竹馬の友は竹に雀を思い笑む~幼馴染みの集い・ニ~
「これを見てくれないか」
らいあが懐から出したのは、分厚い封筒だった。
そろそろと皆でそれを覗き込みに集まる。
俺は体をよいしょっ! と持ち上げながら近付いた。
だってらいあの重たい声って物理的にも重いんだもん。重力ここだけ倍になったんじゃね?っていう感覚になるんだぜ。
「これ、ぼくがシーツに入るきっかけの郵便屋が届けに来たのだよね?」
「シーツ?後で聞かせてね」
まさが瞳をランランに輝かせる。
「大方、郵便屋に驚いて干してあったシーツに突っ込んだんじゃろお?」
「えへへ」
照れるちくば。きーさん大当たり。
「で、これがどうしたんだよ。なんか入ってたのか?」
らいあをそんなにさせる封筒なんて触りたくねえな。
「いや、まだ開けていない。るるの前で開けたくなかった」
「誰からのなんだよ」
「当主だ」
とうしゅ?投手?どこのチームの?知り合いに居たっけ?
「どっちじゃ」
きーさんの声が割れた氷の角のように鋭い。まさの眉間に皺が寄っている。ちくばは凪並みに無表情。俺はまだピンと来ていないが、何かが起こり始めている事には気が付いた。
「学塔街だ」
まさが短い悲鳴を上げる。
悲鳴?まさが?まさか。
「すぐに音風に、まさの家に! るる! 起きて!」
まさが慌ただしく立ち上がりるるを起こしに行こうとするが、らいあはその手を掴んで止めた。
俺は、らいあって案外力つえぇんだよな、等とぼんやり思っていた。
「まさ、落ち着きなさい。間に合わん。オンから音風まで掛かる時間すら惜しい」
「それでも何処かへ身を隠さないと!」
「出来ると思うのならばとうにしている。さあ、座りなさい。私達がすべき事は他にあるはずだ」
まさの手を優しく引き、座らせるらいあ。その声や態度かはらは、まさを最大限に案じていると伝わってくる。
まさは素直に座ったが「せめてるるの側に」と落ち着かない。「今は問題ない。あの子は無事だ。起こさず休ませている間に、私達の考えをまとめよう」と宥め続けるらいあは、小さくコホッと一度咳払いをした。
なんだ?何が起こってんだ?みんな何を恐れているんだ?
俺がただ呼吸をしている間に、らいあはまさに眉を下げた。
「済まない。痛かったか?強く握り過ぎてしまった。赤くなってはいないが。大丈夫?そうか、良かった。私の考えられる範囲では、今は逃げた方がまずそうだ。既に囲まれている。気付いたのが遅かった」
「お前さんが囲まれるまで気付かん程手慣れた相手なのかい?それともお前さんが怠けてんのかい?」
きーさんの鋭い指摘に、らいあは小さく首を振った。
「こうなってしまえばどちらもだ」
「まったく、お前さんまで怠けちまったらどうすんだい。んで、狙いは?」
「るるだと思われる。るるが帰宅してからやつらは集まって来た」
それにしてもなんだ?この空気。どうなってるか分かんなくても心構えは聞いておかないと、いざという時俺は動けない。
「え、ちょ。なんなんだよ。らいあお前さっきまでご機嫌だっただろ」
「それはそうだ。ちくばに逢えて、皆で食事も出来たのだから。るるもいつに増してかわいらしかったのだぞ。何がなんでも意識をるるやお前達に向けて幸いを賜る他なかろう」
「同感するけど、え、なんか知らんが、心配事抱えながら機嫌よく出来るってすごすぎだな」
「そうかもねぇ。それで、らいあ、ぼくたちに出来ることは何?」
背筋を伸ばしたちくばは両手を強く握り締めて膝の上に置き、らいあを真っ直ぐ見ていた。俺もらいあをじっと見てやる。
「教えて。らいあ」
「おうおう教えろやこんちくしょう。すげえと言ったが納得はしてねぇぞこら。俺らに気付かせもせず独りで抱えやがってこんちくしょう」
しかし、らいあは目を逸らす。
まさは困り眉できーさんを見た。俺も知ってる。こういうらいあを動かすには、それはもう骨が折れるのだ。
きーさんはニヤニヤ楽しそうに笑っている。
「ふぇっふえっ、いいおともだちだねぇ、らいあ。流石にお前さんでも、この二人からは逃げられんじゃろうなぁ。言っちまいなよ。どろどろに巻き込んじまいな」
「きー!」
おいおい、らいあが声を荒げる姿なんていままで見たことあったっけか?
らいあの怒気にきーさんはふぇっふえっと笑っている。
「なぁに怒ってんだい。もう巻き込んでるようなもんじゃあないか。ふぇっふえっ。お前さんが怒ってんのは自分自身にだろぉ?ふぇっふえっ。いいねぇ、青い青い」
「はぁ、きー」
疲れた様子で溜め息を吐くらいあ。
すげえ、きーさん。らいあの怒気当てられてるだけでも俺トイレに逃げ込みたいんだけど。いや、いまは逃げずに踏ん張りますけどね。自分がらいあに怒られたら?全速力で逃げますがなにか。てか、らいあ、俺らの事巻き込ませたくないと思ってはいるけど知っていてはもらいたいって感じなんだな?そりゃ都合がいいってもんだぜ。なあ、ちくば。
ちくばをちらりと見やれば、そうだよねぇ、うしお、とでも言いたげな目がそこにあった。
「「らいあ」」
ちくばとハモった。
あ、前もこんなことあったな。なんでだっけ?何時だったっけ?葉の色の濃い季節だったと思う。ぼんやりした記憶の端々に、深い緑色がちらほらと見えたから。でもそれ以上思い出せないな。まぁ、今日はいいや。
はぁ……とらいあは、深く長い溜め息を付いてから顔を上げる。艶のある目と俺の目が合う。問われていると感じる。深く、中を覗かれていると。俺は気を引き締めつつも肩の力は抜いていた。覗かれないよう普段閉じている扉なぞ、らいあはいとも簡単に開いていく。俺も見てもらっていいと思ってる。なら、抵抗もこちらから開けるもしなくていい。
ただ、らいあを待っていればいいんだ。
「情けない事に、私だけでは手に負えそうに無いと分かる。お前達にも知恵を拝借してもらえればと思って聞いてくれと頼んだが、押し付けるものではない。私に責任は取れんのだからな」
俺の目から視線を離し、諦めたようにらいあは囁いた。ちくばは?ちくばの目は見ねぇの?それとな、責任なんて馬鹿言ってんじゃねぇよ。お前に取ってもらう責任なんてねぇよ。俺なんかなぁ、誰のなんの責任も取りたかないやつでさぁ、自分自身の責任すら放ってんだぞ。それが前面に出てるらしくて、きーさんやらそこらのおっかさんおっとさん方からしょっちゅう説教喰らってるんだぜ。ああ、明日も説教誰かにされるんだろうな。なんだろう、凹んできた。腹は一杯なのにな。
「取ってもらおうなんて思ってないよ。その代わり道連れにしてね」
道連れ。ちくばらしい言い方に頬が緩む。
良いねぇ、道連れ。こいつらとならいい響きじゃん?
「おうよ。どっか行くなら一緒に行こうぜ」
「この阿呆どもが」
「うしお、らいあに阿呆って言われた!」
ちくばが嬉しそうに興奮する。
違うな。嬉しそう、じゃないな。すんげぇ嬉しい、だなこれは。
「良かったな。阿呆でなんで喜ぶのか俺にゃあ分からんがらいあに言われて嬉しいのは分かるぜ」
「ほんとにおまえ達は」
らいあは乱暴に前髪を掻き上げた。その姿に、でええっ!?と驚く俺。
でええっ!?めっちゃかっちょえー。前髪掻き上げるだけでそんなかっこよさ増し増しになんの?俺は?俺は前髪掻き上げたらどうなっかね?え?なんでまさときーさん天を仰いでんの?らいあ、なんで笑い堪えてんの?いやいやちくば、またうしお?って顔しないで。
「なあ、らいあ。悪い癖が出ているぞ。らいあ一人ではない。らいあはまさの愛しいパートナー。るるはまさとらいあの愛し子。その子に関しての事は共に抱えようよ」
まさの一言にらいあはあっ、と小さく声を上げてコホッと咳払いをして、眉を少し下げた。
「そうだな、まさ。お前と共になる時もその前も後も、ずっとそう言ってくれていたのにな」
「何度も言ってあげるよ」
うーん、この二人ってなんでか仲良いよなー。どうした?ちくば。ぼくもらいあと仲いいもん?俺もいいぞー。何、きーさん。なんで首振ってんの?いやいやいや、なんと言っても俺、らいあと一年中会ってんだぜ?え、違うの?どこが?何?どこが違うの?きーさん?きーさーん!
「ぼくもらいあのら、らいあの、らい、らいあのほら、あれ、あれだから、その」
ちくば、緊張をほどくのに俺の腹を叩くな。腹の音のリズミカルさでラップみたいんなってっから。どうせなら撫でとけ。ほら、動物セラピー的な?
「ら、らいあの親友だからっ!」
お、言えた言えた。よかったなー。
「そうだな、ちくば。我が親友よ」
らいあがフッと笑む。
おぅお、かっけー。なんじゃこら。かっけーホントらいあかっけー。小せぇ頃から知ってるし思ってるけど面も中もかっけーやつだなホント。
「のふぁぁぁあ、らいあに、らいあに親友っ、ぼくもおぉぉ、らいあ親友らいあ」
ちくばが巻き戻し再生モードになった。
まさ、笑いすぎだぞ。俺が言える事じゃないけどな。あー、腹痛てぇ。
「ほら、ちくば。落ち着けっての。そうそう、みんな親友親友。んな訳で、ほれ、さっさと言っちまいな」
「ふぇっふえっふぇっふえっ。いーねぇ、青い青い」
きーさん、ご機嫌そうっすがそれ俺の甘酒なんすけどいいの?
「では、外のお前達もおいで」
らいあは障子に向かって手招きした。
振り返る前に障子がスッパーン!! と油から爆ぜたとうもろこしのように開いた。
「るるるるるるるるるるるるるるるるるるるーん!」
「おふょうふぇえ! びっくりしたーびっくりしたー! るるかよぉ」
「るるるーん!」
「ぼくも居るよ」
「お、ぉ邪魔します」
障子を開いた姿勢の大の字に立つるるの背後にしゅゆとせい。しゅゆの腕にはこけーここ。せいの腕にはひめめ。ほとんど集合じゃん。
「あれ、しゅゆとせいって帰ったんじゃなかったっけ?」
「途中でたてこうに会ってね。たてこうが『らいあさんの家の方角から剣呑な気配を感じる』って言うから三人で引き返したんだ。庭から上がろうとしてたら、るるがこけーこことひめめを抱えてたから受け取って着いて来た」
「るるはまさちゃんの気配がして起きてきたんだけど、こけーこことひめめがこけこけにゃそわしてるから持ち上げたところだったるん」
「あーそー。んで、たてこうは?」
「こんばんは、みなさん」
「どぅおう! びっくりしたー。なんでそっちから来んだよ」
るるが入って来た場所とは真反対の障子がスーッと開いて、たてこうが入って来た。背に背負っているのは何が入ってんのか、麦茶を炊くやかんが八個くらい入りそうな大きな鞄。腕にはちょこんとまつごろう。全員集合だな。
しっかし相変わらず背も幅もデカイなー。俺もたてこうみたいにガッシリしてぇ。そ、そんな困らないで、きーさん。せめて笑って。
「まつごろうに部屋に招待されていて」
「なーる」
「そうしたらこれ、まつごろうが押し付けてくるんですけど」
たてこうが持ち上げたのはびろーんとした濃い醤油色の布だ。
なんだ?見たことあるな。あ、ちくばのじゃね?
「あ! ぼくの外套! ありがとう、まつごろうちゃん、たてこうさん」
「どうぞ。あれ、釦より穴が大きいですね」
「そうかもねぇ。それで脱げちゃって。穴を狭めないとねぇ」
「おれ、裁縫道具持ってます。もしお急ぎでなければ使ってください。どうでしょうか、らいあさん」
何故らいあに……ああ、『剣呑な気配』についての問いか。もしかして、まつごろうを連れて来たのはたてこうなりの避難準備なのかもしれないな。
「急ぎでないと言うより急いでも仕方がない。よってこのままだ」
「そうでしたか。では、どうぞ」
鞄の外側のチャックから桐の小箱を取り出すたてこう。
いやいや、そうでしたか。って冷静だなおい。
「るるぅー、ひっさし振りー」
「まさちゃん久し振りるん。るる、今日オオイワナに勝ったるん」
「るるワンダホー! るるブラボー!」
こっちでは親子が抱き締め合っていて、きーさんはそわそわしているせいとひめめを撫で、それで落ち着いたせいもひめめを撫で、しゅゆはらいあの甘酒を飲み、らいあはこけーここを毛繕いしていた。
それにしても、どいつもこいつも肝っ玉強すぎねぇか?俺腹出してまた寝っ転がったんだけど、内心ビクビクなんだぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます