第5話 楽しいゲーセンデート。

かいくん、ゲームセンター行こ!」

「……朝からどうした」


 朝食を食べ終わってリビングのソファーに座っていると、スマホを見ていた夜宵やよいが唐突にそんな提案をしてきた。


「これ見てこれ! 今日からこのゲームとコラボなんだって。プレイしなきゃ期間限定称号もらえないんだよ。1プレイだけでいいから、ね?」


 夜宵が見せてくるスマホの画面を見ると、確かに夜宵がはまってるスマホのゲームと、ゲーセンによくある音ゲーが今日からコラボ開始と書かれている。


「ふーん……てか夜宵、音ゲーなんてできるのか?」

「できるよ! これでもMASTER14をAPできるんだから!」

「AP? なにそれ? アクセスポイント?」

「オールパーフェクトだよ!? 壊くん、もしかして音ゲーやったことない?」

「ふっ、そんなの決まってるだろう? 当然――ない!」


 無駄にかっこよくポーズを決めて音ゲー未経験宣言をしたが、夜宵は何もツッコまずに懇願してくる。


「ねえ壊くん、一緒に行こ? ダメ?」


 今日の夜宵さんはスルースキルが高いのかな? いや、ただゲームがやりたくて仕方ないのか。でもなぁ……。


「俺も一緒に行かないとだめなの?」

「……私と行くの……やなの?」


 ウッ……そんなうるうるした目で見ないでくれ。罪悪感半端ないから。


「別にそうじゃないよ。あそこ人多いだろ? 人混みがどうしても苦手でな」

「大丈夫だよ。今日は平日だし、それに昼間だし、休日とか夜よりは人数少ないと思うよ。それに……私も一緒だし、ね? だから一緒に行こ?」


 こいつ、ナチュラルに手を掴んできたんだが? 絶対に逃がさないという意思を感じる。


「うーん……夏休みの宿題は? どれくらい終わったんだ?」

「全部終わった!」


 え? 全部? 終わった? 早くね? まだ八月二日だよ? 八月入ったばかりだよ? 全然やってないなら先にそっちやってからって誤魔化そうとしたのに……こいつゲームと配信ばっかやって、いつ宿題する時間あったんだよ……。


「あーもう、わかったよ。今回だけな?」

「やったー! 壊くんとゲーセンデート! えへへ~」


 手放しで喜んじゃってまあ、そんなにゲーセン行けるの嬉しいですかそうですか。ていうか。


「デートってお前……そういうのは交際してる男女じゃないと成立しないだろ……」

「え~そうかなぁ? 男の子と女の子が一緒にお出かけしたら、それでもうデートだと思うなぁ」

「ほう。それじゃあ、一緒にスーパーへ食材買いに行ってる時もデートって言うのか?」

「む……それは……」

「ほら、違うだろ? そういう勘違いさせるような発言は見過ごせないな。ほかの男子の前では言うなよ? 絶対面倒なことになるから」

「むぅ…………別に、壊くん以外には言うわけないし……」

「うん? なんて言ったんだ? 小さくて聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

「ふん。壊くんは女の子とデートもできない非モテ陰キャだって言ったんだよーだ!」

「それさすがにヒドくない!? そこまで言わなくてもいいじゃん!」

「ふんっ」


 ああっ、ご機嫌ナナメお嬢様だ……。ここまで不機嫌になるのはちょっと珍しいな。俺なんか悪いこと言っちゃったのかな……。謝った方がいいか? でも、原因も理解しないで謝っても逆に悪いしな……。


「ほら、壊くん早く着替えて。準備できたらもう行くからね」

「えっ……」


 俺が顔を上げた時にはもう、夜宵はリビングを出ていってしまっていた。


 ま、まあ、俺をゲーセンに誘ったのは向こうだし……普通なんだろうけど……もういいって言って一人で行くものだと思ってたから、ちょっと意外だな。機嫌が悪いわけじゃないのか? うーんわからん。とりあえず、言われた通り準備するか。


    ◇


「よーっし、今日は遊びつくすぞー! さ、壊くん行こっ!」

「えっ、ちょっ、引っ張るなって。ちゃんと行くから」


 家での不機嫌さはどこ行ったんだか。俺の声なんか聞こえちゃいないな。


 俺は夜宵に引っ張られたままゲームセンターの自動ドアをくぐり、ずいぶんと久々ぶりのゲームセンターに足を踏み入れた。


「おお、やっぱり昔とはずいぶんと変わったな。ていうか二階なんてあったか?」

「さあ? 私は最近初めてここに来たから、その時にはもうあったよ?」

「まあ、俺が前にここに来たのは数年前だから、そりゃ少しくらい変わるか」

「そんなに経ってたら変わらない方がおかしいよ」


 うん。それはそうなんだよな。


「それより、二階いこ?」

「あれ? 一階じゃないのか?」

「うん。一階はクレーンゲームとかコインゲームしかないから。スロットとかプリクラもあるけど……今日の目的は二階だからね」


 なるほど。音ゲーとか、ほかのゲーセンにあるようなゲームも二階にある感じなのかな。とりあえず今は夜宵についていくか。


「……で、何してるんだ夜宵」

「うん? ガチャガチャだよ?」

「それはわかってるよ。でもな、その内容がただの手袋しか出てこないガチャガチャだぞ? 俺そんなの見たことないよ」


 そう、夜宵の後ろについていったら、階段の踊り場に設置されている白い綿手袋だけが出てくるらしいガチャガチャを、夜宵が二回も回していたのだ。


 ガチャガチャといえばよくあるのは、アニメキャラのキーホルダーとかが主流だろう。すこし変わった内容でも、変なポーズした動物のフィギュアが出てきたりするやつとか、あとはゲームのカセットが出てくるやつなんかもある。

 でも、真っ白な綿手袋のみが出てくるやつなんて初めて見た。こんなの普通あるのか? どんな需要があるんだよ。


「そうなんだ。ゲームセンターにはよくあるんじゃないかな? ないところもあると思うけど。この手袋はね、リズムゲームやるときに手を使うから滑りやすくしたり、筐体をきれいに使うためにも、つけておいた方がいいんだよ。はい、一つは壊くんの分だよ」

「な、なるほど。ありがとう……」


 差し出された手袋を受け取ると、夜宵はすぐに先へ進んでいってしまった。急いでそのあとを追いかける。


 階段を上りきり視界に入ったのは、綺麗に並べられたたくさんのゲームの筐体だった。おそらくゲームの種類ごとにまとまって分けられている。まばらに人がいて、確かに想像していたよりは人が少ない。


「えーっと、お目当てのものは……」

「これだよ、壊くん」


 俺がきょろきょろあたりを見回してると、夜宵が目の前の筐体を指さした。確かによく見ると、今朝夜宵が見せてきた画像に写っていた筐体だった。普通に目の前にあったらしい。


「これが例の音ゲーか」

「そうだよ。百円玉を一枚入れればプレイできるようなってるんだ」

「なるほど。じゃあ早速やってみるか」

「ちょっと待って」


 誰も並んでいなかったので俺がそう言って筐体の前に立つと、夜宵が真剣な表情を向けて静止してきた。


「ん? どうした?」

「ちょっと待っててね」

「え? う、うん」

 俺がうなずくと、夜宵はここを離れて何かよくわからないけれど、おそらくゲームではない筐体の前で何かをポチッと押して戻ってきた。


 すると、何かを手渡してくる。


「はいこれ、どうぞ」

「これは……カード? 何に使うんだ?」

「それはね、プレイしたデータを保存するために使うの。それがなくても一応できるにはできるんだけど、ゲストプレイ扱いになっちゃってプレイデータが残らないんだ」

「へぇ……」


 なるほど。セーブができるアイテムみたいなものか。……こんなカードがあるんだな。


「それじゃあ、今度こそやるか?」

「うん。やろっか」

「えっと、それじゃあこのカードをここにタッチさせればいいんだな」


 言いながら筐体の正面真ん中の四角く光っている部分にカードを当てると、初回プレイ無料と出てきてお金を入れる必要がなかった。


「お、名前決められるのか」

「あとで変えることもできるよ。あと、それ制限時間あるから早めに決めた方がいいよ」

「うわっ本当だ。じゃあ、カイでいいや」


 タッチスライダーの青く光る部分を軽くタップして決定し先へ進むと、今度はチュートリアル画面が出てきた。


「あ、ちゃんとチュートリアルあるんだ。助かるわ」

「まあスキップもできるけど、初めてだしちゃんとやっておいた方がいいよ」


 夜宵の言う通りチュートリアルを進めていく。


「ふむ。まあ、タップとホールド、スライドはできたな。で? エアーノーツが手を上げる? 今こんなのあるの? センサーで反応すると……すげー」


 ようやく一通りチュートリアルが終わって曲選択に移動する。


「うん、大丈夫そうだね。それじゃあ壊くんの好きな曲選んで。最初の難易度は……でも、EASYじゃなくてNORMALでも大丈夫だと思うな」

「そうか?」

「うん」


 うーん……じゃあNORMALにしてみるか。曲は……適当に知ってるアニソンにしてと……よし。


「それじゃあ私隣でやってるから、わからないことあったら聞いてね」

「わかった」


 お、始まる……。




 うん。まあできないほどじゃなかったな。ミスがないわけじゃないけどクリアはできたし、手元だけじゃなくて腕動かすのは忙しいけど……まあまあ楽しいな。もう一つ上の難易度できたりしないか? ちょっと夜宵に聞いてみるか。


「なあ、やよ……は?」


 え? ん? 俺幻覚見てたりしないよな? 何この夜宵の腕の動き。めっちゃあらぶってるんだけど。どんな曲やってんだ? ちょっと覗いてみるか。

 んー、別ゲーやってます? ノーツの量ヤバすぎない? 俺なんも見えないんだけど。これ本当に別ゲーじゃないよね? あ、別ゲーじゃない。筐体が全く一緒だ。


「ふぅ~できた~でももうちょっと詰められそうだなぁ……ん? 壊くんどうしたの?」


 あ、もしかして俺今、夜宵の方見たままフリーズしてた?


「いや、何でもない。すごいなって思っただけだから」

「え? えへへ……そうかなぁ」


 照れ方かわいいかよ。手を後頭部にやってはにかむとかどこのアニメキャラだよ。さっきまでの音ゲーガチ勢の動きしてる人には見えないよ。


「ああ。いつもこんな感じなの?」

「うん? こんな感じって?」

「あんな難しそうなのをいつもやってるのかなって」

「ああ! そういうことね。そうだよ。簡単な難易度のやつはだいたいAPしちゃったから、難しいのAPできるよう頑張ってるんだ」


 いっつもあんな腕動かしてやってんのか……学校のみんなが今の夜宵見たらどう思うかな……まあ、悪い方には転がらないか。逆にうますぎてなんでもできる人だと思われそうだな。てかもう思われてるか。……で? APって結局なんなん――


「ああ! そうか。APってオールパーフェクトだから一番評価が高いってことね」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないな」

「ありゃ? そうだったっけ。って壊くん! もう曲選ばないと時間あと一〇秒だよ! 強制的に曲決まっちゃうよ!」

「あ、まじか。でもまあそれでもいいかな。特にやりたいって曲もないし」

「そう? それならいいのかな?」

「うん」




 夜宵のプレイングに驚愕してから二回プレイし終わり、しばらくベンチに座って休んでいると、階段から来た男女二人が手をつなぎながら二階に上がってきた。

 おそらく高校生のカップルだろう。夏休みデートというわけだ。


「ゲーセンでデートとかマジであるんだな……二次元だけじゃないのか……もっとキラキラした夢の国とかにでも行けばいいものを」

「どーしたのかーいくん?」


 俺がカップルたちの方を見てるとゲームをプレイし終えた夜宵が顔を覗き込んできた。俺の視線をたどって夜宵がそのカップルを見つけると、ちょっと怒ったように頬を膨らませた。


「もしかしてあの二人を見てたの? ダメだよ壊くん。あんまりジロジロみちゃ失礼でしょ?」

「わかってるよ。たまたま視線で追っちゃっただけだ。俺は別にリア充爆発しろとか思ったりしないからな」

「それ思ってる人の言い訳じゃない?」

「まあぶっちゃけ、こんなところでデートしなくてもいいだろとは思ってた。もっといいところがあるんじゃないかってな」

「そう? 私はここでデートできたら楽しそうって思うけどな。現に今楽しいし。二人にとって楽しいならどこでもいいんじゃない?」


 人差し指をほっぺにあてながら小首をかしげて夜宵が言ってくる。


 そうですよね。年齢イコール彼女いない歴のわたくしが何わかったようなこと言ってんだって感じですよね。それでもまあ。


「それはそうだな。二人が楽しいっていうのは大前提だ」


 それくらいはわかる。


「なら私たちももっと遊ぼう? もっと楽しまないと!」


 なんでそうなるかはわかりませんけれどね。


「はいはい。男女でお出かけするだけでデートなんですもんね。でも正直もう疲れた。音ゲーがこんなに体力を使うゲームだと思わなかった……」

「あ……」

「ねえその目のハイライト消すのどうやってやってんの? 普通に俺の体力のなさにいまさらながら思いだして絶望する感じをそれで出すのやめてくれない?」

「え~このハイライトの消し方は、キャラクリ画面の目のところを選択して、ハイライトなしを選ぶと消えるよ」

「ゲームじゃねえんだよ。そんなことできるか」

「冗談だって~」


 くっ……朝姫の悪影響をもろに受けてやがる! これは俺にも治せない不治の病だ!! 諦めるしかないか……。


「はぁ……それで? 当初の目的は達成できたのか?」

「あっうん! 問題ないよ。限定称号ゲットできたし、壊くんともゲームセンター来れたしね」

「そうか。それはなによりだ。それじゃあ帰って――」

「どうしたの壊くん? 今日は一日私とゲームして遊ぶんだよね?」


 いや、圧! 笑顔の圧!! こ、怖すぎるって! ていうか痛いっ! つかまれてる手首痛いよ! ギシギシいってるっ!? やだっ! こわいっ!!


「あ、あの……帰らないので……手首、離してもらえませんか……」

「ふふっ、よろしい」


 ねえこの子メンヘラ気質持ってたりするの? まじで生きて帰れないかと思った。こわすぎるよぉ……。


「もう……でも、音ゲーはできないぞ? すぐバテちゃうし見てるだけでお腹いっぱいなんだが……あ、そうだ忘れてた。もう昼過ぎてるし昼飯食べてからにしよう、な?」

「えっ!? もうそんな時間たってたの!?」

「まあな。夜宵は夢中でゲームやってたから気づいてないんだろうなーって思ってたけど、予想通りだったな」

「むぅ……なんか子ども扱いされてる気がする」

「そんなことないぞ?」


 そのむくれてるところとかは子供っぽいけど。


「それよりさ、早く食べに行こう。夜宵がゲームしてるところ見てるのは退屈しなかったけど、お腹は減ってるんだ」

「あ、そうだね。私もお腹減ったし行こうか」


 近くにファミレスがあったはずだし、そこで軽く食べてこっちに戻ってくれば問題ないだろう。今日はとことん付き合ってやるか。




「さーて、戻ってきたぞー!」


 ファミレスで昼食を食べてからゲームセンターに戻ってきて、夜宵が実家に帰ってきたかのようなテンションで伸びをした。


 そんな彼女に俺は食事中ずっと気になってたことを聞いてみる。


「それで? 夜宵はまだ何かやりたいのあるのか? 午前中に随分遊び倒してたけど」

「逆に壊くんは遊ばなすぎだよ。でもそうだなあ……壊くんはすぐ体力なくなっちゃうし、あんまり動かないゲームがいいよね。クレーンゲームでもやる?」

「格ゲーとかやんないのか?」

「ああいう対戦ゲームは実力差が結構出やすいから、初心者の壊くんといっぱいプレイしてる私が対戦したら壊くんもつまんないと思うし」


 あーそれはなんとなく想像できるわ。俺がぼこぼこにされてる未来が。


「だから、クレーンゲームやろ?」

「そうだな。そうするか」

「よーし、いっぱいとるぞー!」


 そうは言ってもそこそこ大きいゲーセンだし、結構クレーンゲームの数あるんだよな。


「夜宵は何か取りたいものでもあったりするのか?」

「うーん……あんまりないかな。かわいいものでも取れたらいいなくらい? 壊くんこそ何か欲しいものはないの?」

「俺? そうだな……」


 言われて改めて店内を見回すと、ある景品が目に入った。


「あれとかどうだ?」


 そう言って俺が指をさすと、夜宵がその指した先を追うように目を動かした。


「ん? あれって…………っ!! あれ、カインくんじゃん!! フィギュア出てたの!? 全然知らなかった」

「夜宵あのキャラ好きだろ? どうせなら取ってみてもいいんじゃないか?」

「う、うん。取るけど……なんで私があのキャラ好きって知ってるの?」

「いや、配信であのキャラ引いたとき自分で言ってたし、それからもあのゲームするとき毎回使ってるじゃん」

「あ、あーそっか……そうだよね…………よく見てるなぁ……」


 夜宵がなんだかボソボソ言いながら頬に手を当てて俯いてしまった。なんか変なこと言ったかな?


「まあいいや。それじゃあ早速やってみよう。取り方とかまったく知らんけどな」

「わ、私もわからないから大丈夫だよ。一緒にがんばろ?」

「それじゃあ百円玉を入れてと」


 目標は、二本の棒の上に縦向きに置かれているカインという名前の、夜宵がはまってるゲームキャラのフィギュア。

 この筐体は横ボタンを最初に押して前ボタンを二番目に押し、離したところでクレーンが止まってゆっくり下に景品を掴みに行く筐体になっている。


「よし、いくか」

「頑張って壊くん」


 とりあえずクレーンを横移動で正面まで持ってきてこのまま前進。適当に持ち上げてと。


「あ」

「ぜんぜん取れそうにないね……」

「まあ、持ち上がりはしたけど斜めっただけだな。ちょっとずつずらしていけば取れそうではある」

「そうだね。端っこに引っ掛ける感じでずらしていけば取れそうかも」

「じゃあそうしていくか」


 流れるように百円玉をもう一度入れて、端っこに引っ掛けるようにアームを下ろしてみる。


「あーなるほど、予想通りの動きだな。これなら……」


 これをもう数度繰り返して……。


「取れた~!!」

「なんで操作した俺より喜んでるんだよ。別に構わんけど。はいこれあげる」

「いいの?」


 取ったフィギュアを手渡すと、夜宵がうかがうように上目遣いで見てきた。


 こいつのこの顔、まじでかわいいんだよな。なんて言うか庇護欲が湧いてくるというか、みんなが夜宵のことを好きになるのわからなくはないな。


「いいよ。そのために取ったようなもんだからな」

「えっあ、ありがと……」

「うん」


 喜んでもらってるようでよかった。でも、時々こうやって顔逸らすのはなんなんだ?

 うーん……まあいっか。


「次なにか欲しいものある?」

「つ、次は壊くんが欲しいもの私が取ってあげる! フィギュアのお返し!」

「別にお返しなんていいのに……そうだなぁ……あ、あれなんてどうだ。あのぬいぐるみ。かわいいじゃん」

「あの端っこにあるピンクのウサギのやつ?」


 夜宵の言葉に首肯で返すと、なんか不思議な顔された。


「なんだよその顔。リビングのソファーにでも置いとけば何もない部屋に色がつくかもしれないだろ?」

「あー、そういうことか。確かにそれはあるかもね。あの部屋本当に質素だし」

「いつも寝っ転がってるし、夜宵の枕にされそうだな」

「むぅ、私がいつもだらだらしてるみたいに言わないでよ」

「してるじゃん」

「してないもんっ!」


 本当にだらだらしてないと思っているんだろうか……外から見てればだらだらしてるようにしか見えないんだがな。まあ、本人が思ってることと周りから見た時のギャップはあるものだし、仕方ないか。


「はいはい。そんなことより、あのぬいぐるみ取ってくれるんだろ? 頼むよ夜宵」

「むむぅ……しょうがないなぁ。ゲームが大得意な私に任せないさいっ! っていっても、私クレーンゲームぜんぜん初めてなんだよね」

「そうなのか。意外だな」

「まあ……クレーンゲームしなくても欲しいグッズは手に入ったからね……」

「なるほど。そりゃそうだ」


 夜宵は本物のお嬢様なんだよな。わざわざクレーンゲームなんてしなくてもたいていのグッズは揃うか。


「それじゃあ、クレーンゲーム初心者の俺とあんま変わらないな」

「そうだね。クレーンゲームに関しては私も初心者だし、できるだけ頑張ってみる」

「おう、頑張ってくれ」

「うん。よーっしそれじゃ、ゆくぞー!」


 気合十分にガッツポーズをしてから夜宵が筐体に百円玉を投入する。


 腕で抱えられるくらいのウサギの人形が二、三個置いてある中、一番落とし穴に近いところにある人形を狙う。

 三本の細いアームが開いてゆっくりと下りていき、しっかりと人形を捕まえる。

 しかし、ちょっと持ち上がってからすぐに落下して、ぽて、と人形が倒れた。


「持ち上がりはしたけど耐えなかったな」

「そうだね……もしかしてこれ、さっきのやつより難しい?」

「それはわからん」

「そうだよね。もう一度やってみよ」


 そう言って夜宵が再び百円玉を投入し、クレーンを動かすレバーを握り横へ前へと微調整しながら倒し、最後に決定ボタンを押して、クレーンを下ろす。


 しかし、結果はさっきと一緒だった。


「ちょっとずつ横に移動はしてるけど取れそうにないな」

「うう……も、もう一回」


 そう繰り返して一〇回目……。


「なぁんで取れないのぉ!」

「さすがの夜宵さんもクレーンゲームは苦手でしたか」

「初めてなだけだもん! 苦手とかの問題じゃないもん!」


 もんってなんだよもんって。むきになってるというか負けず嫌いが出てるのか?


「そうかー。でもまあ確かに取れそうではあるからなぁ」

「でしょ?」

「うん。そうだなぁ今は適当にこう、全体を掴んで持ち上げようとしてるけど、頭を掴んで持ち上げてみたらどうだ? 結局ぬいぐるみの頭が一番重いだろうから、頭が下になったら重さで落ちるし、アームでしっかり掴んでれば落ちないんじゃね」

「そっかー……確かにそうかも。一回やってみようか」


 ついに一一回目の挑戦が始まった。


 アームを動かしぬいぐるみの上まで移動させて、ちょうど頭の部分を掴めるよう調節しアームを下ろす。


「やった! 頭掴んだよ!」

「ああ。あとはこのまま持ち上がってくれれば……」


 頭を持ち上げられたウサギのぬいぐるみが体を揺らしながら運ばれて、落とし穴の側面に直撃した。


「あっ!」

「いや、大丈夫」


 ぶつかった反動でクレーンからぬいぐるみが落ちたけれど、頭が落とし穴に入り頭の重さに引っ張られて体の部分も吸い込まれるように落とし穴に落ちていく。


「や、やった! 取れたよ壊くん!」

「ああ、よかったな。おめでとう」


 ウサギのぬいぐるみを抱きかかえて嬉しそうに笑う姿は高校生に見えない。もっと幼く見えてくる。


「ふっ……まるで小学生だな」

「なっ……そんなに小さくないもんっ」

「ごめんごめん。冗談だよ……ふふっ」

「もうっ笑ってるじゃん」


 ぷくーっと頬を膨らせて不服そうにジトッとした目を夜宵が向けてくる。そういうところも子供っぽく見えてしまう。


「ごめんって」

「しょうがないなぁ。頭撫でてくれたら許してあげる」

「お前はどっかの猫かなんかか」

「いいから、はやく」


 はー……仕方ないな。ほんとによくわからんやつだ。


 引き下がるつもりがなさそうだったので、髪を撫でる程度の力で優しく頭を撫でてあげると、夜宵が気持ちよさそうに目を細めた。本当に猫みたいに見えてくる。


「はい、これでいいだろ?」

「ん、よろしい」

「満足されたようでよかったですよお嬢様。それじゃ、もうちょっと遊んでいくか」

「うん!」




 あれからゲームセンター内のゲームをすべて網羅する勢いで巡り、気づいたら外の空がオレンジ色に染まっていた。


「もう夕方だし、そろそろ帰ろうか夜宵」

「うん、そうだね。たくさん景品も取っちゃったから、意外と重いんだよね」


 そう言う夜宵の手元を見ると、確かに紙袋が両手に一つずつ提げられている。もちろん俺の両手にも二つずつ紙袋が提げられている。フィギュアやらキーホルダーなど、しまいにはゲーム機まで取ってしまった代償だ。


 とにかく、二人して両手に紙袋を提げながら店を出るところで、入ってくるときには見かけなかったポスターが新しく張られているのを見て、思わず零した。


「もうそんな時期か……」

「なにが?」

「これだよ。花火大会。このゲーセンの後ろにある大通りで毎年やってるんだ。今月末にやるんだってさ」

「え!? そんなのあったの!? 早く言ってよ!」


 食いつきがいいなぁ……夜宵はほんとなんにでも興味持つよな。素直にその性格がうらやましいよ。俺は興味ないことにはほとんど無関心だから。


「普通に忘れてたわ。俺にとって花火大会とか次元の向こうのイベントだから」

「壊くん絶対一緒に行こうね」


 絶対言うと思った。


「え~今日ゲーセン行ったし行かないとだめ?」

「だ~め。絶対行くの。約束ね?」

「はぁ……まあいいよ。どうせ朝姫に引っ張り出されるだろうし」

「え? そうなの?」

「毎年、零と朝姫の三人で行ってるんだ。俺は連れ回されてるだけだけど」

「へぇ……そうなんだ……」


 ん? また顔俯けてる。まだどういうときに夜宵が顔を逸らすのかわからないな。もっと観察が必要か。


「ま、今年は夜宵も一緒だし、いつもより花火大会を楽しめるかもな」

「そ、そうかな……?」


 ん? 少し声が明るくなった? いや、気のせいか。


「ああ。夜宵がいれば朝姫も少しは大人しくなるだろうしな。俺も振り回されなくてすむ……って、なんだその顔」


 頬を膨らませて唇を尖らせている夜宵がジト目を向けてきていた。


「怒ってる顔です~怒ってるんです~」

「今にも、ぷんぷん、とか言い出しそうな顔だな」

「もう、反省してるんですか? ぷんぷん」

「リアルにやるとキツいだけだからやめておいた方がいいぞ」

「ひどいっ! 完全にやる流れにしたの壊くんじゃん!」

「さて、なんのことだか」

「もうっ、もうっ!」


 さすがにちょっとからかい過ぎたか。


「ごめんな。夜宵が面白くてつい」

「ついって……もう許してあげないから」


 あ……これマジで怒ってるやつじゃね? 回り込んでも顔背けたまま絶対に目を合わせようとしないし、声もマジトーンだったし。


「すまんて。それじゃあ……そうだな……なんでも一つ言うこと聞いてやるから、機嫌直してくれよ」

「……なんでも言うこと聞いてくれるの?」


 おっ、効果あったか。やっとこっち向いてくれた。


「おう、なんでも一つだけな」

「……それじゃあ……キスして」

「おう! 任せとけ! キ…………ん? 今なんて言った?」

「キスしてって言った」


 …………。


「はあああぁぁぁぁあ!? えっ? なっ、え? ど、どどどういう? え?」


 と、俺が混乱に混迷を極めていると、夜宵がこらえられないというように肩をわなわな震わせながら笑い始めた。


「ふっ……ふふっ、冗談だよ。壊くん慌てすぎ~顔真っ赤ぁ~……ふふっ」

「スゥー……はあ~……そういう冗談はやめてくれよ……マジで心臓に悪いから……」

「えー、元はといえば壊くんが悪いんでしょ?」

「それは……すまなかった」

「ふふん、よろしい」


 あれ俺をだます演技だったのかよ……マジで本気かと思ったわ……演技の才能まであるとはもう恐ろしいまである。


 うあ~まだ心臓バクバクいってるよ。さすがの俺でもあれは破壊力抜群だったな。零なら耐えられるかもしれないけど、女子でもあれは耐えられんだろ。はあ……だめだ、切り替えよ。


「ふう……そうだ、帰るついでだし夕飯の食材買っていくか」

「すでにこんなに荷物持ってるのに?」

「今晩の夕食分だけだよ。大した量にならないだろ? 重い方は俺が持ってやるから。ほら、夜宵は夜何食べたい?」


 俺が問いかけると夜宵はあごに手を当てて真剣な表情を作って悩んだのち、いい笑顔で言ってきた。


「それなら……えーっと……壊くんが作ったものなら何でも!」

「それが一番困るんだけどなぁ……じゃあ簡単に、肉じゃがにでもするか」

「やった! 楽しみ!」

「それじゃ、近くのスーパー寄って帰ろうか」


 そう言って今日は夕明かりが照らす中、二人並んで帰路についた。

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