名月を...

シリウス=サイレンス

美しい月の夜のお話。1話完結です。

月の綺麗な夜。世界トップクラスのお金持ちである朧真理(おぼろ しんり)は広大な自宅の庭で、孫の朧水理(おぼろ すいり)に車椅子を押されながら2人で話している。真理の顔は白く、生気がない。

真理が咳き込む。

水理「おじいちゃん、大丈夫?」

真理「うん。今は大丈夫」

2人の間にゆっくりとした時間が流れる。

水理「おじいちゃんって死にそうだけど、何かやり残したことってあるの?」

真理「(笑って)死にそうって。デリカシーないなあ」

水理「でも実際そうじゃん」

ムっとした可愛らしい顔で答える。

悪気はなさそうな顔で。

真理「たしかに。やり残したことか……」

顎に手を当てて考える。

車椅子の車輪がゆっくりと回り続けている。

真理「やり残したことはある……けれど、最初から不可能なことだったんだ」

水理「何?」

真理「何だと思う?」

水理「えー、何だろう。あ……」

雲に隠れていた月が姿を現す。

白く美しい満月だ。

水理「月に行くとか?」

真理「(笑って)ははは。水理は私が宇宙飛行士に見える?」

水理「見えない。でも宇宙飛行士って本当のごく少数の選ばれた人しかなれないんだって。学校の先生が言ってたよ。物凄い運動神経のいい子の中でもトップじゃないとなれないんだって」

真理「へぇ、先生がそんなことを。でも、そんなに競争に勝たないとなれないのは嫌だな」

水理「えー私は好きだけどな。勝敗がつく方が面白いじゃん」

真理「……でも、負けた人が可哀想じゃない、それって」

水理、疑問に思う。

水理「……お母さんからおじいちゃんは競争に勝ち続けてきた人だって聞いたよ?なんでそんなに競争を嫌がるの?」

真理「……」

水理「やり残したことって、結局何なの?」

真理「……」

真理は夜の月と星を見ながら過去を思い出す。



――――――――――――――――――――――――――――


貧乏で汚い家、それが俺の生まれた家だった。

汚い格好の俺は家や学校で、親や学校の同級生からよく暴力を振るわれた。

親は貧乏で厳しく、学校でもいじめられていた。

心も体もズタボロの俺はどこにも居場所がなく、誰も味方をしてくれなかった。

学校で好きになった女の子は自分をいじめていた男に取られた。

俺がテストで良い点数を取った時、誰も一緒に話し合う人はいなかった。

懸命に勉強しても1位は取れなかった。

優秀な点を取っても、誰からも尊敬されることはなかった。


俺の目には全てが敵に見えた。

社会が自分をいじめているように感じた。

欲しいものは何も手に入らなかった。

助けてほしいのに、誰も助けてくれない。


毎晩のように泣きながら日々をすごしたある夜。



窓から見えた月が気になって、家の外に飛び出した。

白い月。

全てがどうでもよくなるくらい美しい景色がそこにはあった。

自分の悩みがちっぽけなものに思えた。

それで悟ったような気がして、俺は家の包丁を持ち出した。

自殺しようと思ったからだ。


しかし、いざ自殺しようと腹に包丁を向けると体中が震え、涙が止まらなくなり、

結局はできなかった。

生物の本能だろうか。

それともやり残したことがあるからなのだろうか?


俺は何かに気づいた。

自分でもその何かは分からなかったが、答えは空にある気がした。

顔をあげる。

白い月に手を伸ばす。

そして、俺は気づいた。

やり残したことがあると。

それは――――――



――――――――――――――――――――――――――――


真理「それは、俺みたいなやつを助けることだ」

真理の目に光が戻る。

彼は数多の競争に勝ってきた理由とやり残したことを思い出した。

水理「それってどういう意味?」

真理「年を取ったら分かるようになるよ」

水理「ずるい!そうやっていつも子供扱いして……」

真理「悪いけれど、部屋まで送ってもらえるかな。おかげでやり残した仕事があることを思い出したよ」

ぷくっと拗ねた顔の水理。

水理「……はいはい。分かったよ、もう……」

拗ねながらも車椅子を反転させ、一緒に部屋へ戻ろうとする。

その時、ふと真理が呟いた。

真理「名月を、取ってくれろと泣く子かな」

句は静かな夜へと吸い込まれて消えていった―――― おわり

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名月を... シリウス=サイレンス @Sirius_Silence

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