第3話 興味
物凄い視線を感じる。
帰りのホームルームで夏風は机に頬杖を付き、二重瞼の大きな薄茶色の瞳をずっとこちらに向け、ロックオン状態。
これって絶対に面倒くさい展開になるだろ? どうにか上手く夏風を振り切って駐輪場に向かわねば。
担任教師が教壇を下り、放課後を迎えたクラスメイト達がわらわらと立ち上がって廊下に出て行く。
だが、廊下に向かわない人影がこちらに一直線に向かって来る。
やっぱり来たっ!
大股で接近する学園一の美少女に、俺は最大限教室で迂回しながら廊下に向かう。
俺に構うな夏風っ! こんな陰キャに話しかけたらお前の評判が落ちるぞ!
競歩並みの速さで俺は彼女から逃げるようにドアに足を運ぶと背後から「ちょっと待ちなさい!」と可愛らしい声が掛かる。
それを俺は聞こえないフリで止まらずに廊下に飛び出した。
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
夏風の声が一気に迫り、至近距離に居るのは明白。だけど俺はガン無視で足を加速させる。
「あっ! 美亜、帰りどこ寄ってく?」
「夏風、帰ろ?」
背後で彼女を呼び止める女子の声が聞こえ、夏風の上ずった話し声が徐々に遠のいて行く。
助かった、お前は取り巻きと遊んでろ!
一階に下り、玄関で外靴に履き替えつつ後方を確認したが、夏風は俺の追跡を断念したのか追って来なかった。
取り敢えず助かった、あんな有名人に絡まれたら俺の平穏な学園生活が終わっちまう。
夕方が近づき暑さも少しだけ和らいだ駐輪場は帰宅を急ぐ生徒たちでごった返し、あちこちから自転車にブレーキを掛ける軋み音が響き、自由を取り戻した気分になる。
気晴らしでもすっか?
俺は昼休みの出来事をリセットしたくてちょっと寄り道をすることにした。
◇ ◇ ◇
エアコンが強く効いて気持ちいい。
自転車を漕いで火照った体はあっという間に冷え、べとついた汗も乾いた。
俺は帰宅経路から少し外れた地下鉄駅併設のショッピングセンター内にあるゲーセンに立ち寄り、店内を物色する。
最近はクレーンゲームが幅を利かせ、店内の半分が占拠されていて、そのまた半分はプリの機械が陣取り、アーケードゲームのエリアは縮小気味。
俺は何となくガラスの中のクレーンゲームの景品を眺めながら歩いていた。
「ん? これってアルドヘブンのフィギュアだよな……」
昼休み、夏風がゲームで使っていたキャラ。女剣士の白水着バージョンに目が留まる。
スタイル抜群で可愛らしくて強い、アルドヘブンの中でも人気キャラ。
何となく夏風にキャラが被る、彼女が選んだのも分かる気がする。
俺は気が付けばクレーンゲームに500円玉を投入していた。
箱入り娘が二本の橋の上に置かれている。これはよくあるパターン、少しづつずらして五回以内に取れれば御の字、俺は早速箱をクレーンでずらし始める。
中に入っているフィギュアの重心を確認しつつ徐々に箱を斜めにすること三回目、クレーンは箱を僅かにずらし、橋の間でグラついて引っかかった。
「あ~惜しいっ!」
ギャラリーが俺のクレーン操作に声を上げる。
まぁ観とけ、今落としてやっから。
後は箱の角を持ち上げるだけ。狙った所にクレーンを誘導し、軽く箱が動くとストンとフィギュアが下に落っこちた。
「凄い! 上手いんだね、卯月って」
景品の取り出し口に細い腕が伸び、俺がゲットしたフィギュアを手に取る見慣れた制服の女子に俺は固まった。
「な、夏風……えっ⁉ 何で?」
「サンキュ! 卯月っ!」
顔の横でフィギュアの箱を小刻みに振り、ウインクする夏風に俺はドキンとしてしまい、悟られたのではないかと彼女に背を向ける。
「欲しいならやるよ、俺は取るのを楽しんでただけだし」
何で居るんだよ? もしかして
「じゃあな!」
俺は素っ気ない態度で彼女を突き放すようにゲームコーナーに向かう。
「卯~月っ! お礼にアイス奢ってあげる!」
俺の腕に飛びついた夏風からフワッと良い香りが漂う。
イシシと笑う夏風は可愛くて、俺の心拍数が爆上りして眩暈を起こしそうになる。
腕になんか柔らかい物も当たってるし……。
胸でかっ……グラビアアイドルかよっ!
制服の上着が窮屈そうなほど張った大きな胸に思わず見惚れ、俺は慌てて視線を逸らした。
「アイスなんか要らないって!」
俺は掴まれた腕を振りほどこうと体を斜めにして抵抗する。
「いーから! 私が食べたいんだもん、付き合ってよ?」
グイグイとフードコートに引っ張って行く夏風は強引で、俺に拒否権は無いみたいだ。
男の力で逃げ出せば夏風の拘束など簡単に解けるけど、人目のある中、さすがに女の子から全力逃亡するのは格好悪い。
アイス売り場のガラスケースを眺める彼女は前屈みになり、長い黒髪を耳に掛けて「どれにする?」と俺を大きな目でチラ見する。
「えっ⁉ どれって言われても……」
カラフルなアイスのバケツを眺めてもピンと来ない、だいたい俺はこういう所でアイスを買った記憶がないから。
「じゃ、あたしが決めてあげる。えっとぉ……」
人差し指をプルっとした唇に当て、ガラス越しにアイスを眺める姿が少女のようで可愛らしい。
夏風って普通の女子みたく喋れるんだ、もしかして彼女はいつも良い娘を演じてるのか?
「ラムレーズンとシナモンアップル!」
ガラスケースに人差し指をくっ付けて夏風が可愛らしい声を上げた。
何だか落ち着かない、友達もいない俺が女子と遊んでて、それが夏風美亜だなんてあり得ない。
夏風は店員からアイスを二つ受け取り、近くにある白い樹脂製の椅子に腰かけて俺を呼ぶ。
「はい、シナモンアップル! あ、後で味見させてね?」
俺にアイスを手渡し、隣で子猫のようにアイスを舐め始める美少女。
緊張する、夏風は凄く近くでアイスを舐めていて、なんかこう……舌遣いがエロい。
ば、バカか俺は! 気にするな! さっさとこの驕りイベントを終わらせて彼女と別れないと。
「あ~ん!」
夏風が俺に向かって目を閉じて大きな口を開けた。
えっ⁉ 何やってんのこの人……。
「あ~~んっ!」
片目を開けた彼女は更に大きな声で口を開ける。
うっ……これってこういう事だよな……。
俺は食べかけのアイスを夏風の濡れた唇に押し付けた。
か、間接キスだぞ? いいのかよ……。
「あ、美味し! 私のも食べてみて!」
夏風の唇の形に削り取られたアイスが俺の目の前に突き出され、俺は躊躇いつつ彼女が口を付けた所をかじり取る。
うっ……俺……夏風と間接キスしてる。
ラムレーズンは思いのほか甘ったるく、微量のアルコールが俺を惑わせる。
何だよこれ? まるで恋人みたいじゃないか……。
物凄く落ち着かない、出来る事なら今すぐダッシュして安全地帯である自宅の布団に潜り込みたい。
そう思った瞬間、彼女はニコリと頬を上げて俺に提案した。
「ねえ卯月、私と今後も二人で一緒に遊んでくれない?」
椅子からお尻を浮かせた彼女が俺の眼前に迫る。
「…………え……?」
「だって、趣味が合うし、私を特別扱いしないから過ごしやすいし……。ね、いいでしょ?」
俺は彼女の提案に絶句して、只々目の前で見つめる美少女を呆然と眺めることしか出来なかった。
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