第4話 終わりを迎えた一学期。

 そうして、体調の回復やら、期末テストやらを飛ばして、さらには終業式も飛ばして、今終業式が終わって帰るところである。


「あー……もう夏休みか。ま、いつもと変わらんだろ。とりあえずだらけないようにしないとな」


 そう呟いて立ち上がると、ズボンのポケットから振動が伝わってきた。


 ん? なんだ? スマホに通知? 誰からのメッセージだ?


朝姫あさひからLINE? 珍しいな。同じ教室にいるだろう……っていない? もう帰った? とりあえず開いてみるか」


 スマホのロック画面を開いてLINEのアプリアイコンを押し、朝姫とのトーク画面を開いてみる。


『今日、夜宵やよいちゃんと用事あるから、二人で先帰ってるね~♪』

「用事か……」


 可愛いパンダのスタンプも、しっかり送られてきていた。


 そうか……それじゃあ久々にれいと二人で帰るか。


かい、ちょっといいかー?」


 ちょうどスマホをポケットにしまったところで、左肩を叩かれ視線をそっちに向けると零がいた。


「ん? ああ、零。ちょうどいいや、一緒に帰――」

「ああ、そのことなんだけどな」

「まさか、お前もなんか用事でもあるのか?」

「まー、うん。さっき、あともう少しでコンクールがあるからって吹奏楽部に助っ人を頼まれてな……」

「なるほどな……」


 相変わらず、ノリ気じゃないな。ま、こいつが助っ人を引き受けるって言うなら何も言わないけど。


「まあ、頑張れよ」

「おう。っと、それとな――」

「まだあるのか?」

「いやー、こっちが本命っていうか……」


 零が珍しく言い難そうに後頭部を掻きながら視線を行ったり来たりさせている。


 ……? なんだ、零にしては煮え切らないな。


 不思議に思いながらも零の言葉を待っていると、意を決したように零が口を開いた。


「今日、弟たちと一緒に帰る約束をしてたんだ」

「……ああ、それを俺に代わりを頼むってことか?」

「そういうこと。ごめんな」

「いや、いいよ。その代わり、俺のためにいつか曲書いてもらうから、その時はよろしくな」

「もちろん、それくらいお安い御用だ。弟たち、よろしくな」

「ああ、任せとけ」


 そういや、あいつらに会うのも久々……って思ったけど、この間体育祭終わったあと運動会あってその時顔合わせてんだ。すっかり忘れてたわ。


    ◇


 終業式が終わり、同性の親友に一緒に帰ろうと誘われて、一緒に帰ったら――


「ちょ、ちょっと朝姫……ど、どうしたの……?」

「夜宵ちゃん、動かないで。力を抜いて、私に身体を委ねて……」


 ――美味しく頂かれちゃいそうになってましたー!!


 ていうか、本当になにこの状況! 制服はなんかどこの学校かわからない制服に着替えさせられるわ、ベッドの上で押し倒されるわ、朝姫の顔はすっごい近いわ……朝姫、改めてよく見ると本当に美少女ね。知ってたけど。可愛い……男子たちが朝姫を見て癒されるのもわかるわ。


「って、ちょちょちょ、まって! 朝姫、近い近い!」

「近くないとダメなの~我慢して?」


 そう言って、朝姫がどんどんと顔を近づけてくる。

 我慢してってそんなあ……し、しかもなんだか顔が背けらんないし。このままじゃ……ほ、本当に……キ、キ……


 パシャッ


「へ?」

「やった~! 撮れた~!!」


 私が放心していると、朝姫が手放しで喜び始めた。なにがなんだかわからず、目をぱちぱちと瞬かせてしまう。


 私、今写真撮られたの? なんで? しかも制服を着替えさせられてまで撮るもの? でも、眼前にスマホ持ってきてパシャられたよ? あれじゃ制服ほとんど写ってないし、顔を近づけられた意味もわからないし……。


「ああ、ごめんね夜宵ちゃん~できるだけ自然な表情を撮りたくて説明もしないで撮っちゃって~」

「ああ、そういうことね。……いや、でも自然な表情って、どんな表情?」

「あ~……聞いちゃう~?」


 まーた朝姫がなにか企んでる顔してるよ……でも、普通に気になるし……。


「まあ、聞くけど……」


 そう言うと、さっき撮ったばかりと思われる写真を見せながら、朝姫が教えてくれた。


「それはね~自然なキス顔が撮りたかったの~。教えちゃったらこれ以上良いもの撮れないでしょ~? だから~黙ってたの~。ごめんね~?」

「な……なな、な…………」


 目を閉じて本当にキスを待っているかのような自分の顔が、朝姫のスマホに映っていて、どんどん顔が熱くなっていくのを感じて誤魔化すように、朝姫のスマホを奪おうと必死に飛びかかる。


「い、今すぐ消して~!!」

「え~ダメだよ。これは重要な参考資料なんだから~。それより――」


 それを華麗に避けられたと思ったら、今度は何か新しい服が朝姫の後ろから取り出された。


 え? いや、後ろクローゼットじゃなかったよね? どこから取り出したの? そういう能力でも持ってたの? ううん。そんなことより。


「その写真消してー!」

「ダ~メ。ほら、それより~」


 今度は朝姫に腕を掴まれて、そのまま床に押し倒され馬乗りされた。


「えっ? ちょっ、なに? なんで私の上に……」

「それはね~逃げられないためだよ~」

「な、なんで逃げるなんて……」

「うふふ~」


 なになになに!? こわいこわい……って、え?


 そう笑って、朝姫が突きつけてきたのは背中の空いた露出高めのセーターだった。


「今度はこれに着替えてね~。夜宵ちゃんのコスプレ大会はじまりはじまり~」


    ◇


 よし、着いた。待ち合わせは校門前だったよな。


 学校を出たあと、俺は零の頼まれごとを遂行するため、過去に俺と零、朝姫も通っていた、市立杜宇十小学校しりつとうとしょうがっこうへ来ていた。


 しばらく待っていると、ランドセルを背負った子供たちが昇降口から出て、友人たちと一緒に帰路に着き始める。

 校門を通る子供たちが、やはり制服を着てる年上は物珍しいのか俺に視線を向けてくるが、その一切を無視して目的の人物を探す。


 しかし、俺が見つけるより先に、向こうが声を掛けてきた。


「おっ! 壊にーちゃんだ! おーい!」


 手を振りながら、茶色のランドセルを背負った少年が水色のランドセルを背負った少女を引っ張って、こっちに向かって走ってきた。


「おう、一葉かずは二葉ふたば、運動会ぶりだな」

「……うん。……こんにちは……壊おにいちゃん」

「うん。こんにちは」


 そう返して、二人の頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めて満足そうに笑みを浮かべてきた。


 そう、この二人こそが零の弟妹、一葉と二葉だ。ちなみに二人は小学五年生で双子だ。性格も陽気と内気で正反対であまり似てないように見えるが、好きな食べ物や好きな色は一緒だったりする。その証拠に、ランドセルにはお揃いの白い……俺にはよくわからない長い耳が生えて毛がふっさふさの生き物のキーホルダーが付いている。多分、ウサギではないと思う……小学生の間で流行っているんだろうか……。


「ごめんな、零のやつ急な用事が出来たらしくて、俺が代わりに来たんだ」

「そーだったのか。それなら仕方ないな! 壊にーちゃん帰って一緒に遊ぼーぜ!」

「ああ、そうだな。それじゃあ帰ろうか」


 歩きだそうとしたところ、服の袖を引っ張られその方向を見ると、二葉が控えめにちょんと袖を掴んでいた。


「ん? どうした二葉」

「……あ……えと、ね……私、今日朝姫お姉ちゃんに絵を教わる約束してるの……だから、一緒に……」

「そっか。それじゃあ朝姫んところ一緒に行こうか。一葉もいいよな?」

「おう! もちろん!」

「あ、ありがとう……壊おにいちゃん……」

「いいよ。俺も少し朝姫に用があるしね」


 まあスマホで確認できることなんだけどな。

 二葉がいつの間に朝姫にイラストの描き方を教わってたのはびっくりしたけど、朝姫に教わるくらいだから本気なんだろうし、応援してやらないと。


「それじゃ二人とも、朝姫の家に出発だ!」

「おー!」

「……お、おー」


    ◇


 言っても小学校から朝姫の家までは、一〇分も歩けば着く距離にある。


 階段坂を上り、境内に入ると巫女服を着た女性が箒で落ち葉を掃いていた。その女性が階段を上ってきた俺たちに気づいて声を掛けてくる。


「あら壊ちゃん、久しぶり~。珍しいわねここまで上ってくるなんて。朝姫ちゃんになにか用事かしら~」


 そう、何を隠そうこの女性、朝姫のお母様の祥子しょうこさんである。もう溢れんばかりの母性が醸し出ている。あれだ、登場シーンが少ないのに意外と薄いほ……んんっ、良くないですね、ごめんなさい。


「こんにちは、祥子さん。そうなんです。朝姫、今大丈夫ですか?」

「ええ、今日は朝姫ちゃんお休みだから、自分の部屋にいると思うわ~。あ、そうそう~夜宵ちゃんと一緒よ」

「そうでしたか、ありがとうございます。それじゃあお邪魔しますね」

「は~い、どうぞあがってって~」


 祥子さんに許可も貰ったので、境内の中にある鳳家の玄関を開けて入る。

 そのまま朝姫の部屋の前まで向かい、扉をノックしようとしたとき――


「……朝姫おねえちゃん、来たよ……」


 そう言って二葉が扉を開けてしまった。


「え……」

「あっ……」


 部屋の中から困惑の声が聞こえてきたが、俺の脳はその光景を脳内メモリに一瞬で焼き付けると、目を逸らす。


 部屋の中では、ベッドの上で巫女服を着て抱きしめ合う朝姫と夜宵の姿があった。見事に服は着崩れて肌色が大胆に晒されている。

 目を逸らすと同時に一葉の目も慌てて手で覆う。


「お? どしたん壊にーちゃん」

「一葉、見るな……お前にはまだ早い……」

「壊にーちゃんは見てんの?」

「俺は……くっ……見てないっ……」


 歯を食いしばり、必死に目を逸らしながら言う。


「そっか、それじゃ俺も見ない!」

「ああ、偉いぞ一葉」


 うん。まあそれはいいんだけどさ。なに? この状況? いや、夜宵が朝姫に押し倒されてて? おまけに服が乱れてて? いや、巫女服なのは謎だけど。でも、状況的にこれって……そういうことだよな!? いや、でもそんな素振りなかったし、ただの事故か?

 ああああああ! 思考がまとまらん!!


 脳内でイメージ壊が頭を抱えてウオオオォォォとヘドバン並みに頭を揺らしていると、朝姫がベッドから下りてそのままこっちに近づいてくる。


「ご、ごめんね~気づかなくて~」


 その声につられて視線を朝姫の方へ向けると、まだ着崩れたままで前がはだけている。後ろではベッドの上で夜宵が顔を赤くして布団を身体に巻いていた。


「あ、朝姫っ! 前! 前直せ!」

「えっ? あ、ああ……えへへ……」


 俺が指摘すると、少し恥ずかしそうに今更ながら朝姫が前を閉める。

 ほんと、ぬけてるっていうか、危機感低いっていうか……はあ。


「まあ、今回は俺たちだったからよかったかもしれんけど、俺たち以外の……例えばクラスの男子がプリント届けにきたとかで今の状況に出くわしたら、絶対プッツリいってたぞ」


 理性の糸が。


「え~そんなことありえないよぉ~」

「なんで言い切れるんだ? 自覚してないかもしれないけどな、朝姫も、夜宵も、超絶美少女だからな? 学校でトップ2に美少女だからなお前ら。そんな奴らの煽情的な姿を耐性のないやつが目に映したらどうなると思う? 飛ぶぞ?」

「何が!?」


 俺が超大真面目にそう言うと、夜宵が後ろから布団を巻きつけた状態で叫んだ。


 ツッコまずにはいられなかったか。まあ、気持ちはわかる。だからここは直球に返してやろう。


「理性がだよ。だぁからもうちょい危機感持ってくれ……こっちが大変なんだ……」


 切実な悩みを打ち明けるかのごとく俺が言うと、朝姫はにっこり笑顔で言ってきた。


「だから~大丈夫だよ~。お母さんが家に入れるのは壊くんたちだけだから~」

「だからそれがダメだっていってるんだるおおぉぉぉおがあああぁぁぁぁあああ!!」


 ちっともわかってくれなかった。もうはっきり言ったのに……俺悲しいよ。


「もういいや……それで、お前らは何してたんだ? まさかそういう関係ってわけじゃないだろう? いや、それでも俺は一向に構わないんだが。美少女カップリングありがとうございますっ!!」

「もう何言ってるの~三次元カプなんて付き合わないと成立しないんだよ~」

「付き合ってるんじゃないのか?」

「なに真顔で当然のことのように言ってるのかな~?」


 ヤバい。超怖い。朝姫の笑ってない笑顔超怖い。


「すいません調子に乗りました」

「よろしい~。今はね~撮影をしてたの~。イラストを描くための~」


 俺が頭を下げると、朝姫がちゃんと笑ってる笑顔になってそう言ってから、俺の耳元に口を近づけてきた。前は直していても、その暴力的な朝姫の胸部の威力はいまだ健在で、俺の目の前で容赦なく存在感を放ちやがる。


 しかし、俺は朝姫が囁いた言葉に全意識を持ってかれた。


「壊くんに言われてたやつも撮ったから~すぐ送るね~?」


 その言葉に俺も耳打ちで返す。


「俺の本に巫女服で乱れるシーンなんてないぞ?」

「それは私の趣味。制服でキスシーンは撮ったから大丈夫だよ~」

「えっ!? まじ!? み、み、み、見ていい!?」

「いいよ~夜宵ちゃん可愛かったよ~ほら~」


 俺が顔を上げて声を上げると、朝姫も声量を普通に戻して指で丸を作って返してから、スマホの画面をスワイプさせる。


 しかし、朝姫の言葉を聞いて黙っていられるはずがない人物が、一人いた。


「ちょっ朝姫!? 何がいいの!? ま、まさかさっきまで撮ってた写真見せる気じゃないよね?」


 しかし、朝姫は口の端を歪めてニヤリと笑みを浮かべると、それをゆっくり後ろにいる夜宵に向けた。


「ん~? もとからこの写真、壊くんに見せるために撮ってたんだよ~? ほら、見て壊くん~可愛いよね~」


 慌ててベッドから下りようとするも布団が邪魔で上手く身動きができない夜宵におかまいなしに、朝姫が向けてきたスマホの画面をのぞき込む。


 するとそこには、ベッドに押し倒され、制服の胸元が大胆に開いて顔を真っ赤にしている夜宵の姿が映っていた。


「ふふ、夜宵ちゃん本当にメインヒロインみたいだよね~」

「あ、ああ……」


 え? いや、超絶可愛いんだが? 俺が想像してたヒロインそのものなんだが? 表情もその通りだし。ていうかこんな表情よく撮れたな……朝姫のやつ何したんだ? いや、とにかく。


「最高のイラスト、よろしくな?」

「まっかせて~! いい絵描いてみせるよ~」


 朝姫がぐっとガッツポーズを取ると、ようやく態勢を整えた夜宵が背後から朝姫のスマホをスッと奪い取り、その画面に写っている写真を見て絶叫した。


「あ、あ、あああぁぁぁぁぁああ!! 朝姫! よ、よりにもよってこんな写真! なんで壊くんに見せちゃうのぉ!! しにゅうううぅぅぅ!! 恥ずか死しゅりゅぅ!!」

「……まあ、そうなるわな。朝姫、もうちょっと加減してやれよ」

「え~見たいって言ったのは壊くんでしょ~?」

「それはそうだけど……見せると判断したのはお前だろ?」

「むぅ~それじゃあおあいこってことで~」

「よし、そういうことにしておこう」


 俺と朝姫がお互いうなずき合ったところで、突然手を叩かれて、手がある方を向くといまだ一葉の目を塞いだままだった。


「なあ壊にーちゃん、まだ目開けちゃダメなのか?」

「……朝姫おねえちゃん……絵のお勉強早くしよ……?」


 二葉も朝姫の手を引いて小首を傾げている。

 完全に忘れてた。ちょっと興奮しすぎて自分たちの世界に入りすぎたな。


「ごめんな一葉。もう開けて大丈夫だぞ」


 俺が目元から手を離すと、一葉が目をしぱしぱと瞬かせる。


「それじゃ二葉、俺たちは外にいるから帰るとき声を掛けてくれ。一緒に帰るから」

「……うん。ありがとう」


 二葉がうなずいたのを確認して、一葉を連れて家を出る。


「一応、零に双子が朝姫の家にいることを伝えておいてと……一葉、なにかやりたいことでもあるか?」

「んー? べつにー? ない!」

「そうか……ならゲームでもやって暇つぶしとくか」


 適当にアプリインストールしてと。


「はい一葉。やっていいぞ」

「いいの? やったー!」


 はあ……あとは、自然でも眺めて女性陣を待つか。夏休みに向けて、なんかインスピレーションでも湧けばいいな。




「おーい、壊ー」


 名前を呼ばれてそちらを振り向くと、零が階段坂を上ってきてこっちに手を振りながら近づいてきていた。


「あれ? 零、お前今日吹部の助っ人なんじゃ? 随分早いな」


 確か、部活が終わるのは早くても六時過ぎだったはずだ。今日学校は昼までだったし、もう五時半になるけど早くはないのか?


「あ! 零にーちゃん! おかえりー!」

「おう、ただいま一葉。つってもまだ家じゃないけどなー」


 座ってたベンチから零の下へ一直線に向かって走っていく一葉を零が受け止め、そんなことを言いながら笑う。


「それで? 部活早く終わったのか?」

「ああ、いや、まだ終わってないよ」

「え? 終わってないのに抜け出していいのか?」

「違う違う。部活はまだ終わってないけど、俺の仕事は終わったんだよ。最終調整がしたかったらしくて、曲を通しで聴いて、修正点を洗い出したあとそこを練習して、また通すのを数回繰り返しただけ。俺はそれを聴いてアドバイスするだけだったから、引き受けたんだよ」

「なんだ、そういうことか」


 てっきりまたみんなで音楽やるのかと思ったけど、そんなわけなかったか。


「そいや、夏休みピアノのコンクール出るんだろ? そっちは順調なのか?」

「ん? ああ、全然問題ないよ」

「さいですか」


 さすが、というところか。確かに体力づくりはしてるけど、それ以外はまじでセンスの塊だからなこいつ。感覚だけで何でもこなすし。緊張とかもしてるところ見たことないしな。まあ、表に出してないだけかもしれないけど。


 すると、辺りをキョロキョロと見回してから、零が首を傾げて聞いてくる。


「そういえば二葉はどこにいるんだ?」

「二葉は家の中にいるよー!」

「ああ、朝姫と夜宵も一緒にいる。女子たちでなんかやってるんだろう」

「そうかー」


 まあ一応、二葉が朝姫からイラストの教えを受けてるのは言わないでおこう。まあ零が知らないってことはないだろうけど。


「それじゃあ、お前らは何やってるんだ?」

「俺は二葉を待ってたんだ。一人で帰すわけにもいかないだろ? だから、自然を眺めてたよ」

「まあ、それはありがとな。でも、自然を眺めてたってなんだよ」

「いや、意外と自然ってじっくり眺めることないだろ? だから、なんかインスピレーションでも湧いてこないかなって思って」

「あー、なるほどなー」


 きっと、零も曲を書いたりするから、なんとなく共感できるんだろう。すごい納得って感じの顔をしている。


 そんなことを考えていると、扉が開く音と話し声が少し離れた所から聞こえてきた。


「朝姫、絶対今日撮った写真誰にも見せないでね!」

「う~ん……壊くんにも?」

「壊くんが一番ダメ!」

「でも~壊くんに見せるために撮ったんだしな~初めに撮った数枚はいいでしょ~? それ以外は見せないから~」

「う、うぅ……それなら……?」

「わぁい! ありがと~夜宵ちゃん~」

「ちょっと朝姫抱き着かないで、危ないから」

「……朝姫おねえちゃん、また絵教えてね?」

「もちろんだよ二葉ちゃん~夏休みもいつでも家に来ていいからね~」

「……うん」

「朝姫、二葉ちゃん埋まってるから離してあげないと窒息しちゃうよ……」

「ああっ、ご、ごめんね二葉ちゃん~」

「……ううん、大丈夫だよ。……私もいつか朝姫おねえちゃんみたいになるかな……」


 ………………。


「なあ、零」

「なんだ?」

「……いや、やっぱなんでもない」

「……そうかー」


 ……女子の会話って、なんていうかキラキラしてるな~。


「あっ、壊くん一葉くんお待たせ~。零くんも来てたんだね~」


 こっちに気づいたらしい朝姫が手を振りながら駆け寄ってくる。


「おう、朝姫。二葉をありがとなー。夜宵も」

「別にいいよ~楽しかったし~」

「ま、まあ私も……朝姫があんな……あんな……」


 そこまで言って夜宵が顔を真っ赤にするとぷしゅーと音を立てて頭から湯気が出てきた。


 え? いや、あんなって……そんななるまで何したんだよ朝姫……。


「……夜宵おねえちゃん、セクシーだった」

「ちょっ! 二葉ちゃん!?」

「そうだよね~。それに~キュートだった~」

「朝姫も! なにを言って――」

「……クールでもあった……」

「あと~エッ――むぐぐ」

「ちょっとだまって朝姫」


 夜宵はもう涙目だったけれど、その目はそれ以上言ったら本気でその首刈るからとでも言ってるような目だった。朝姫はまったく動じてないようだけど。


 ま、ちょっと何をしてたのか気になるところだけれど、そこは踏み込んじゃいけない領域だからな。


「さて、そろそろ帰ろうか」

「おーそうだなー。一葉、二葉、帰るぞー」

「おー」

「……うん」


 全員で階段坂を下りていき、下りきったところで前を進んでた零が後ろを振り返った。


「それじゃみんな、またなー」

「じゃあね!」

「……バイバイ」


 零が言うと、一葉と二葉も手を振ってきた。


「おーまたなー」

「じゃあね~」

「バイバイ」


 俺たちも手を振り返すと、満足そうに笑みを浮かべて一葉と二葉は前を向いて零の両手を取って歩いて行く。ほんとに仲のいい兄弟たちだ。


「それじゃ、俺たちも帰ろうか」

「うん。そうだね」

「ふふっ、二人ともその会話夫婦みたい」


 俺もそれ一瞬思ったけど口に出さなかったのに!


「茶化すな茶化すな」

「え~二人はお似合いなのに~」

「馬鹿を言うな馬鹿を。俺なんか到底夜宵には釣り合わないよ……な、やよ――どうした?」


 夜宵がなんか下を向いてぷるぷる震えてる。と、俺の声に反応したのか、顔を勢いよく上げて首を傾げてくる。


「えっ!? な、なに?」

「いや、なに? はこっちのセリフなんだが? ていうか、お前顔赤くない? 大丈夫?」

「えっ? うそっ!? だ、だだ、大丈夫だよ大丈夫! きっと夕日にあたってるからだよ。うん」


 いや、おもっくそ顔逸らしながら言われてもな。しかもここ日陰になってるし。本当にどうしたんだか。


「そうか。確かにそうなのかもな。それじゃ、またな朝姫」

「うん。あとで撮った写真送っておくね~」

「よろしく頼む」


 軽く手を振って、零たちとは逆の道へ進んでいく。

 しばらく何もしゃべらず二人で歩いていると、夜宵が閉ざしていた口を突然開いた。


「ね、ねえ壊くん……」

「なんだ?」

「えっと……朝姫から送られてくると思う写真なんだけどね……」

「見ないでっていうのは無理だな」

「なんでぇ!?」


 いや、だってそんなの。


「俺がお願いしたから朝姫は撮ったんだと思うし」

「そうなの!?」

「朝姫は言ってなかったのか?」

「あ……それっぽいことは言ってたような……でも……」

「すまないが、諦めてくれ。これは俺にとって重要なことなんだ」


 俺の小説のイラストの構図がこれで決まるんだ。譲る気はないぞ。


「あ……そう、なんだ……じゃ、じゃあこれだけ……」

「うん?」

「その……はしたない子って……思わないで……」

「……は?」


 えっ? いやいやいや、なんでそんな恥ずかしそうに上目遣いで見てくんの? ていうかはしたないって何撮ったのねえ! 朝姫さん、夜宵さんに何撮らせたんですか!? なに撮らせちゃったんですか!?


    ◇


 夜になり、風呂をあがった俺はいつも通り夜宵に風呂をあがったことを伝えて部屋に戻ると、スマホの通知を知らせるランプが緑色に光っているのを見た。


「あれ? スマホにまた通知だ。ああ、朝姫かな?」


 画面を開いて見てみると、予想通り朝姫から『写真送っといたよー』とメッセージが来ていた。


「おお。じゃあ早速見させてもらおうかな」


 メッセージ画面を遡ると数枚の写真がまとめて送られてきている。最初の写真をタップして順に見ていく。


「うん。いいな。相変わらず人の写真を撮るのが上手い」


 その写真の中には、一度朝姫の家で見せてもらった、制服を着た夜宵のキス顔写真もあった。他にも、後ろで手を組んで振り向いてるような写真や果物をフォークでさして相手の口元に運んでいるような写真まであった。


「そろそろ最後かな?」


 そう言って俺が写真をスワイプすると、一瞬目を疑った。目をこすってみるが、見えるものは何も変わらない。


「……はぁあ!? な、ななな、なに撮っちゃってんの!? っていうか何送って来てくれちゃってんの!? 俺こんなの頼んでないよ!!」


 そこまで叫んでから、帰り道に夜宵が言っていた意味を理解した。


「あー……そういうことか……」


 スマホの画面には、夜宵が恥ずかしそうに制服のスカートを自分から見せるように捲っている写真が写っていた。そりゃもちろん黒い大人っぽいのがモロで見えてる。


「……なに送ってくれてんじゃボケェ!!」


 言った言葉と一言一句違わず朝姫にメッセージを送ると、すぐに既読が付き返信が返ってきた。


『JKのパンツだよ? 感謝してくれたまへ。あ、そのパンツちゃんと着替えてるから夜宵ちゃんのではないよ?』

『いや、知らねーよ。なに着替えてるからセーフみたいに言っちゃってんの? アウトに決まってんだろ?』

『あーもしかして生パンツがよかった?』

『お前ここまで話通じない奴だったっけ?』

『えっ? もしかしてパンツ履いてない方がよかった? それだとさすがに私も見せるのには抵抗あるというか……』

『俺もうこんな奴と会話するのやだよ……』

『冗談だよ~』

『送られてきてる写真は冗談じゃないんだよ~』

『見れて嬉しいでしょ~?』

『いや、それは……』

『ほらほら正直になっちゃえよ~健全な男子高校生なら普通泣いて喜ぶぜ~? もしかしたらどっかが固くなったりするかもな~?』

『うるせぇ! 中身オヤジなお前と一緒にすんな!』

『え~ひどいな~。私だって乙女なんだぞ~?』

『友達のこんな写真送ってくるやつのどこが乙女だどこが!』

『むぅ~私なりの良心なのにな~』

『良心のかけらもない行為をしておきながらよく言うよ』

『むむっ! 確かに貶める理由でこういうことしてるならそうかもしれないけど、私は本当に良かれと思って送ったんだよ!』

『ふーん……そこまで言うなら理由を聴こうじゃないか? ほら、言ってみよ?』

『夜宵ちゃんのエッチな写真を見た壊くんが理性を崩壊させて性欲の赴くまま夜宵ちゃんを襲うよう仕向けようとしただけだよ』

『お前それ本気で言ってんの?』

『冗談だよ?』

『まじで心底安心したわ。俺の身近にくそ最低な人間がいるのかと絶望しかけたよ』

『まあ、そこまでいかなくとも、何かあればいいなとは思ってたけど』

「いや思ってたんかい!! っあ、まずっ」


 思わず立ち上がって大声出しちまったよ。もう夜中だってのに。ていうか何かあればいいって、何を期待してるんだ朝姫の奴は。そういうのは三次元に求めるものじゃないだろう。いや、確かに俺と夜宵はどこのラノベだよって感じの状況だけどさ。

 あ~朝姫のニヤニヤした顔が目に浮かぶわ~。


「はあ……リアルではあんなに天使なのに、どうしてメールになると発言がオヤジになるんだあやつは……まあ最近はリアルでもオヤジ化進んでるけど……」

『あれ~? もう襲いに行っちゃった~?』

『行ってねえよ』

『ぶぅ~つまんないの~』

『うるせぇ。もういいから。頼んだの、よろしくな?』

『あいあ~い。それはもちろん、ばっちり任されました~』

『ん。それじゃ、おやすみ』

『は~い。おやすみなさ~い。いい夢見てね~』


 メッセージのすぐ後におやすみスタンプもしっかり送ってきてるのを見てから、スマホの電源を落として机に置く。


 すぅーはぁー。

 雑念を吐き出すように深呼吸をして、一言。


「…………寝よ」

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