竹馬の友は竹に雀を思い笑む~幼馴染みの集い・三~  

「三人は初めましてね?まさはらいあのパートナーでるるの母。宜しく。まさって呼んで」


「ちくばー、たてこー、たてこー、ちくばー」


 まさに乗っかってちくばを紹介しておく。初めて会った人と言うことを外套が戻って来た喜びで忘れているようだが、思い出せばきっと人見知りが発動するだろうからな。


「初めまして。こちらこそ宜しくお願い致します。たてこうと申します」


「へぇ、どうも」


「せいです。よ、宜しくお願い致します」


 あ、せいが落ち着いてる。きーさんが撫でてたからかな。ってことは。


「は、はじっ初めまして。宜ろろろろろろろろ」


 ちくばが慌てている。うん、思い出したようだ。


「ろよ! 止まれ! ハァッ!」


「あぁ、止まった。ありがとう、うしお」


「へっへぇ、いいってことよ」


 昔からこんな感じでうしおとちくばはやって来た。今も有効でなんだか嬉しい。


「さぁ、みんなでお夜食食べるん」


 るるが廊下から運んで来たのは、甘酒の鍋とみかんジュースの瓶と山盛りの煎餅と紙袋に入った煮干しだった。飲み物が甘いからか、つまみは塩系だ。


「るーん。お話ししながら食べられるーん」


「おおー、いいねぇーいいねぇー。甘酒以外のもん飲みたくなってたんだよー」


「煮干しをください。ひめめが食べたそうで」


 せいは煮干しの頭とはらわたを摘まんで取り、ひめめに差し出す。

 あれー?せいにしては積極的な言動で珍しいぞ。

 部屋をぐるりと見回す。棚の小物が違うとか、部屋が歪んでるとかそんな事は無いけれども。

 さっきからなんっか違和感あるなぁ。うーん、らいあ落ち着いてるし、まぁいっか。

 首を傾げながら腹を撫でる。

 うにゃあ。ひめめが一鳴きした。

 うんうん、うまいか?そうか?かわいーなーお前。


 黒茶虎柄のひめめはうしおが見つけた子だ。親猫は村の東部にある森の入り口に住む猫の一匹で、うしおの散歩コースと縄張りが被っていたので会う時が多かった。互いにちらと見るだけの間柄だったが、ある日うしおを見るなり近付いて来た。

 手が届く事も無い距離で留まり右往左往するので、何かあったんだな、と感じたうしおが他の猫が遠巻きにしている茂みを恐る恐る覗いたところ、ひめめを含む、五匹の目の開いていない仔猫たちを見付けたのだ。

 仔猫たちも親猫も幸い健康だった。常だと、森の入り口の番人たちとその家族が育てているそうなのだが、何故か親猫はそれを嫌った。親猫は番人たちに心を許しているのになんで?と誰もが不思議そうだった。

 そしてうしおは困った。親猫は明らかに、うしおに仔猫を育てさせる気でいたからだ。

 俺が?むりぃよぉ。だって俺こんなだもん。

 話を知った村の人は、うしおは猫に懐かれたことないのになぁ、などと首を傾げていたのだが、逃げ腰のうしおの尻を叩いたのはきーさんとらいあとちくばであった。


「お前さんなら育てられるさぁ、お前さんだもの。窓から矢鱈と猫が入ってくる家に住んでいるわしも居るしねぇ、ふぇっふえっ」


「うしお、手狭だからと言っていた部屋のことだが、私の家はどうか。部屋は余っている。近所に動物を飼っている方々も居る。相談出来るよう、私から話を通しておこうぞ」


「うしお、ぼくの知り合いの動物専門医の方々に声を掛けておくよ。ぼくが人の居る所にあまり行けない替わりに、お医者さんが村を巡回する日を教えるね」


 なんて頼もしいんだか。俺にはちっと眩しいなぁ。等とぼんやりしていたら、親猫にジーッと見られていた。そりゃあもう見られていた。ジーッとというか、ジーッジーッジーーーーーーッとだな。

 断れないから引き受けるなんてのもしたくない。いのちが懸かっているのだ。けど。

 ジーッジーッジーーーーーーッ。

 うひょお、どうする俺。

 うにゃぁ。


 仔猫の一匹が鳴いた。


 うにゃぁ。


 え?なにその鳴き声めっかわ。つまりめっちゃかわいい。

 うにゃぁうにゃぁ。(うしおにはそう聴こえた)と鳴く一匹の仔猫。

 その仔猫をガンガン見ていると、親猫はその子の首をハムリとして持ち上げた。

 え、どこ行っちゃうの?俺が見てたから?すんません。

 しかしこちらへ来る親猫。慌てる俺。

 猫仔猫、猫仔猫がこっち、猫仔猫が。


「うしお、座っておやり」


「え、はい」


 いつの間にか背後の地面に敷かれていたシートの上に座る俺。ちくばがサッと俺の両手と素足を消毒する。連携プレーである。


 うにゃぁ。

 しばしして素足に乗る温かな感触。

 ふおおおぅ。毛もはもは。毛もはもは柔けー。あ、脈がドクドクしてる。生きてる。そりゃそうなんだけど俺はめっちゃそう思った。生きてる、いのちだ。って。

 動物に触れられたのは初めてだった。幼い頃から見るばかりで触れたことがなかった。嫌いという訳ではないが、いつもぼんやり見ているだけだった。動物から触れてくることもなかった。だから知らなかった。知ろうともしなかった。でもそれは、今日の日の為に必要な時間だったのかもしれない、なんてカッコつけたこと思いながら、足の上で呼吸する小さな体を見詰めていた。


「あったけぇ」


 なんだこれ。ほんと温かい。触っていいのか?駄目だ、力加減が分からんぜどうしよう。

 固まる俺の手をきーさんが持ち上げて、指先を仔猫の背にそっと添わせた。

 ああ、そうやって触るのか。この力加減は良いんだな。

 俺はきーさんの手が離れてからも、仔猫の背を撫で続けていた。


 そんなこんなで、俺と一匹の仔猫は暮らし始めた。らいあの家の一室と、皆の力を借りながら。


 にゃぁ。


「おはー」


 うにゃぁ。


「ご飯っすね」


 うににゃぁ。


「お湯加減いかがっすか」


 うにゃぁ。うにゃー。うにゃぁ。


「ああ、今日は魚屋の恒例昼市の日だな。ちっと行ってきますわ」


 うにー。


「いつもの魚?おけー」


 そんな感じで俺らはぼちぼち暮らした。きーさんとらいあとちくばに微笑ましい視線をもらい、時には手を借り、村の人から猫グッズを買ったり育て方を教わったりしつつ、ぼちぼち暮らした。


 あの日親猫は、この一匹を俺の足に乗せて満足気に帰っていった。他の仔猫に触れることを森の番人たちにゆるしたのはそのすぐ後のこと。

 きーさん曰く、「元々この一匹をお前さんに預けたかったのではないかねぇ。この子を特に心配してる様子だったからね」との事。

 そーだったんだ。気付かんかった。


 時は流れ、さらーっからーっと晴れたある日、仔猫だった猫は昼飯に帰って来なかった。というか、障子の隙間から覗いているだけで入って来なかった。

 え、どした?ど、どしたの?なんで片目?両目分見れる幅あるよ?お昼は?お腹減ってないの?魚やだったの?いまから解すところだけど、塊のまま食べたいの?き、きーさーん! ヘールプ!

 アワアワする俺と不動の仔猫だった猫。


 ヴにゃあ。


 仔猫だった猫は一鳴きして去って行った。

 あぁ、行ったんだな。ただそう思った。肩の力が抜けて、床に両手を投げ出し寝転がる。

 行ったんだなー。森に帰ったんかな。たまに連れて行ってて、親姉弟達と仲良しだしな。この頃俺居なくても行ってるらしいしなー。そっかー。行ったのかー。さて、猫の分の魚も食べちゃおーっとか思いながら起き上がった時だった。


「るるるーん! たのもー!」


「どぅおお!なんだ!?」


 澄んだ風のような大声が、そこら中を駆け抜けていく。

 ってか、たのもぉ!?ここに?ここは道場でもなんでもねーぞ?らいあ居ないはずだよな?しゃーねー、行くか。い、いきなり投げ飛ばされっとかないよな?


「るるるーん!たっのもー!」


 元気な子だなー、なんて思いながら玄関外が見える窓からちらっと覗く。

 だってほら、たのもーなんて言ってるんだもん。ほぼ思わないだろうけど道場の人だと勘違いされて闘い挑まれたら、俺逃げ切れっか分かんねぇもん。なんで体力温存に走らなくて済む方向から行きたいっ……ってええ!?らいあ居んじゃん! 帰って来てたのか! 相手は!?たのもーっつってる子は?位置がわりぃな見えねーっ!

 やっぱ走んのかよちくしょーっ! とドタドタ玄関に回り「らいあ無事かっ!?」と飛び出す。


「るるん。あなたがらいあるん?るるはるるるーん。遊びに来たるーん」


 え?この子?道場破りに来たのこの子なの?

 らいあの斜め後ろで立ち止まる。

 なんというか、きゅるん。とした子だった。瞳は好奇心で満ちているのが分かるくらいキランキランで、体が揺れる度に長い髪がほわほわとそよぐものだから、体の周りでずっと風が舞っているかのようだった。


「るる……」


 らいあがぼつりと呟く。信じられない、みたいな感じだった。後ろから見ても、らいあはひどく驚いているようだった。


「そうるん、るるるん」


 うしおの中の自称るるは、らいあが呼んだ事によりるるに確定した。

 へー、るるっつーんだ。あれ?るる?るるって名前どっかで……?


「るる」


 震えた声でらいあが呼ぶ。


「るる」


 らいあがふらりと傾いたと思った瞬間、腕が伸びてるるをふわりと包み込む。


「よく来てくれた、るる」


「るるん」


 らいあの肩まで震えていて、俺はぼーぜんと二人を見ていた。らいあはこの子にずっと会いたくて会いたくて、でも会えなくていま漸く会えたんだろなと分かった。分かったら、腰回りと左足首の辺りが生温かくなった。

 人って感動するとこんなとこあったかくなんのかね?しかもちょっと重いし。ちげーな、これ、誰か居。うおうっ!?きーさん!?なんで抱き付いてんの?え?一人ではさみしかろう?あのね、叫ばなかった俺を俺は褒めてやりたいよ。足元見ろって?何が……おおおおっ! 仔猫だった猫! どうした?やっぱ魚食いたかっ、きーさん俺の腹摘まんでどしたの?え?さっききーさんが俺に言ったこと?あ、そっか。仔猫だった猫よ、いつでも泊まってけよな。うん、なんなら住んじゃえよ。ここらいあの家だけどさ。うん。


「す、済まない。苦しくなかったか?抱き付かれて嫌ではなかったか?」


「問題ないるん。どちらでもまったくないるん」


 パッ、とらいあが離れた。

 慌てているらいあなんてすげぇレアだ。

 るるの方は相変わらず、るんるんご機嫌そうである。


「やっぱりあなたがらいあるん?」


「ああ、そうだ。私がらいあだ。名も名乗らず、いや、名乗ろうが名乗らまいが私はなんという事をしてしまったんだ。申し訳ない。償い切れるとは思えぬが償わせてくれ。本当に済まなかった」


 ひぇー、らいあ頭下げちゃったよ!?俺は?俺はどうすんの?どうもしなくていいはずだけどどうかしないといけない気がする。地面に穴?穴掘って入った方が良いの?何きーさん、落ち着けって?うん、そうだよな、俺落ち着く。落ち着け俺!

 るるるるるるる。と高速で首を横に振るるる。


「謝ることしてないるーん。それより、るるのお部屋何処にするん?」


「は?」


「ん?」


 耳を精一杯澄ます。

 え?なんて?


「るん?るるのお部屋何処にするん?るる決めちゃうるん?」


「ああ、泊まって行くのか」


「るん?住むるん」


 スムルン。


「スムルン?なんか食いもんの名前?」


 思わず口に出しちゃった。だって、らいあ固まってるし。


「るるる。らいぶひーあー、るん」


 るるる。と首を横に振るるる。

 方向は横にで合ってます?合ってる。さようで。


「ラ、ライブヒーアー?」


「おふこーす、るん」


「オォーナイスぅ?……らいあ、この子ここに住むってよ」


「ココニスム」


 固まったまま呟くらいあ。

 らいあ、らいあーっ!

 この世に生を受けて初めてらいあを揺さぶる俺。


「ら、らいあ。しっかりしろ。ほれ、あの子家入ってったぞ。らいあ、しっかりー! らいあーっ!」


 とかまぁそんな感じでその日、らいあの家の住民は二人と一匹と一羽になった。らいあとるるとひめめとこけーここだ。あ、俺の描いた犬のまつごろうも居たわ。二匹だな。

 るるは自分で選んだ部屋に小さな荷物をポンと置いてすぐに外出したと思いきや、「交換してきたるん」と小脇にこけーここを抱えて帰って来た。

 あ、この子この村でやってけるわ。

 そんなことを思いながら、俺は鼻歌を歌いながら久方ぶりの家路についたのだった。


(ひめめは追って来なかった……人と言うよりあの部屋を好いているんじゃないかい、ときーさんが言ってた)くすん。

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