第1話 新生活が始まった。

「ただいまぁー」

「ただいま」


 俺はようやく家に帰れた。ちなみに学校からは、徒歩で登下校できる距離だ。

 れいが一番学校から近いので最初に別れ、次に朝姫あさひと続く。

 そして最後に俺の家だ。家といっても実家ではなくアパートだが。


 親にあまり負担をかけたくなくて、今年から一人暮らし……と、いきたいところだったけれど、あまりお金を使うのもあれだし、両親も一人は心配だということで、ルームシェアをすることになった。

 その相手は――


    ◆


 ――時はさかのぼり、二か月前。


 俺は入学式三日前に、荷解きを終えて、黙々と本を読んでいた。何せやることがない。まぁ、俺には小説を書くという大事な仕事があるにはあるのだが。それはそれ、これはこれだ。


 俺が本を読んでいると、部屋のインターホンが鳴った。

 俺の部屋のインターホンを鳴らす人なんて、両親かアパートの管理人くらいだろう。それ以外じゃ……ルームシェアの相手だけだ。


 親からは連絡が来ていないし、管理人からは部屋に伺うという話も聞いていない。となると、ルームシェアの相手だな。


 実は、ルームシェアの相手がどんな相手かは、俺はまだ知らない。全部業者に任せてある。いや、全部ではないか。父さんが色々してくれていたようだったし。迷惑をかけたくないとか言って結局頼ってしまうところ、我ながら情けない。


 まあ、今はいいか。それよりもルームシェアの相手だ。

 どうせ男だろうから、ヨボヨボなおじいちゃんとか、ゴリッゴリなマッチョな兄ちゃんとか、とにかく性格が悪い男じゃなければ誰でもいいかな。

 そう思いながら、俺は返事をして玄関の扉を開ける。


 するとそこには、超絶美少女が立っていた。


 艶やかな黒髪ロングの内側は青色のインナーカラーに染まっていて、その目は右目が翠蒼色すいそうしょくと左目が琥珀色こはくいろ虹彩異色症こうさいいしょくしょう所謂いわゆるオッドアイだった。さらに、肌は雪のように白く、ふわふわスベスベしていそうだった。


 俺が思わず見惚れていると、超絶美少女が俺の顔を覗き込んでくる。


「あ、あの……時雨壊しぐれかいさんのお部屋であってますよね?」


 上目遣いで超絶美少女が聞いてきた。

 俺の名前が彼女から出てきた。どうやら部屋を間違えたわけじゃないらしい。


「え、ええ……合ってます、よ?」


 戸惑いすぎて脳の処理が追いつかず、答える側なのに疑問形になってしまった。


「よかった。今日からお世話になります、明星夜宵あけほしやよいです。よろしくお願いしますね」


 明星夜宵と名乗った超絶美少女は、綺麗にお辞儀をして見せた。まるでどこかの貴族令嬢のような振る舞いだ。

 服装もなんだかブランドものっぽいし。あ、いや、ここで断言できないのは俺が無知だからであって、彼女がエセブランドのものを着ているというわけじゃないぞ!


 と、とにかく彼女は俺のルームシェア相手らしい。……え? まじで? マジやばくね? てかこの子は俺が相手でいいのか? 了承したのか?


「あ、ああ、よろしくな」


 思考がまとまらなすぎて、つい雑に挨拶してしまった。気を悪くはしてないだろうか。


 とりあえず、夜宵を部屋の中に案内する。ずっと外に立たせてるわけにはいかないからな。


「お邪魔します」


 中へ促すと、丁寧にそう言って夜宵は足を踏み入れた。


「そんなに固くならなくていいよ。君も今日からここに住むんだろう? それと、俺に敬語も不要だ」

「あっ、う、うん」


 彼女がニコッと笑った。笑顔が眩しすぎる。俺の目、失明してないよな? 大丈夫だよな? よし、見える。大丈夫だ。


「あ、俺もう荷物届いてたから勝手に部屋決めちゃったけど、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。パソコンとモニター三台とベッドが入って少し余裕があればそれで」

「そ、そうか……」


 えっ? も、モニター三台? こんな美少女がモニター三台も何に使うの!? そもそも普通こういう感じの美少女って、「パソコンってどうやって使うんですかぁ?」的な感じに聞いてくるものじゃないの!? いや、だいぶ偏見だけども!!


 ま、まぁとりあえず部屋の広さは十分問題ないことがわかったからいいけども。


「それじゃあ、ここが君の部屋ね。大丈夫そ?」


 俺が、廊下を挟んで俺の部屋の向かいにある部屋を見せてそういうと、彼女はそれを見て「うん」、と頷いてきた。


「そっか、荷物はいつ届くんだ?」

「うーん……もう少ししたらかな? 今日中には届くはずだから」

「わかった。…………そうだ、俺は君のことをなんて呼べばいい? 俺のことは呼び捨てで構わないけど」

「私のことも呼び捨てで、夜宵でいいよ。私も壊くんって呼ぶね」

「ん、じゃあ俺は自分の部屋で本読んでるから、何かあったら呼んでくれ。荷物が届いたら荷解きも……手伝ってほしければ、言ってもらえれば手伝うから」

「うん。ありがとう」


 夜宵の礼を聞いて、俺は自室に戻った。入った瞬間に扉を閉めて、寄りかかる。


「はぁ……はぁ……はぁ……。な、なんで女子がルームシェアの相手なんだ? おかしいだろ? 父さん何してくれちゃってんの? っていうか何? あの美少女ヤバくね? 可愛すぎ……ていうか綺麗すぎ。なんかいい匂いもしたし。俺あの子と一つ屋根の下で暮らすの? 残機いくつあっても足りないけど? 殺す気?」


 とりあえず言いたいことを言えるだけこぼし、ため息を吐いて俺はベッドに倒れ込む。


「俺、これからやっていけるのかなぁ……」


 正直、相手は男だとずっと思っていたから、すっかり油断していた。まったく心の準備ができていなかった。

男なら気兼ねなく話せるし、あまり遠慮もすることはないと思っていたけれど、相手が女の子、それも歳が近い(多分)って……ヤバいだろ普通に。あーもうなんかヤバいしか言ってない気がする。

 相手が女子だと色々気を遣うよなぁ……。


 俺だって健全な男子高校生(三日後入学式)なんだ。見られたらまずい本の一つや二つ持っている。見つかったら終焉だ。


 それに、風呂や洗濯なんかも大変だ。いや、風呂に関しては順番を決めれば問題はない……と思うが、洗濯は難しい。年頃の女の子は、自分の分は自分だけでやるみたいな考えの子もいるだろうし、俺自身、洗濯物を干すときに下着なんて見たら……何もしないだろうが、内心穏やかじゃいられないだろうし……。はぁ……なんか全部狂った気がする……。


「――はあ、考えても仕方ない。気晴らしに仕事でもするか!」


 俺は勢いよくベッドから起き上がって椅子に座り、机の上に置いてあるノートパソコンを起動させて向かい合う。

 手慣れたようにマウスを動かし、いつものようにワードアプリを起動して、どんどん文字を入力していく。


 そう、俺の仕事は勉強などではなく、小説を書くこと。読書が好きで、その延長線で好奇心に任せて書いてみたら案外楽しく、書き続けていたらいつの間にか賞を受賞していた。

 ちなみに俺が受賞した賞は、『顕想社けんそうしゃラノベ文庫大賞』という賞だ。ありがたく大賞を頂戴した。しっかり書籍化もして、読者にも好評だ。嬉しい。


 それで収入にはあまり困っていない。大丈夫だと言っているのに、親が仕送りすると聞かなくて、食費だけでいいからと、折衷案せっちゅうあんを捻りだしたところ、ようやく受け入れてくれた。本当に過保護な両親だ。


 すると急に、ガチャッと扉が開く音がした。ビクッと肩を震わせて後ろを振り向くと、夜宵が開いた扉の隙間から、そーっと顔を出してきた。


「ビックリするからノックしてくれ……」

「あ、いや、ノック……したんだけどね? 返事がなくて……」


 夜宵はちゃんとノックをしてくれていたらしい。それに気づかないほど俺は集中していたのか。……まあ気を紛らわせるのには成功していたからよしとしよう。


「ああ、ごめん。自分でも気づかないうちに随分と集中してたみたいだ」

「集中? あっ! さっきなにかパソコンでカタカタやってたみたいだけど、何やってたの?」


 夜宵が部屋に入ってきて、目をキラキラさせながらずいっと顔を近づけ、聞いてくる。いや、近い近い!


「えーっと……」


 どうしよう……タスクは切ってあるからバレてないよな。小説書いてたって言うわけにもいかないし……にしてもこいつ、本当にいい匂いするな……って、そんなこと考えてる場合じゃなくてっ!


「…………そ、それより何の用なんだ?」


 誤魔化した。


「あー誤魔化したなー。まぁいいけど」


 そっこーでバレた。そりゃわかるか。


「えーっとね、荷物が届いたから荷解き手伝ってほしいなーって」

「ああ、わかった。手伝うよ」

「ありがとう」


 また夜宵が笑った。うっ、灰になる……。っていうか俺、インターホンにも、段ボールを部屋に入れてる音にも気づかなかったのか……執筆作業、無心になれていいな。無心になりたいときは、これからそうしよう。うん。


 そうして、俺たちは荷解きを開始した。どの箱にどんなものが入っているのか、段ボールにちゃんと書いてあったので、まさかの下着が入っていたとか、そういうのはなかった。俺よりしっかりしている。まぁ比較対象が俺じゃ当然か。


 それからも俺は、ベッドの組み立てやら、机の組み立てやらを手伝わされ、いつのまにか一八時を回っていた。

 さすがに疲れてきて、伸びをしながら一つ提案してみる。


「そろそろ飯にするかー」

「おお! ごはん!」


 意外にもいい食いつきっぷりだった。


「夜宵は何か食べたいものとかあるか?」

「えっ、壊くんが作るの?」

「え、そうだけど。嫌だった?」

「いやいや、そういうんじゃなくて、ただ意外だっただけで……まぁできるんだったら食べてみたいなとは思ってたけど……」


 なんだか後半はゴニョゴニョとしか聞こえなかったが、俺が作った料理を食べたくないわけじゃなくてよかった。


「んじゃ、今日は引っ越し祝いにチーズインハンバーグにでもするか!」

「えっ! それ作れるの?」

「ん? 作れるぞ?」

「料理得意?」

「いや、別に。一般程度?」

「いや、一般は超えてるでしょ!?」


 俺はイマイチ、夜宵がどこに驚いているのかよくわからなかったが、とりあえず夕飯を作るため、冷蔵庫から材料を取り出す。

 ひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉、チーズ等々取り出して、塩や胡椒も準備完了。

 そこからは手際よく作業を行っていき――


「完成ー! チーズインハンバーグ!」

「おおー!」


 ぱちぱちぱちぱち。


 キッチン前に置いてあるダイニングテーブルに座る夜宵の前に、綺麗に盛り付けたハンバーグを静かに置く。


「どうぞ、召し上がれ」


 俺がそういうと、夜宵はパンッと手を合わせて元気に言った。


「いただきます!」


 夜宵は背筋をピンと伸ばし、丁寧にナイフとフォークを手に取り、綺麗にハンバーグを切っていく。全く音が鳴っていない。本当に貴族なんじゃないのかと疑いたくなる。まぁ現代日本においてそんな階級ありはしないが。


 俺も対面に座ってハンバーグを口に運ぶ。


 そういえばこいつ、本当に最初から所作がお嬢様なんだよな……ちょっと聞いてみるか。


「なぁ夜宵。お前、どっかのお嬢様だったりするの?」


 ハンバーグを頬張りながら俺が聞くと、夜宵は口に含んでいるものをしっかり噛んで、コクンと飲み込んでから口を開いた。


「うーん……お嬢様かどうかはわからないけど、裕福ではあるかな。明星財閥みょうじょうざいばつって知ってる? 私、そこの一番偉い人の一人娘なんだ」

「え……」


 っと、あっぶね。ハンバーグ落とすところだった。

 今、なんて言ったんだ? 明星財閥? いやいや、あの大企業をいくつも抱えてるあの明星財閥のトップの娘って……そういえば最初、ここに来た時名前言ってたよな。確か苗字は――


明星あけほし……」


 おいおいマジか。美少女な上にお嬢様かよ。とんでもないな。いやほんとに、どこのラノベヒロインだよ! 盛りすぎだろ! なんで神はこんな何もない俺にこんな子押し付けてんだ!! 相手が違うだろ相手が!! ……はぁ。


「そっか……まあ、夜宵がどういう存在なのかはわかった」

「なに存在って? 面白い言い方ね」

「なにか良い言い方が思いつかなくてね。それに、こんなところにいるのは事情があるんだろう?」


 俺がそういうと、夜宵の眉がピクッと動いた。

 夜宵のような身分の人間が、こんな辺鄙へんぴな場所にいるわけがない。ましてこんな見ず知らずの男と一緒の部屋に住まわせるはずもない。


「まあ無理には聞かないから安心してくれ。誰にでもそういう事情はあるしな」


 と、ちょっとまとまった感を出すと、夜宵が黙ってしまった。食べる手も止まっている。俺なんか地雷踏んだか!?

 ど、どうしよう……なんか、なんか違う話題でも振るか!?


「あーっと……家事の分配どうする?」


 なんでこのタイミングでこんな話振るんだよ俺!! 馬鹿か!? バカなのか!? 絶対ミスった!!


 俺が内心頭を抱えて悶えていると、夜宵が口元に手を当てて笑みをこぼした。


「ふふっ、やっぱり壊くんは優しいね。でも、私……家事出来ないんだよね」


 やっぱり? なんかしたか俺? いや、そんなことよりも――

 俺が、「え? できないの?」みたいな顔をしていると、夜宵が恥ずかしそうに頬を赤く染めて、必死に言い訳してくる。


「い、いや、えっと……ね? わ、私の家じゃ家事は全部メイドさんがやっちゃって、私が料理とかやろうとすると全力で止めてくるから何もできなくて……」

「あー、そういうのもあるんだな」


 それなら確かに腑に落ちるな。完璧そうに見えて、意外とできないことは多そうだ……。ま、完璧な人間なんてそうそういないか。っていうか必死に言い訳してくるの可愛いなおい。萌え死ぬだろ。


「それじゃ、俺が家事やるよ。これまでもそうだったし」

「いいの?」


 俺がすまし顔でそういうと、申し訳なさそうに上目遣いで夜宵がこっちを見てくる。不覚にもドキッとして目を逸らしながら話を続けた。


「ああ、別に苦でもないしな」

「そう? ……じゃあお願いしちゃおうかな……」

「あ、洗濯物とかは……自分でやるか?」

「え? ああ、ううん。私、洗濯もできないから、できるならやってほしいな……?」

「えっ、あっ、うん」


 えっ、気にしないの? 大丈夫か? いや、やってほしいって言ってるんだから大丈夫だよな。俺が大丈夫じゃないが。まあやっていけば慣れるだろ。……多分。


 あ、ハンバーグ無くなった。食べ終わっちゃったな。


「ご馳走様。さて、風呂でも入るか」

「えっ!? 一緒に!?」


 夜宵が声を上げ、自分の身体を抱き寄せるようにしてさっきより頬を紅潮させる。


「は? って、いやいやいや、なんでそうなる。一人に決まってるだろ。ただでさえ、同じ屋根の下で暮らしてるこの状況さえまずいっていうのに、一緒に風呂なんて……」

「そ、そうだよね……」


 ん? 一瞬表情が曇った? 気のせいか? んーまあ考えても仕方ないか。


「と、とりあえずどっちが先に入る?」

「私は……どっちでもいいよ」

「うーん……それじゃあ、先に俺が入ろうかな」


 正直、一番風呂をもらうのは申し訳ないが、女子が入ったあとの残り湯に入るなんて理性が飛びそうで怖い。いや、この発想はキモイか。まあ、今更だな。


 とにかく、食べ終わったあとの皿を流しへ置いて、着替えを持って洗面所へ行く。風呂場の隣が洗面所で、洗面所兼脱衣所となっているのだ。

 お湯は、夜宵の荷解きを手伝ったあとしっかり湯舟を洗って、沸かしておいている。夕飯を食べている間に沸き終わっているはずだ。


 俺は服を脱いで、洗濯機に脱いだ服を投げ入れる。

 ガラッと風呂場の扉を開けて入った。


    ◇


 夕飯を食べ終わったあと、私――明星夜宵は部屋に戻って、一人悶えていた。


「はぁー……これ、夢じゃないよね!? 現実だよね!?」


 どどど、どうしよう……ほ、本当に壊くんと一緒に暮らすことになっちゃった! でも、昔のことは覚えてないのかな……。まあ、私の方は名前を言ってないから気づかないだろうけど……。でも、また会えて本当に良かった!


 朝姫にこの話を聞いたときはびっくりしたけど、元々家から出ていくつもりだったし、高校も朝姫と同じところに行こうって決めてたから……でも、まさか朝姫と壊くんが友達だったのは知らなかったなぁ……もっと早く言ってくれてもよかったじゃないっ!


「ふふっ、これから楽しみだなぁ……」


 っと、いけないいけない。はやく準備しないと……えーっと、パソコンどこ置いたっけ? 机は壊くんと組み立てたから……っとあったあった。よいしょ。


「これから私は、やりたいことを思う存分やるんだ! 誰にも邪魔はさせない」


 ガッツポーズを決めて呟くと、コンコンッと部屋の扉がノックされた。


「は、はーい。開けていいよー」


 そう言うと、ドアノブが回り、開いたドアから壊の顔がひょこっと出てきた。濡れた髪にタオルを乗せている。大きめのシャツを着て前かがみになっているからか胸元が大きく覗いている。


「風呂あがったぞ。次、早く入りな。お湯冷めちゃうから」

「う、うん」

「それじゃ、おやすみ」

「お、おやすみ」


 それだけ言って、壊は扉を閉めて自室に戻ってしまった。


 ――お、おおおおお風呂上がりの男の子エッッッロ!! え? ヤバくない? ほ、ほんとにヤバくない? 私ここで暮らしてて死なないよね? 大丈夫だよね? てか、よくよく考えたら私、壊くんが入ったあとのお風呂に入るの!? え? え? え? 死んじゃう!! 死なないけど死んじゃう!! で、でもやっぱりお風呂には入らないと……う、うん! 入らないといけないしね! し、仕方ないよね! よし!! 入ろう!!


「……ッ、――~~~~~~ッ!」


    ◇


「はーっ」


 疲れた。今日一日だけで一週間分の疲れが溜まった気がする。でも、まだ俺にはやることがある。それは――


「仕事だ」


 俺は再びパソコンに向き合って、昼同様ひたすらに文字を入力していく。


 これは俺の習慣だ。まあ宿題をやる必要がないってだけなんだが、宿題があったとしても、終わり次第寝る前に、最低でも一時間は書くようにしている。もちろん健康を害さない程度にだ。


 しばらく動かしていた手を止めて、天井を仰ぐ。


 にしても、俺が女の子と同居? 同棲? とかするとは思わなかったな。いやマジで。しかも美少女ときた。

 ラノベの読みすぎで、夢でも見たのかと思ったが、さすがに俺もそこまで馬鹿ではない。これは夢じゃない。現実だ。


 まあ非日常なことが起こったって構わないと思っていたけれど……これはちょっとやりすぎだ。


「ふっ、でも悪くはないな」


 と、そこで部屋の扉がノックされた。


「どうした」


 応えると、控えめに扉がゆっくりと開かれ、夜宵が顔を出す。


「あ、やあ、その……寝る前に、もう一度言っておこうと思って」


 俺が首を傾げていると、意を決したように夜宵が口を開いた。


「お、おやすみっ!」


 それだけ言い放って、返事も待たずに勢いよく扉を閉め、夜宵は自室に戻ってしまった。


「……おやすみ」


 よくわからないところもあるけど、なんだかんだこの新生活も上手くやっていけそうかな。


「おっと、もうこんな時間か。俺も寝るか」


 そう言って俺はベッドに横たわり、眠りについた。


    ◆


 と、まぁこれが俺と、この同居人――明星夜宵との出会いだ。


 玄関から部屋へ移動して、制服を脱ぎ部屋着に着替える。部屋着といっても中学の頃のジャージだ。意外と着心地がよかったりするんだ。


 下校のときに寄った本屋で珍しく買った雑誌を持って、リビングへ向かう。

 リビングの扉を開くと、そこには既に先客がいた。夜宵だ。相変わらずラフな格好をしている。最初のお嬢様然とした態度はどこに行った? いやまぁ、所作のところどころには明らかにお嬢様が根付いているが。

 そんなお嬢様がソファーに寝そべりながらアイスを片手に食べている。


「ん、壊くんお疲れ様。アイス食べる?」


 そう言ってこっちにアイスを向けてくるが、俺は片手で遮り首を横に振った。そして視線を逸らす。


「いや、いい。それよりお前は下を着ろ。目のやり場に困るんだ」


 今、夜宵はズボンを履いていなかった。もちろんスカートも履いていない。その代わりと言ってはなんだが、大きいサイズのTシャツを着ている。大きいせいで胸元もゆるゆるだ。ちなみに普通ならあるはずの肩ひもも見えない。


「え~……暑いんだもん仕方ないじゃん」

「しっかり冷房ついてるだろ。ん? しかも二〇度って、少し肌寒いくらいなんだが」


 リモコンを見てみると、しっかり二〇度と表示されていた。さすがに二四度まで上げる。


「まあいいや。俺も座るから少し空けてくれ」

「ん」


 夜宵がソファーに寝そべっていた身体を起こして、一人分のスペースを空けてくれた。

 俺は夜宵にお礼を言ってそこに座り、雑誌を読み始める。


 ライトノベルばっかり読んでる俺が、モデル雑誌を買った理由? そんなもの決まっている。こいつらの横を歩いても浮かないようにするた――あ、無理だこれ。俺にはこんなシャレオツな陽キャにはなれん。


「はぁ……」

「どうしたの?」


 思わずため息を吐いた俺を、夜宵が小首を傾げて不思議そうに見つめてくる。相変わらずお顔がお美しい。まるで読モの美人さんみたいだ。


「いーや、ただ雑誌を見てみたんだが、到底俺にはこんなキラッキラした奴にはなれないと思っただけだ」

「あー確かに。壊くんこういうタイプじゃないもんね」

「えぐるな」


 こいつ笑ってやがる。はあ……。あ、そういえばこいつ好きな人がいるとかなんとか放課後言ってたよな。こいつが好きなタイプとか聞いてみるか。


「なあ、このイケメン好き?」


 雑誌に写っている金髪イケメンの写真を指さしながら俺は聞いてみた。

 すると、空いていたパーソナルスペースを埋めるように側まで近づいて、夜宵が雑誌を覗き込んでくる。なんだかいい匂いがしてドキドキしてしまう。


「うーん、かっこいいとは思うけど、好きではないかなぁ」

「じゃあ、こっちは?」


 煩悩を振り払うように頭を振って、今度は違うページに写っていた黒髪イケメンを指さした。


「わあ! こっちは結構タイプ! 好き!」


 そう言って夜宵が屈託のない笑顔で笑う。その笑顔を見ていたら、なんだかため息が漏れた。


「はあ……俺はこんなんじゃないのに、なんでお前は俺と同棲してんの? 嫌じゃないの?」


 最初から疑問だった。


 この部屋に住み始めたのは二か月前、高校の入学が決まって、いざ新生活だと思っていたら、夜宵が同じ部屋に住むことになっていた。

 ルームシェアする相手が女子だったのには本当に驚きだった。なんで女子が男の俺と、ルームシェアをしているのだろうと。


 まあそんなこんなで二か月たった今、俺は自分がダメージを負う覚悟で究極の問いを投げかけた。

 すると、夜宵がキュッと唇を噛んだように見えたが、すぐあとの夜宵の言葉に俺の意識は持ってかれた。


「別に嫌じゃないかなぁ。気負わなくていいから楽だし、もちろん気を遣うところは遣うけど、壊くんはしっかり者だし、料理上手いし、優しいし、逆に嫌なところ見つけるほうが大変かも。……あ! でも、まあ……エッチな本はちゃんと隠した方がいいよ?」

「んなっ!? 本棚いじったな!? よくあるベッドの下とかじゃなく本棚の隅っこにカモフラージュして置いといたのに……。ていうか気を遣うところはどこに行ったんだよ。まあ別にいいけどさ、読んだの?」

「うん。読んじゃった」


 俺の口から大きな大きなそれは大きなため息が漏れた。


「はあ――――――……なんで彼女じゃないのに同棲してるんだろうなぁ……しかも性癖までバレてるし、ふざけんなっ……あぁ…………」


 いや、性癖はバレてないな。好きなジャンルはバレたけど。俺が持ってる薄い本は百合モノだけだからな。べっ、別にそんなやましい理由で買ったわけじゃないぞ! す、好きな絵師さんが描いてたから買っただけで! まったくもって他意はない!! まあ夜宵の目にあんなおぞましいモノを映さなくてよかったとは思っているが。ありがとう俺。百合好きでいてくれて。


「何? 彼女ほしいの?」


 心の中で涙を流し自分にお礼を言っていると、夜宵が唐突にそんなことを聞いてきた。

 多分、俺の言った『彼女』という部分に反応したんだろう。女子はなにかとこういう単語に敏感だ。


「いや、別に」


 だがしかし、俺はそう即答した。


 実際、いるかいらないかと問われれば、『いらない』だ。俺は静かな方が好きだし、読書中なんかは特に邪魔されたくない。小説書くのにも集中したいから人が多いのは苦手だ。


 そんな俺でも友達でいてくれるこいつらは、本当に貴重な存在だ。実は結構感謝してる。


「へぇ……そうなんだ……」


 答えを聞いた夜宵が、眉を下げ唇を尖らせ力なくそう言って、アイスを口に運んでいた。


 ん? なんか元気なくなった? なんで? うーんどうしよう……なんか元気が出るような……


「あ、今日はチーズインハンバーグにしようか」

「えっ! ほんとっ!?」


 夜宵の目が一瞬でキラキラ輝いて、さっきまでの曇っていた気配が完全になくなっていた。うーん魔法の言葉!!


「ああ、それでいい?」

「うん、それでいい! ううん、それがいい!! 壊くんのハンバーグすごく美味しいから好きっ!!」


 いやぁ、自分が作る料理でこんなに喜んでもらえるのは嬉しいな。なんだろう、自分の作品を読んで面白いって言ってくれてる人を見たときみたいな感覚だ。


「それじゃあ、腕を振るわなくちゃな」


 なんとなく時計に目を向けると、針は一八時一五分を指していた。


「あれ? 夜宵、今日一八時からやるって言ってなかったっけ?」

「え? あ、ああ~~~~~~!! も、もうっ! 壊くんが私に話しかけるからぁ! ち、遅刻しちゃった!」


 いや、話しかけてきたのはそっちだろう。

 まあ、そんな小さなことはどうでもいいから、俺は駆け足でリビングを出ていこうとする夜宵を呼び止めた。


「ハンバーグはどうする?」

「部屋に持ってきて!」

「わかった」


 俺が了解を示すと、夜宵は急いで自室に走っていった。


 夜宵が部屋に戻ったのを扉を閉める音で確認すると、俺はスマートフォンを取り出して、『YouTube』を開く。この『YouTube』というのは動画配信アプリだ。いろんな人の配信を見れるし、その配信を切り抜いた動画等も見れる。音楽も楽しめるから、俺も執筆しているとき、たまに活用していたりする。


 そう、このアプリをたまにしか活用しない俺だが、最近は割と使うことが増えた。なぜかと言えば単純で、ある配信者の配信を見るようになったからだ。

 その配信者のチャンネルの配信予定地と書いてある画面をタップし、配信準備中の画面を開く。

 配信が始まる前に、俺が冷蔵庫から必要な材料を取り出すと、そこでちょうど配信が始まった。


 綺麗に整えられた配信画面の右端に、一人の女の子のイラストが動いている。その女の子は、黒髪に翠蒼色と琥珀色のオッドアイをした少女だった。

所謂、バーチャルユーチューバーというやつだ。


『やっほー! みんなお待たせー! 今宵の空に煌めく天星、イヴナイトだよー! ごめんね~遅刻しちゃって~』


 少女が綺麗な口上を決めると、コメント欄に『大丈夫だよ』コメントが乱れ舞う。


『ありがとー。みんな優しいね』


 そして、気になるこのイヴナイトなる少女は、紛れもなく夜宵だ。さっき慌てて部屋を出ていったのは、この配信をするためだった。


 夜宵は、親にこの活動を始めるのを反対されて喧嘩をし、家から出ていくことを決断したらしい。それで朝姫から俺のことを聞いて、朝姫の知り合いなら信用できる、みたいなノリでこの部屋に来たと言っていた。


『なんかね、私の同居人がね、珍しく雑誌を読んでて話し込んじゃって。やっぱりオシャレって難しいね!』


 夜宵……いや、ここではそうだな……イヴと呼ぶことにしよう。

 このイヴは、あろうことか、一か月前の初配信時に自分が男子高校生と同棲していることをリスナーに話しているのだ。それがプチバズして、今は登録者が一万人後半くらいいる。


 多分、イヴ自身が現役高校生で、同棲相手が恋人じゃない男子高校生という、ラノベみたいな展開に、みんな食いついたんだろう。


 もちろん配信が面白くなければ登録者は減っていく一方だろうが、減っていないのは彼女の配信が面白く楽しい証拠なんだろう。声のポテンシャルとかも、少しは関係していると思う。


 俺はあまりこういうコンテンツには触れてこなかったからよくわからない。個人勢? と企業勢? っていうのがあって、個人勢は有名になるのが難しいっていうのと、イヴがこの個人勢っていうのだけは知っている。


 まあ、とりあえず俺は、ちゃっちゃと調理を終わらてしまおう。配信をBGM代わりに聞いていれば、いつの間にか出来上がってるだろ。


『はぁーい、今日は最近話題の新作MMORPGをやっていこうと思うよー! 私、MMORPGって結構好きなんだよね。なんていうか、自由って感じがするから』


 夜宵は今まで自由じゃなかったんだろうか。

 まあ立場を考えればそうおかしいことではないか。なんせ、夜宵はお嬢様だからな。


 そういえば、空いた時間にやるゲームだけが唯一の楽しみだとか言ってたな。小さいころに触れて、それからどんどんハマっていったとか。


 俺は基本自由だったし、不満なんてそんななかった。親は二人とも仕事で忙しそうだったし、俺はそれを理解していた。そのおかげで俺は家事もできるようになったし、好きなことをする時間もあった。お小遣いも結構もらってて大抵は好きな物を買えた。本当に不自由ない生活だ。

 画面の向こうでやりたいことをやっている彼女は、本当に自由で楽しそうに見える。


「ふふっ」


 つられて俺も笑ってしまった。夜宵が楽しそうでなによりだ。っと、そんなこと考えてる場合じゃないな。作業に戻らないと。


『おっ、この攻撃モーション格好いいね! 爽快感ある! あれ? ガチャ引ける? ほんとだ! みんなどうしよっか? ガチャ引いちゃう? 引いちゃおうか! どんなキャラ出るかなー?』


 コメント欄から促され、イヴが早速十連ガチャを引くと画面が虹色に輝いた。

えっ? 早速最高レアでも出たのか? 運良すぎだろ。


『おおー星五だ! 最高レア十連一回で出たねー。結構優しいガチャなのかな……ん? なんかこのキャラクター、私の同居人に似てるような?』


 はっ!? どんなキャラだそれ!?


 思わずフライパンから視線を外してスマホの画面を見つめる。画面には、金の双眸そうぼうにワインレッドの髪をなびかせているイケメンが映っていた。ちなみに名前はカインらしい。


 え? 俺こんなイケメンじゃないよ? いや、確かに目と髪の色は一緒……だけども! こんな爽やかな表情、俺はしない! 何を言っているんだほんとに。

 ほらー、コメント欄も『イケメンだ』コメントで溢れかえっちゃったじゃん。本物は別にイケメンじゃないのにぃ。


『ん~……このキャラ結構タイプかも……』


 ――っ!? さ、さっきからこいつは何を言ってるんだ! ああっ、コメントも俺と同じ反応してるじゃん! 荒れるってさすがに――ってあっ! ハンバーグ焦げる!!


 焦げちゃう直前にハンバーグを皿に移して、レタス等の野菜も盛り付けていく。


「よし、できた」


 あとは、これを持っていくだけだけど……うん。今は大丈夫かな。


 イヴは今、ガチャ画面から離れ、ストーリーを観ていた。戦闘中じゃないので手を離せないことはないだろう。

 ハンバーグの乗った皿と、カトラリーをトレイに乗せて、夜宵の部屋の前まで移動し扉をノックする。

 けれど返事がない。


 ……? あ、そうだった。配信中はヘッドホンしてるから聞こえないんだったな。まあ持ってきてと言われてるし、仕方ない。入ろう。


 ドアノブを回し扉を開けて、夜宵の部屋に入ると、白とピンクを基調とした、シンプルでいて可愛らしい部屋が視界に広がった。

 あまり周りを見ないようにして、扉から一直線に歩き、椅子に座る夜宵の後ろまで移動して、軽く肩を叩く。


「ぅひゃあぁんっ!!」


 夜宵が可愛い悲鳴を上げた。

 正直、俺はその悲鳴にびっくりしたぞ。


「はい、これ。できたから持ってきたぞ」


 マイクに声が乗らないように、小さい声で耳打ちする。

 すると、ズサアァァァッと、夜宵が右耳を抑えながら椅子ごと後ろに下がった。


「あ、あ、ありがとう……」


 なぜか顔が真っ赤だった。

 どうしたんだ? まあいっか、俺も戻って食べよう。


 すこし夜宵の反応も気になったけれど、今は置いといてリビングに戻り、ハンバーグを食べながら配信の続きを見ることにする。


『ご、ごめんね~。さっきね、同居人がお夕飯持ってきてくれたの。ヘッドホンしてて、急に肩叩かれたからびっくりしちゃった』


 えへへ~とイヴは笑っているが、コメント欄は『悲鳴助かる』とか『同居人ナイスゥ』とかで溢れかえっていた。


 それを気にしていないかのようにイヴが言葉を続ける。


『でもねー、今日は私の大好きなチーズインハンバーグなんだー! 同居人さんの手作りなんだよ~すごいよね~。あっ、今写真撮ってTwitterにあげるね』


 うーん……写真か……どっかに反射したりして顔バレとかしたら怖いな。そういうので炎上したってのはよく聞くからな。まあ、イヴが顔バレしても、中身はほとんど変わらないくらい美人さんだから、何も問題ないかもだが。……いや、厄介ファンが増えそうだ。


 そんな無駄な心配をしていると、スマホの通知音が鳴った。イヴがTwitterにあげたハンバーグの写真の通知が届いたらしい。見てみるか。


 ポップアップ表示でYouTubeを起動しながらTwitterを開き、ツイートを見る。見事においしそうなハンバーグの写真が投稿されていた。お腹が空いているときに見たら、見事に飯テロ大成功だ。


 本当、いつもきれいに写真撮るなあ……さすがだ。おっ! リプがもう来てる。ふっ、美味そうだろう! 俺が作ったんだ!


『ん~美味しい~! ほんとにこれ、いくらでも食べれちゃうね! しあわせ~』


 いや、食べ過ぎたら胸焼けするだろこれは。まあ? 食べたいって言うんなら? また作ってやんなくもないが?


 コメント欄には『同居人何者なんだ!?』というコメントが高速で流れていた。

 ただの一般人です。はい。ああ、いや、一応作家です。料理人ではありません。


『んん? 同居人のこと知りたい? じゃあ聞いてみる? ちょっと呼んでみるね。って多分配信見てるから、呼べば来てくれると思うな。みんなで一緒に呼んでみよっか! 同居人さーん来てくださーい!』


 おいおいまじか。まじなのか? なんかコメントも便乗してるし……はぁ、ここで俺が行かないことによってイヴの人気が落ちても嫌だしな……行くか。

 気は重いけれど、意を決してリビングを離れ、再び夜宵の部屋に入る。


「おっ! 来たー!」


 この一言でコメント欄がまたすごい勢いで流れていく。


「それでは自己紹介お願いします!」

「はぁ? 結構な無茶ぶりだな?」

「いいじゃない別に。私の配信なんだよ?」

「それは……そうだけど」


 コメント欄の方は、意外とイケメンな声にさらに盛り上がっていた。なんだか俺だけ場違い感半端なく、ため息を吐く。

 しかし、ずっと黙っているわけにもいかないので、満を持して口を開いた。


「あーっと、俺は……そうだなぁ、実名はまずいだろうから……カイ。海って書いて、カイだ」

「そのままじゃない……」


 夜宵が耳打ちしてくる。腕に何かものすごく柔らかいものが当たっているが、気にしないことにしよう。


「自己紹介ってことだから、もうちょっと何か言った方がいいか?」

「うん、お願い」

「そうだなぁ……趣味は読書。運動は壊滅的。家事全般は問題なくできる……くらい? 特別言うことないな」


 まあ作家やってるなんて言えないわな。俺が一般人だって認識だから炎上してないってところも少しはあるだろうし。いやでも、もしかしたらもう特定されてるかも。ネットこわー。ま、その前に夜宵にもまだ作家だということは言ってないから言うわけないんだけど。


 コメ欄に『意外』やら『彼女いるの?』やら『私と結婚して』やら、いろいろ流れてくる。いや、結婚するわけないだろ。結構カオスなコメ欄だなおい。


「なぁ、もう部屋戻っていい?」


 正直、不特定多数に視姦されているようで気持ち悪かった。俺は配信するのに向いてないらしい。


「え!? う、うーん……みんなどうしたい?」


 夜宵の言葉にコメ欄は見事に三勢力に分かれた。『早く配信の続きやろうぜ』勢力と、『海様まだいて』勢力と、『どっちでもいい』勢力だ。


「う、うーん……」

「俺は戻るよ。これはお前の配信だろ? みんなお前の配信を見に来てるんだから……何か一緒にやってほしいゲームとかあれば、言ってくれればやるから。今日はもう風呂入って寝る」

「うん……わかった……」


 うっ、そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでくれっ! なんだか悪いことしてる気持ちになる! てかなんでコメ欄よりお前の方が残念そうにしてるんだよ!


「こ、今度絶対何か一緒にやってやるから! な? だからそんな顔しないでくれ」

「うん」


 夜宵の曇っていた表情が少し晴れた。ひとまず安心……かな?

 俺は夜宵の部屋を出て、ボソッと呟いた。


「はぁ……女子って、わからんな…………」


    ◇


 今は二〇時半。ちょうど配信が終わって私は腕を伸ばして固まった身体をほぐす。


「ん~終わったぁー! お皿片付けて早くお風呂入ろー。多分、壊くんはお風呂あがっただろうし」


 自室を出てキッチンへ向かい、シンクに食べ終わった後のお皿を置いて、着替えを取るため自室に戻る。

 いつも通り、クローゼットを開けて、箪笥から下着類を取り出し、Tシャツも一枚だけ取り出す。そのまま洗面所まで直行する。


 何も考えずに扉をガラッと勢いよく開けると、半裸の壊が髪をドライヤーで乾かしていた。幸いパンツは履いているが、もちろん上半身は裸だ。


 ……あれ? 音してなかったのに……って、え? え? 壊くん? んん?

 …………うわぁ!! 壊くんだ!! 本物だ!! え!? ど、どうしよう!! っていうかほっそ! 腕ほっそ! 足も細い! 羨ましい! ほどよく筋肉もついてるし! てか肌白! 綺麗!! ヤバい鼻血出そう! あっ! 視界からはずせば大丈夫なはず。目を閉じれ――無理だ。私の瞼がまったく動かない。瞬きできないヤバい。

 じゃ、じゃあ扉を閉め――無理だ。私の腕も動かない! 脳が無意識にこの光景を終わらせたくないって叫んでる! いや、変態か私は! どどどどうしようほんとに!


 と、完全に詰んでいたところで、近づいてきた壊が静かに扉を閉めた。少し、衣擦れの音がしてから再び扉が開かれる。


「風呂入る?」


 扉を開けた壊が、ふっつーに聞いてきた。

 すっごい普通だ。もうこれ以上ないくらい普通の反応だ。いや、怖いくらい普通だ。


「う、うん」

「そうか。次からはちゃんとノックしてくれ」

「うん」


 うなずくことしかできず、そう答えて道を開けるように少し横にずれる。

 壊が洗面所から出て横を通り過ぎるとき、耳が真っ赤になっているのが見えた。普通を取り繕っていただけで、彼も恥ずかしかったらしい。

 そう理解した瞬間、夜宵の顔がこれまでにないくらい熱くなる。


 あっ、えっ、ん~~~~~~~~!!


 夜宵はもう、脱衣所で悶えることしかできなかった。

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