第4話:再開と『運命力』

 唐突ではあるが、今、俺はある悩みを抱えていた。少し前に出会ったクローディアという少女のことだ。

 あの夜から数日経っているのだが、再開の頻度が多すぎる。というよりは、幾度となく俺の前に現れるといった方が正しいだろうか。

 俺はここ最近の出来事を思い返していた。


「やあ。また会ったな」


 以前出会った場所と同じ場所でのことだった。俺はあの夜以降も普段通りの日々を過ごしていた。

 バイトが終わり帰宅途中、クローディアが再び俺の目の前に現れた。

 最初は偶然だと思ったので、軽くお辞儀をして通り過ぎたのだが、彼女は日を重ね執拗に話しかけてきた。

 なにが、「折角会えたんだから少し話をしようじゃないか」だ。

 正直に言うと俺にとって彼女の印象は最悪に近いものになっていた。


 最初のうちは、「急いでいるのですみません」と軽くあしらっていたのだが今では顔を見れば無視するほどになっていた。

 彼女の存在は、俺にとって貴重な時間を奪う者として認識されていた。

 それでも彼女は俺に何度も話しかけてくるのだから困ったものだ。


 俺の行動を見張っているのだろうか。あるいは、ストーカー行為でもされているかのように感じられ、正直気味が悪い。

 そんなわけで俺は、彼女を見れば一目散に逃げるような生活を強いられていた。


 自身の時間を魔術に全振りしている俺は忙しかった。

 夜はバイトに明けくれ、暇さえあれば魔術資料を読み漁る。そんな日々を繰り返していた。

 ただ、忙しいとはいえ、好きでやっていることなのでそれなりに充実感は得ている。


 今日も奴は俺の前に現れるのだろうか。

 鬱屈とした気分を胸に、真夜中の帰宅路を歩いていた。

 俺はそんな思いを振り払おうと魔術関連へと思考をシフトチェンジした。

 既にあらかたの知識は頭に入っている。残るはそれらをより深く理解し、道具を揃えたのち、実践に移すのみだ。

 蘇生魔術に必要なプロセスを緻密に構築するために思索していた。 


 それでも、無意識の内にクローディアのことへと思考を引き戻される。嫌なことほど頭に残りやすいというやつだろうか。

 彼女の意図や目的がわからないまま、接触を避けている自分自身に時々疑問を感じることもあるのだ。


「なぜ俺に関わり続けるんだ……」


 思わずそんな言葉が口をついて出る。当然ひとり言だ。

 勿論、考えたところで答えは見つからない。彼女の真意は依然、謎に包まれたままだからだ。


 不快感と疑問が胸を占める中、夜道を静かに歩き続けていた。

 いっそ観念しようか。

 話を聞いてケリをつけてやろうか、とも思ったが、彼女に対しての猜疑心は日ごとに増していたのでそういう気にもなれないというのが本音だった。


 ここまでしつこいのだから、一つ話を聞いてしまえば決壊したダムのように不必要なことまで話してくるのだろう。

 理由があったのだとして、無理難題でも押し付けられたら困る。

 そんな被害妄想じみた想像や考えが俺の頭を駆け巡っていた。


 しかし、一方では彼女の存在が俺にとって何かしらの意味を持っているのかも知れないという思いも捨てきれなかった。

 魔術資料に関することなのだが、『運命力』についての記述がある。


 曰く、出会いや事象には必ず何か起因するものがあり、結果にすべて繋がっている。思いが強い時期にタイミングよく協力者や転機が現れるのは『運命力』が作用している。

 というものだ。少し宗教じみているとも感じたが、知識として俺の脳に吸収されていた。


 もしかしたら蘇生魔術の成否において、彼女の助力が必要だと、運命力が作用して引き合わせたのかもしれない。彼女の不思議な雰囲気が微かにだが俺にそんな考えを抱かせていた。

 また、魔術の成功を目指す者の一人として、あながちあり得ない話ではないとも感じていた。


 ひょっとすると魔女の家系の者なのか。そんな非現実的なこともあるのかもしれないな、とも思った。

 あくまでも希望的観測であり、ただの気の迷いではあるが。


「————やあ、また会ったな」


 脳内を彼女のことが占めている中、もはやお決まりとなった台詞とともにクローディアは現れた。

 あまりにもタイミングが良すぎたので思わず目を合わせてしまう。


「なんだ、私のことでも考えていたみたいな顔をして」


 鋭い視線は眼鏡越しにまっすぐこちらに向けられていた。

 ”クローディアのことを考えていた”ということに関しては事実だった。

 反論が出来ず口を閉ざしたままの俺に、彼女は追い打ちをかけるように言う。


「なんだ図星だったのか。逃げるばかりではなく、かわいい一面もあるのだな」


 彼女は「なるほど」とでも言わんばかりに顎に手を当てた。

 クローディアの思っているようなことを考えているわけではない。俺は少し嫌味っぽく、丁寧な言葉で返した。


「あなたが散々目の前に現れるからでしょ。クローディアさん」


 とはいえ、高い頻度で現れる彼女の存在が、俺の思考の一部を占有してしまってるのは事実だった。

 単純接触効果というやつに似ている。これも彼女の思惑通りなのだろうか。


「まあそうだろう。私のように美しいお姉さんと何度も会えば、どうしても考えてしまうのも無理はないさ」


 クローディアはからかうように、くすくす笑うようにそう言った。

 冗談だとしても断じてそんなことはないだろう。

 俺は、「まさか。そんなことはないですね」と真顔で答えた。


 確かに顔立ちは整っている方だとは思うが、いかんせんちんちくりんだ。

 仮に、ちんちくりんでなかったとしても、恋愛などにまったく興味のない俺にとってはどうでもいいことだったし、魔術に没頭する日々を送っているため、そんなことにかまけている暇もないのだが。


「ふふ、強情だな。……少し、話を戻そうか」


 そう言って彼女は俺の前に立ちふさがる。その真剣な瞳や立ち姿からは今日こそは逃がさないという強い意思を感じた。

 出鼻を挫かれていた俺は、正直言うといつものように逃げるのは難しそうだなと感じていた。


「今日こそは話を聞いてくれないか?」


 これもいつものフレーズだった。最近、耳にタコができそうなほど聞かされていた。

 聞く気はないと言っても引き留められるのだろう。

 逃げ難い状況に置かれた今だからこそ、諦めには近いものの、話を聞いてみることに決めた。運命力の作用への期待も少しあった。

 大半は気まぐれのようなものだが、これを機に向こうも観念してくれればいいのだが。


「仕方ない。少しなら話を聞こう。ただ、俺からいくつか質問をしてもいいか?」


 ただ聞くだけは癪なので、交換条件を付けて返答をした。

 この際、疑問や真意も晴らそうという魂胆があった。

 ただし、そうは言ったものの、面倒ごとであることには変わりない。俺の口からは思わずため息がもれていた。

 そんな俺の様子にクローディアは不敵な笑みを浮かべていた。


「質問か……。まあ、それくらいなら構わないよ。なんでも質問してくれ」


 何でも聞いてくれ。と余裕そうな表情をしていた。これも俺が逃げないようにする為の、彼女なりの工夫なのだろうか。

 ひとまず、一番聞きたいことから順に聞いてみることにした。


「君は一体何なんだ? なぜ俺に付きまとう?」


「…………」


「もしかして……魔女なのか?」


「………………」


 何でも聞いてくれと豪語した割に返事はなかった。

 そして、少しの沈黙が流れた。『魔女』は図星だったのだろうか。そんなことを思っていたのだが。

 途端、空を切るような笑い声が夜の街に響いた。


「あはは。魔女って! ふっ、そんな非現実なものっ……、存在するわけがないだろう!」


 彼女の反応に俺は少し期待していたのだが、どうやら笑いをこらえていただけらしかった。

 運命力、あてにならないのかもしれない。


「ひぃ……! 腹が! よ、よじれる……ふふっ!」


 クローディアは腹を抱えて笑っていた。

 俺が真面目な顔をしてそんな質問をしたものだから、盛大に笑い転げていた。

 そんなゲラゲラと笑う姿を見て俺は、やはり無邪気な姿は少女そのものだと感じた。


「す、すまない。実は魔術について調べ物をしていて……それで俺に接触してきたのかな、と……」


 恥ずかしさが込み上げてきたので、言い訳がましく補足するが、それを聞いたクローディアはますます爆笑してしまった。

 歩けなさそうなくらいに笑っていた為、この隙に逃げてしまおうかとさえ考えた。

 別に自身がいたたまれなくなったわけではない。本当だ。


「はは。笑い死ぬかと思った……。まあ、あれだ。魔女ではないよ」


 ようやく笑いが収まった様子のクローディアは目じりに涙を滲ませ、俺の質問への返答をした。

『魔女』という単語に触れる際にクスッと笑っていた気がするが、聞かなかったことにしよう。

 魔女ではないということを言い切った後に、クローディアは続けた。


「ずっと言ってるけどさ、君の前に何度も現れるのはある話を聞いてもらうためなのさ」


「というと?」


「数か月前、の話さ」


 俺ははっとした。俺の身に起きた事故と言えば一つしかない。

 ある意味で、今の俺を形作ることになった出来事。

 少しは慣れたつもりだが、思い出そうとすれば、未だに吐き気や悲鳴、嫌な匂い等が脳内でフラッシュバックする。


「とても不思議な事故だと思わないかい? かなり大規模な事故だったのにも関わらず、当時の目撃者はごく少数」


「事故の発見が異常なほどに遅れていたのも不自然だ。事態が激化してからようやく沈静化に乗り出したみたいだし——」


「——それに、加害者、被害者含めて記録上の生存者は居ないことになっている。何より不可解なのはこの事故について調べようとすると、情報が少なすぎるのさ。不自然なくらいに、ね」


 彼女の発言に俺は思わず言葉を失った。

 それではまるで、事故の状況を隠したがっている者が居ると言っているようなもので。その人物によって意図的に真実が隠されていると言っているようなものではないか。

 だれか国家にとって重要な、あるいはその手の太いパイプのある人物が自身の不祥事——事故の存在を握りつぶしたのだろうか。


「それじゃあ、事故は——」


「そ。だから私が把握出来ている限りのことを、この事故の唯一の生存者である君に、知っておいてもらおうと思ったわけだ。言うなれば、情報提供とでもいうべきかな」


 彼女のそんな言葉に、俺は一気に興味を惹かれていた。

 我ながら都合のいい話ではあると思うが、そんなことなら最初から聞いておけば良かったと思った。

 隠された真実があるというのなら、俺はそれを知るべきだと思った。

 いや、知らなくてはならないのだと。


「クローディア、俺は事故の真相を知りたい。どんな情報でも構わない。教えてくれないか」


 誰のどんな思惑で、どんな真実が隠されているのか。

 話を聞くことで、俺が今後取るべき行動が変わるかもしれない。

 事故が偶発的なものでなく、なものだったとしたら。そんなことに巻き込まれた側としては当然知るべき権利があるだろう。


 俺の言葉にクローディアは「そうこなくてはな」と言い、頷いた。


「ずっと立ち話なのもきついだろう。どこか座れる場所にでも移動するかい? 例えば、丁度向こうに公園も見えることだし」


 クローディアは目線の先にある公園の方を指差すと、俺を公園へと誘った。

 ぼそりと「また倒れられても困るしな」と呟くのが聞こえた。

 彼女から見て、俺は身体が弱いと思われているのかもしれない。あるいは、からかわれているのだろうか。

 とにかく、俺たちは公園の方へと向かうことにした。

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