第2話 あり得ない遭遇
画面左上に表示されているパーティーメンバー6人のヒットポイントカウンター、その最上位の『ミーア』に俺のプレイヤー名である『ライト』が並び、一気に追い越した。
「よっしゃ!」
俺が叫んだ瞬間、非常階段の下側から「ウギ〜ッ!」と女の叫び声が聴こえた気がした。
は? 何だ今の声……。いやいや、そんなのに構ってる暇はない、あと少しでファントムドラゴンが倒せるんだ、しかも俺がトップで!
「何が二刀流連撃だよ! 1回しか発動しねーじゃねーかよ! 悪いなミーア! レアアイテムは俺がもらった!」
思わず大きな声が出る、俺のパーティー編成は当たり、コントローラーを握る手が加速する。
「ギャーッ! 何なのよコイツ! 絶対アイテムは譲らないんだからっ! 返せゴラァ! このクソライト!」
「無理無理、修行して出直して来いよミーア!」
「はぁ? もう1回言ってみろ! 絶対取り返してやる!」
無情にも昼休みの終わりを告げるベルが鳴り響く。
「クソッ! 時間が……。でも今更辞められっかよっ!」
オレンジ色の必殺技発動ゲージがMAXになり、激しく点滅する。
『貰ったーっ!』
ハイパーブーストアタックが発動し、勝利を確信した俺はコントローラーをコンクリートの踊り場に放り投げ、画面の中の美麗な発動アニメーションを見守る。
俺の一撃でファントムドラゴンは霧散し、レアアイテムのドラゴンの角膜が俺にだけ付与される。
「はぁ⁉ ムカつく、ムカつく、ムカつく〜っ!」
甲高い女の叫び声が非常階段の下から聴こえて来て、俺は眉根を寄せながらノートパソコンの画面を膝の上で折り畳む。
そう言えば俺、誰と話してたんだろ……? ヘッドセットも付けてないのに……。
カンカンと鉄の階段を踏みしめる音が近づき、俺は無意識に固まった。
目を疑った、階段を上がって来たのは学園一の美少女である夏風美亜で、俺を発見するなり怒りの籠もった目で睨み付けた。
サラサラな黒髪を風に靡かせながら踊り場に立った彼女は、絶句している俺を見下ろして肩を震わせている。
「あ……アンタがライトなの⁉
細い腕をビュンと伸ばし、美しく反った人差し指を向ける夏風に、俺の思考は停止寸前。
「えっ⁉ おま……ミーアなの……?」
「返せっ! 私のドラゴンの角膜っ! だいたい何なのよ、あの必殺技! あんなのズルだよ!」
いきなり美少女に制服の襟を掴まれ、可愛らしい怒り顔が眼の前に迫り、俺は圧倒されて仰け反った。
「し、知るかよ! お前の必殺技が不発だから危うく負けそうになったんだそ! 俺のお陰でおこぼれ貰えただけ有り難く思えよ!」
「なんですって〜! あたしが今までどれだけ課金したと思ってんのよ!」
上半身をガクガク揺さぶられ、馬乗りの勢いの彼女に俺は為すすべがない。
ノートパソコンが膝から滑り落ち、俺は必死に手を伸ばしたが彼女の勢いは止まらない。
強引に押し倒されて彼女の長い黒髪が俺の頬を撫で、真夏の火照った肌がひんやりする。
ちょ⁉ 近いって!
誰もが憧れる絶世の美少女が俺の上に馬乗りになって超至近距離で見下ろしているあり得ない光景。
良い香りを振りまきながら涙目で唇を噛む夏風は俺の腰の上にお尻を乗せてムチっとした太ももをスカートから大きく露出させ、駄々をこねる幼女のように俺の胸板を拳で連打して来た。しかも彼女は怒りに任せて俺の上でお尻をグニグニと動かして暴れ、生温かい体温が制服越しに伝わって一気に汗ばむ。
「て、てか夏風。俺のこと知ってるのか?」
「はぁ? 知ってるに決まってるじゃない! クラスメイトだしっ!」
叩くのを止めた夏風は口を尖らせて俺を見下ろした。
「俺って影薄いから、夏風に認知されて無いと思ってた……」
「何それ? そんな訳無いでしょ? だいたい私はアンタに憧れてたんだから……」
「は? い?」
「だっていっつも一人で気楽そうだし、平民すぎて平凡な生き方してるんだもん」
俺の腰に乗ったまま夏風はちょっと恥ずかしそうに俺から目を逸らして人差し指で頬を掻いた。
「平民? お前からしたらそうかもな、社長令嬢の美亜姫!」
「そういう事言うなっ!」
拳を振り下ろす仕草で俺を威嚇する姫に俺は続けた。
「だいたい俺だって好きで一人で居る訳じゃねーし!」
「えっ⁉ そうなんだ……」
目をへの字にして口を手のひらで隠した彼女はプププと嬉しそうに笑う。
「笑いたきゃ笑えよ、俺だって好きで人見知りしてるんじゃねーから」
「その割には冗舌だよね、ホントに人見知りなの?」
グイと可愛い顔を近寄らせた夏風に、俺は顔が熱くなるのを自覚した。
「それはお前がグイグイ俺の壁の中に土足で踏み込んで来るからだよ!」
「ふ~ん。じゃあさ、私が卯月の最初の友達になってあげようか?」
「は……?」
夏風みたいな美少女と友達⁉ この二重人格女と?
嬉しさと不安が交錯し、俺の中にないまぜの感情が沸き上がる。
「私もこういうちょっとひねた感じの毛色の違う友達欲しいし……」
「余計なお世話だよ! だいたいお前は大勢友達に囲まれてるじゃねーかよ! ほら、サッサと俺の上から降りろって」
せっかくの提案を拒否してしまう俺は、根っからの人見知りだと自覚する。
不満そうに夏風は唇を尖らせ、俺の腰の上に跨ったまま動かない。
「早くどけって!」
「嫌だ!」
夏風が大きな声でソッポを向く。
「はぁ⁉」
「だって私も友達なんていないし。みんな見た目と成績と肩書だけで寄って来た人達だもん」
「お前バカだろ? 贅沢言ってんじゃねーよ! てめーにボッチの気持ちが分かってたまるか!」
俺は彼女を突き飛ばしてノートパソコンを拾って立ち上がり、非常階段の鉄の扉の向こうに飛び込んで廊下を全力で駆け出した。
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