かえってきたからっかぜ
「かららんカラランからっかぜ~、カラランかららんからっかぜ~からからしてるよかららららん、カラッカラッカラッカラッからっか~ぜ~」
空気は澄んでいて尚且つ風が強く吹くからか、歌はどんどん飛ばされて行き手元にほろろとも残らない。
「か」
“か”が飛んで行く。
「ら」
“ら”が跳ねて行って。
「ら」
“ら”が舞って行き。
「ん」
“ん”が走って行った。
「からからじゃのぅ。からからかららんからっかぜじゃのぅ」
言った先から言葉が音に分けられて、どんどん風に飛ばされて行く。
「おもしろいのぉ。からからはどこへいったのかのぉ。おとのたびは楽しかろうのぉ。いつかえってくるのかのぉ」
風に髪を巻き上がらせながら、てんは歌をからから唄う。
「カラっからカラっからかららららんっ」
一人木立の間で声を飛ばす飛ばす。
すると、ちょうど声と声の合間で「かららららんっ」と聞こえた気がして口を閉じる。
首をふりふり辺りを見回すも誰も居ない。
「てんのこえだったのかな?まいまわるかぜがおかえしをくだすったかな?」
風も一緒に歌ってくれたのかもしれない。てんの声を、ちよっと“力”へと変えて還すことで。
ちょっと嬉しくなってさっきより大きな声で唄う。
「からららら~んかららららーん」
「か~ららっか~ら~らんっ」
「あんりま! 」
てんは目を開いて驚いた。
再び聴こえた歌の調子が違うそれはよぅく聴くと、てんの声ではなかった。他の誰かの声だったのだ。
「おんやまあ」
だぁれかな?分からぬとも、これまたおもしろかろおもしろかろ。
今度は相手の調子を真似て歌い始める。
「か~ら~から~から~から~からっかぜ~」
届いたかな?
「かららか~ら~かららか~ら~かららっか~ぜ~」
あ! 届いた!
共に互いを真似、しかし今度は真似ず、そしたらまた真似る。
調子の違う二つの歌が森の中にひろがって、風に色が乗せられて行くようである。
風と共に音が、声が、色が、ひろがる、ひろがる、ひろがる。
てんはからから笑いながら歌った。
誰かもからから笑っているのが伝わって来る。
風もさーさーごうごうぐるぐるふわりと笑っている。
「からからっからからっからっかぜ~」
「か~ららんか~ららんからっか~ぜ~」
おもしろかろおもしろかろ。てんがからからあっちもからから。おもしろかろおもしろかろ。
「あぱぱぱぱ、あはぱぱーん」
腕をパタパタ動かして笑っていると「てぇーん! 」と低くざらついた声が聞こえてきた。
「おんやまぁ、ゆたきじゃゆたきじゃ。あーいよーおっ! 」
大声で応え、待つ。
ゆたきはてんを見つけるのが相変わらず早いのぉ。はぐれたのはてんからなのだが、こちらから捜し回らなんだで良かったのぉ。そんしたら、余計にはぐれちおろうからのぉ。
「てぇんさまぁー! 」
はああああ! 天使の声じゃ! いや、妖精! はたまた精霊かな! この愛らしい声! これはまさしく!
「まひろじゃ! あいよーあいよーあいよーあいよーまひろーまひろーまひろーまひろー」
まひろ。まひろ。てんのまひろ。つまりてんはまひろのてん。会いたい会いたい。まひろ。まひろ。
あ、もちろん、ゆたきとも会いたいぞ。
腕をバタバタ、てんはまひろを呼ぶ。
「まひろぉー! まひろぉー! まひろぉおおぅおー! 」
「うるせぇ! もうほぼ見えてんだからさっさと来いっての」
「てんさまぁ! 」
互いの顔が分かる距離の樹の間から出てきた二人はてんを見て笑顔になった。
いや、ゆたきは微笑か。それでも珍かじゃ。余程心配しちおったと見受ける。
会えてうれちぃのぉ。しかしまあ、ゆたきの眉間の皺はデフォルトじゃのぉ。なるほど、ゆたきってば、てんに会えたからって照れちゃってるのじゃな。あぱぱぱん。かわいらしいのぉ。
はれまぁ、まひろの満面の笑みがすべてを包み和らげ癒してくれおろう。なんと愛らしい。てんのまひろ。
「てんさまぁー」
両手を広げてとことこ走ってきたまひろを抱きしめ、頬をすりすりくんすかすんすかぷーるふるぶるする。お互いの頬がぶにぷに揺れる。
うむ、やわらかき。
あと二歩の所からてんの様子を伺うゆたきは、怪我もないと見て肩を下げている。
なんだかんだゆたきはええ子じゃのぉ。
まひろもええ子じゃのぉ。ああまひろ。おおまひろ。ふえおえまひろ。ぴぷるんまひろ。
「なんだそのふえおえとぴぷるんは」
「おや?口に出ておったかの?」
「会えてうれちぃのぉ、しかしまあ、ゆたきの眉間の皺はデフォルト、からな。悪かったな眉間の皺がデフォルトで。つーか照れてねえよ」
「あっぱぱーん、ほぼほぼ全部じゃのぉ。あはっあぱぱっ。ふえおえぴぷるんはてんの心のバロメーター音じゃ」
「どういうバロメーターかはぜってぇ聞かねぇからな」
おんやまぁ、ゆたきってば、恥ずかしが。
「ってねぇからな。出てんだよ口から」
「てんさま、お一人の間大丈夫でしたか?なにかこわいことに遭いませんでしたか?」
ゆたきの声に被さるようにまひろは身を乗り出した。普段はしない事だ。まひろも余程心配していたのだろう。眉が見事に八の字だった。
あんりゃまー、ちと離れ過ぎたかのぉ。
「だいじょぶじゃよー。あぱぱぱぱ」
「良かった、良かったです。てんさま」
まひろがギューッと抱き付いて来る。
なんちょもかわゆき。ぬはんかわゆき。ぬおおおおんかわゆき。むゅっぴゃーかわゆき。ぬえほえかわゆき。そしてあたたかき。
まひろのかわいさに内心悶えている合間、ゆたきは合流した護衛たちと合図を送り合っている。
ふむ、てんからしては余念のほしいところではあるが、周囲からしたら良き事と捉えられて仕舞いじゃろうな。てんはもうちっと、友であるゆたき比率がほしいがのお。それは我儘か、はて傲慢か。
「他に人は?からから誰かも歌ってたろ」
「聞こえちおったか。姿は初めから最後まで見えなんだよ。からからがかえって来おってのぉ。なかなかにおもしろう体験であったのぉ」
「こっちからしたら背筋冷える話だがな」
「あ、ゆたきはゆーれー系がにが」
「そうじゃねぇよ。幽霊だとは直結して思わねぇが楽子の次期当主候補が護衛も無しに他領の森ん中でからから大声出してっことがだよっ」
「よう噛まんのぉ」
「ゆたきは発声練習してますからね。まひろもたまにいっしょにしてます」
「問題はそこじゃねんだよ」
「ぬはーん、まひろの発声練習、てん聞きたいのぉ」
「聞いてねぇなお前らはほんと」
「はい、聞いてね」
にこっ、まひろが笑む。
「ぬぐあっ! かわっ、かわっ、かわっ」
てんはばたばた腕を振った。
「巣立ったばかりの烏みたいだぞ」
「かわっ、かわっゆっきー! 」
「うるせぇ」
ゆたきの冷静な一言で、はた、とてんは気付いた。
「おんや?ゆたき。てんの身元を言っておったが、珍しいのぉ。いつもなら言わんかろう」
「いまはお前の事知ってるやつしかいねんだっての」
「あっこのとんがった葉の木の裏の子ぉは?」
「子ぉって、俺らより三十は上のやつだぞ。あいつが教えて来たんだよ。『楽子のお子がこちらの子と何やら歌っていらっしゃるがこちらは如何すれば宜しいか?』ってな。『こちらはなんの手出しもしていない事をご承知願う』とまで来たぞ。お前は何やってたんだ。別に聴かなくていいんだけど」
ゆたき、三十上の人をあいつって言っちおるのはよいのんかのぉ。
「いいんかい、じゃのぉ」
「いいよ別に。今知らんでもお前は必要な時に必要なやつに伝えるだろ?だからいいんだよ。んなことより一人で歩きてぇなら先に言えっての。わざと護衛外してやっからよ。言わねぇでどっか行くな。お前が居ねぇとぞわぞわするわ」
「ゆたき……そんなにてんのこと」
「居たら居たでゾワゾワするけどな」
「ゆたきぃ~」
「しなるな。ワカメかお前は。しなりながらにじり寄るな」
ゆたきににじりにじりと寄るてんと、ざりぞりざぞりと逃げるゆたき。
「仲よしさんですねぇ」
まひろはうふふと笑んだ。最近のゆたきは大人っぽくなってしまって寂しかった。だから、こうやって遊んでいる二人を見るのはひどく嬉しい。
「ゆたきぃ~」
「だあっ! 止めんかあほう。ああ、ワカメしばらく食いたくねぇ」
それを聞いたまひろは、明日の朝のてんはわかめスープを食べるのだろうな、と思い笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます