第1話 新生活が始まった。
「ただいまぁー」
「ただいま」
俺はようやく家に帰れた。ちなみに徒歩で登下校できる距離だ。
そして最後に俺の家だ。家と言っても実家ではなくアパートだ。
親にあまり負担をかけたくなくて、今年から一人暮らし…………と行きたいところだったが、あまりお金を使うのもあれだし、両親も一人は心配だということで、ルームシェアすることになった。
その相手は――――
◇◇◇
――――時は遡り、二か月前。
俺は入学式の三日前に、荷解きを終えて、本を読んでいた。何せやることがない。まぁ俺には小説を書くという大事な仕事があるのだが。それはそれ、これはこれだ。
俺が本を読んでいると、部屋のインターホンが鳴った。俺の部屋のインターホンを鳴らす人なんて両親かアパートの管理人くらいだろう。それ以外じゃ……ルームシェアの相手だけだ。
親からは連絡が来ていないし、管理人からは部屋に伺うという話も聞いていない。となるとルームシェアの相手だな。
実は、ルームシェアの相手がどんな相手かは、俺はまだ知らない。全部業者に任せてある。いや、全部ではないか。父さんが色々してくれていたようだったし。
まぁどうせ男だろうから、ヨボヨボなおじいちゃんとか、ゴリッゴリなマッチョな兄ちゃんとか、とにかく性格が悪い男じゃなければ誰でもいいかな。
そう思いながら、俺は返事をして玄関の扉を開ける。
するとそこには、超絶美少女が立っていた。
艶やかなロングの黒髪の内側は青色のインナーカラーに染まっていて、その目は右目が
俺が思わず見惚れていると、超絶美少女が俺の顔を覗き込んできた。
「あ、あの……
上目遣いで超絶美少女が聞いて来る。俺の名前が彼女から出た。どうやら部屋を間違えた訳じゃないらしい。
「え、ええ……合ってますよ? 」
戸惑いすぎて脳の処理が追いつかず、答える側なのに疑問形になってしまった。
「良かった。今日からお世話になります、
明星夜宵と名乗った超絶美少女は綺麗にお辞儀をして見せた。まるでどこかの貴族令嬢のようだ。
服装もなんだかブランドものっぽいし。あ、いや、ここで断言できないのは俺が無知だからであって、彼女がエセブランドのものを着ているというわけじゃないぞ!
と、とにかく彼女は俺のルームシェア相手らしい。え? まじで? マジやばくね? てかこの子は俺が相手でいいのか? 了承したのか?
「あ、ああ、よろしくな」
つい雑に挨拶してしまった。気を悪くはしてないだろうか。
とりあえず、夜宵を部屋の中に案内する。ずっと外に立たせてる訳にはいかないからな。
「お邪魔します」
丁寧に言って夜宵は入ってきた。
「そんなに固くならなくていいよ。君も今日からここに住むんだろう? それと、俺に敬語も不要だ」
「あっ、う、うん」
彼女はニコッと笑った。笑顔が眩しすぎる。俺の目、失明してないよな? 大丈夫だよな? よし、見える。大丈夫だ。
「あ、俺もう荷物届いてたから勝手に部屋決めちゃったけど大丈夫? 」
「うん。大丈夫だよ。パソコン三台とベッドが入って少し余裕があればそれで」
「そ、そうか」
えっ、パソコン三台? こんな美少女がパソコン三台も何に使うの⁉ 普通こういう感じの美少女って、パソコンってどうやって使うんですかぁ? 的な感じに聞いてくるものじゃないの⁉ いや、大分偏見だけども‼ まぁ、部屋の広さは問題ないことが分かったからいいけど。
「それじゃあ、ここが君の部屋ね。大丈夫そ? 」
「うん」
「そっか。荷物はいつ届くの? 」
「うーん……もう少ししたらかな? 今日中には届くはずだから」
「わかった。…………そうだ、俺は君のことなんて呼べばいい? 俺のことは呼び捨てで構わないけど」
「私のことは夜宵でいいよ。私も壊くんって呼ぶね」
「ん、じゃあ俺は自分の部屋で本読んでるから、何かあったら呼んでくれ。荷物が届いたら荷解きも……手伝って欲しかったら手伝うから」
「うん。ありがとう」
俺はそう言って自室に戻った。入った瞬間に扉を閉めて、寄りかかる。
「はぁ……はぁ……はぁ……。な、何で女子がルームシェアの相手なんだ? おかしいだろ? って言うか何? あの美少女やばくね? 可愛すぎ……ていうか綺麗すぎ。なんかいい匂いもしたし。俺あの子と一つ屋根の下で暮らすの? 命いくらあっても足りないけど? 殺す気? 」
俺は大きなため息を吐いて、ベッドに倒れこむ。
「俺、やっていけるのかなぁ……」
正直、相手は男だとずっと思っていたので、男なら気兼ねなく話せるし、あまり遠慮もすることはないと思っていたけど、相手が女の子、それも歳が近い(多分)って……ヤバいだろ普通に。あーもうなんかヤバいしか言ってない気がする。
相手が女子だと色々気を遣うよなぁ……。俺だって健全な男子高校生(三日後入学式)なんだ。見られたらまずい本の一つや二つ持っている。見つかったらおしまいだ。
それに、風呂や洗濯なんか大変だ。いや、風呂に関しては順番を決めれば問題ない……と思うが、洗濯は難しい。年頃の女の子は、自分の分は自分だけでやるみたいな考えの子もいるし、俺自身、洗濯物を干すときに下着なんて見たら……何もしないだろうが、内心穏やかじゃいられないだろうし……。はぁ……なんか全部狂った気がする……。
……まぁいい。気晴らしに仕事でもするか!
俺はベッドから起き上がり、椅子に座る。机の上に置いてあるパソコンを起動させて向かい合う。
マウスを動かし、ワードアプリを起動する。俺はどんどん文字を入力していった。
そう、俺の仕事は小説を書くこと。読書が好きで、その延長線で好奇心に任せて書いてみたら案外楽しく、書き続けていたらいつの間にか賞を受賞していた。
ちなみに俺が受賞した賞は『
それで収入にはあまり困っていない。大丈夫だと言っているのに、親が仕送りすると聞かなくて、食費だけでいいからと、
すると急に、ガチャッと扉が開く音がした。びっくりして後ろを振り向くと、夜宵がそーっと顔を出した。
「ビックリするからノックしてくれ……」
「あ、いや、ノック……したんだけどね? 返事が無くて……」
夜宵はちゃんとノックしていたらしい。俺はそんなに集中していたのか。まぁ気を紛らわせるのには成功していたから良しとしよう。
「ああ、ごめん。自分でも気づかないうちに集中してたみたいだ」
「集中? あ! さっき何かパソコンでカタカタやってたみたいだけど、何やってたの? 」
夜宵が目をキラキラさせながらずいっと顔を近づけて聞いてくる。いや、近い近い!
「えーっと……」
どうしよう……小説書いてたって言うわけにもいかないし……にしてもこいつ本当にいい匂いするな……ってそんなこと考えてる場合じゃなくてっ!
「…………そ、それより何の用なんだ? 」
誤魔化した。
「あー誤魔化したなー。まぁいいけど」
そっこーでバレた。そりゃわかるか。
「えーっとね、荷物届いたから荷解き手伝って欲しいなーって」
「ああ、わかった。手伝うよ」
「ありがとう」
また夜宵が笑った。うっ、灰になる……。っていうか俺、インターホンにも、段ボールを部屋に入れてる音にも気づかなかったのか…………執筆作業無心になれていいな。無心になりたいときは、これからそうしよう。うん。
そして、荷解きを開始した。どの箱にどんなものが入っているのか、段ボールにちゃんと書いてあったので、まさかの下着が入っていたとか、そういうのはなかった。俺よりしっかりしている。
それから俺は、ベッドの組み立てやら、机の組み立てやらを手伝わされ、いつの間にか十八時を回っていた。
「そろそろ飯にするか」
「おお! ご飯! 」
「何か食べたいのあるか? 」
「えっ、壊くんが作るの? 」
「え、そうだけど。嫌だった? 」
「いやいや、そういうんじゃなくて、ただ意外だっただけで……まぁできるんだったら食べたいなとは思ってたけど……」
なんだか後半はゴニョゴニョとしか聞こえなかったが、まぁ俺が作った料理を食べたくないわけじゃなくてよかった。
「んじゃ、今日は引っ越し祝いにチーズインハンバーグにでもするか! 」
「えっ! それ作れるの? 」
「うん。作れるよ? 」
「料理得意? 」
「いや、別に。一般程度? 」
「いや、一般は越えてるでしょ! 」
俺はイマイチ、夜宵がどこに驚いているのかよくわからなかったが、とりあえず夕飯を作る。
冷蔵庫から、ひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉、チーズ等々取り出して、塩や胡椒も準備する。
そこからは手際よく作業を行っていって、ついに――――
「完成ー! チーズインハンバーグ! 」
「おおー」
ぱちぱちぱちぱち
キッチンの前に置いてあるダイニングテーブルに、作ったハンバーグを並べる。
「どうぞ、召し上がれ」
俺がそう言うと、夜宵はパンッと手を合わせて元気に言った。
「いただきます! 」
夜宵は背筋をピンと伸ばして、丁寧にナイフとフォークを取り、綺麗にハンバーグを切っていく。全く音が鳴っていない。本当に貴族なんじゃないのかと疑いたくなる。まぁ現代日本においてそんな階級ありはしないが。
俺も対面に座ってハンバーグを食べる。
そういえばこいつ本当に最初から所作がお嬢様なんだよな……ちょっと聞いてみるか。
「なぁ夜宵。お前どっかのお嬢様だったりするの? 」
ハンバーグを頬張りながら俺が聞くと、夜宵は口に含んでいるものをしっかり噛んで、コクンと飲み込んでから言う。
「うーん……お嬢様かどうかはわからないけど、裕福ではあるかな。
「え……」
っとあっぶね、ハンバーグ落とすところだった。
今何て言ったんだ? 明星財閥? いやいや、あの大企業をいくつも抱えてるあの明星財閥のトップの娘って…………そういえば最初ここに来た時、名前言ってたよな……苗字は……
「明星……」
おいマジか。美少女な上にお嬢様かよ。とんでもないな。いやほんとに、どこのラノベヒロインだよ! 盛りすぎだろ! なんで神はこんな何も無い俺にこんな子押し付けてんだ‼ 相手が違うだろ相手が‼ ……はぁ。
「そっか……まぁ、夜宵がどういう存在なのかはわかった」
「なに存在って? 面白い言い方ね」
「何か良い言い方が思いつかなくてね。それに、こんなところにいるのは事情があるんだろう? 」
夜宵が眉をピクッと動かした。
夜宵のような身分の人が、こんな
「まぁ無理には聞かないから安心してくれ。誰にでもそういう事情はあるしな」
夜宵は黙ってしまった。俺なんか地雷踏んだか⁉
ど、どうしよう……なんか、なんか違う話題でも振るか⁉
「あーっと、家事の分配どうする? 」
何でこのタイミングでこんな話振るんだよ俺‼ 馬鹿か⁉ 絶対ミスった‼
「ふふっ、やっぱり優しいね。……でも、私…………家事出来ないんだよね」
やっぱり? なんかしたか俺? いやそんなことより……
俺が、え? できないの? みたいな顔をしていると、夜宵は恥ずかしそうに頬を染めて、必死に言い訳をしてくる。
「い、いや、えっと……ね? わ、私の家じゃ家事は全部メイドさんがやっちゃって、私が料理とかやろうとすると全力で止めてきて何もできなくて……」
「あー、そういうのもあるんだな」
それなら腑に落ちるな。完璧そうに見えて、意外とできないことは多そうだ……。ま、完璧な人間なんてそうそういないか。
「それじゃ、俺が家事やるよ。これまでもそうだったし」
「いいの? 」
「ああ。別に苦でもないしな」
「そう……? じゃあお願いしようかな……」
「あ、洗濯物とかは……自分でやるか? 」
「え? ああ、ううん私洗濯もできないからやって欲しい」
「えっ、あっ、うん」
えっ、気にしないの? 大丈夫か? いや、やって欲しいって言ってるんだから大丈夫だよな。俺が大丈夫じゃないが。まぁやっていけば慣れるだろ。多分。
あ、ハンバーグ無くなった。食べ終わっちゃったな。
「ご馳走様。さて、風呂でも入るか」
「えっ⁉ 一緒に⁉ 」
夜宵が声を上げて、自分の身体を抱きしめるようにして頬を染める。
「い、いやいや! さ、さすがにそれはまずいだろっ‼ この状況も既にまずいんだから‼ 」
「そ、そうだよね……」
なんか落ち込んでるように見えるけど気のせいだよな。うん。さすがにそういうのは早い。
「と、とりあえずどっちが先に入る? 」
「私はどっちでもいいよ」
「うーん……それじゃ、先に俺が入ろうかな」
正直一番風呂をもらうのは申し訳ないが、女子が入った後の残り湯に入るなんて理性が飛びそうで怖い。いや、この発想はキモイか。まぁ今更だな。
とりあえず、食べ終わった後の皿を流しへ置いて、着替えをもって洗面所へ行く。風呂場の隣が洗面所で、洗面所兼脱衣所となっているのだ。お湯は夜宵の荷解きを手伝った後、しっかり湯船を洗って、沸かしておいている。夕飯を食べている間に沸き終わっているはずだ。
俺は服を脱いで、洗濯機に脱いだ服を入れる。
ガラッと風呂場の扉を開けて入った。
◇◇◇
夕飯を食べ終わったあと、私――――明星夜宵は部屋に戻った。
「はぁー……これ、夢じゃないよね! 現実だよね⁉ 」
ど、ど、ど、どうしよう……ほ、本当に壊くんと一緒に暮らすことになっちゃった! でも、昔のことは覚えてないのかな……。まぁ、私は名前を言ってないから気づかないだろうけど……。でも、また会えて本当に良かった!
朝姫にこの話を聞いたときはびっくりしたけど、元々家から出て行くつもりだったし、高校も朝姫と同じところに行こうって決めてたから……でも、朝姫が壊くんと友達だったのは知らなかったなぁ……もっと早く言ってくれてもよかったじゃないっ!
「ふふっ、これから楽しみだなぁ」
っといけないいけない。早く準備しないと……えーっと、パソコンどこ置いたっけ? 机は壊くんと組み立てたから……っとあったあった。よいしょ。
「これから私は、やりたいことを思う存分やるんだ! 誰にも邪魔はさせない」
コンコンッ
「は、はーい、開けていいよー」
ガチャッ
「風呂あがったぞ。次、早く入りな。お湯冷めちゃうから」
「う、うん」
「それじゃ、おやすみ」
「お、おやすみ」
バタンッ
お、おおおお風呂上がりの男の子エッッッロ‼ え? ヤバくない? ほ、ほんとにヤバくない? 私ここで暮らしてて死なないよね? 大丈夫だよね? てか、よくよく考えたら私、壊くんが入った後のお風呂入るの⁉ え? え? え? 死んじゃう‼ 死なないけど死んじゃう‼ で、でもやっぱりお風呂には入らないと……う、うん! 入らないといけないしね! し、仕方ないよね! よし‼ 入ろう‼
◇◇◇
「はーっ」
疲れた。今日一日だけで一週間分の疲れがたまった気がする。でも、まだ俺にはやることがある。それは――――
「仕事だ」
俺は再びパソコンと向き合って、ひたすらに文字を入力していく。
これは俺の習慣だ。まぁ宿題をやる必要がないってだけなんだが、宿題があったとしても、終わり次第寝る前に、最低でも一時間は書くようにしている。もちろん健康を害さない程度にだ。
手を止めて天井を仰ぐ。
にしても、俺が女の子と同居? 同棲? とかするとは思わなかったな。しかも美少女と来た。
ラノベの読みすぎで、夢でも見たかと思ったが、さすがにそこまで馬鹿ではない。これは夢じゃない。現実だ。
まぁ、たまには非日常なことが起こったって構わないと思っていたけれど……これはちょっとやりすぎだ。
「ふっ、まぁ悪くはないな」
そこで扉がノックされた。
「どうした」
扉が開かれ、夜宵が顔を出す。
「あ、やあ、その、寝る前に、もう一度言っておきたくて」
俺が首を傾げていると、意を決したように夜宵が口を開いた。
「お、おやすみ! 」
言い放って部屋を出て行ってしまった。
「おやすみ」
よくわからないところもあるけど、なんだかんだこの新生活も上手くやっていけそうかな。
「っと、もうこんな時間か。俺も寝るか」
そう言って俺は、ベッドに横たわり、眠りについた。
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