐体の陰に消えた。

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