あわわあわわあわあわあ、あわ?~sideわたゆき&ききゅ~

「ふぅ、今年の泡はほんとうに元気だったわぁ」


 わたゆきは額の汗を拭い、荷台に積み終えた洗った物たちを満足感いっぱいに眺めていた。


 そこへ、「おや、わたゆき」と幼馴染みのききゅから声が掛かった。細型スプーンをキランッ、と日の光で輝かせるききゅ自身も、キラキラ光って見える。


 わたゆきは満面の笑みで応えた。


「あらぁ、ききゅ。今年も泡の日交通安全隊おつかれさま」


「ありがとう。無事終わってよかったよ。そうだ、採りたても貯蔵もどちらのみかんもすごくおいしかったよ。手紙でも言ったけれど直接言いたくて。一人暮らしだと栄養が偏るからね。ほんと助かった」


「それはよかったわぁ。今年も沢山実るといいな。みなさん楽しみにしてくださっているから」


「きっと実るさ。わたゆきのおじいさんのみかんの木だもの」


「そうねぇ。おじい様のみかんの木だものね。ききゅの栗も美味しかったわ。優しく甘くて、蒸し栗のままほとんど食べちゃったの。今年は甘露煮を作るはずだったのにね」


「今年はふっくらした実になってほくほくだったものね。マロンペーストを作りたかったのだけど、ほくほくを潰したくなくて止めたんだ」


「そうよねぇ。ききゅの大おば様の栗の木だもの、ほんと美味しい実ばかりねぇ」


「ああ、大おば様の栗の木だからね」


 わたゆきとききゅはふふふと笑い合った。

 普段から町の交通安全を担当しているききゅは、昨年からわたゆきの住む地区から離れた地区への転勤となり、二人はほとんど会わなくなっていた。

 その間の寂しい距離を二人は、文通をすることで埋めていた。お互いの健康を祈って、わたゆきはみかんを贈り、ききゅは栗を贈っている。


「泡の日とたまの長期休暇しか会えなくなってしまったね。」


「ほんとねぇ、子どものころから毎日会っていたのにね。そうそう、お向かいのまきわりさん、先週、海老の浜にお引っ越しされたのよ。子どもさんたちと一緒に暮らし始めたの」


「海老の浜に?それは遠くなってしまったね。ご挨拶したかったな」

「驚いたわよぉ。急だったの。今年の泡の日は来られないけど、来年は来るわー。とおっしゃってたわよ」


「ふふふっ、そっくり。その様子だとお元気で越されたんだね」


「お元気よぉ。孫の健康をワシが守る! とおっしゃってお引っ越しされたの」


「お孫さん?」


「よく風邪を引くそうよ。食が細いみたい」


「そうか。風邪は万病のもとと言うものね。まきわりさんのご飯すごくおいしいから、たくさん食べて元気になってくれるとよいね」


「きっと食べてくれるわぁ。同じ年頃のはばたきちゃんとのびるちゃん、昨日ごちそうになったそうよ。おいしかったってさっき言ってたの」


「ああ、さっきの二人だね。ん?昨日?ここらの子ではないのかい?」


「海老の浜の子なのぉ」


「海老の浜!?遠いな。二人だけで帰れるのかな?送って行った方が」


「大丈夫よぉ。お家の方々がそこらの端々から見守ってたから。送り迎えもいつもされているわ」


「端々から見守ってた?え、それは本当にお家の方たちなのかい?」


「いつもそうなのよぉ。二人で居るようでいて、二人でないの。聞いたら二人とも気付いてて、お家の方だよって言ってたわよ」


「そうなんだ。なら、安心だね。あーでも道端で寝るのはどうかなぁ」


「ふふふぅっ、何処でも寝ちゃうの、あの子たち。寝入ってからお家の方が抱っこして帰って行くことが多いわ。今日はその前に私たちが見付けたようね」


「そ、そうなんだ。そういえば、あの子たちに楽子の一族と似ていると言ったんだった。今思えば、なんか……微妙な雰囲気だったかもしれないな。嫌だったろうか。本当に似ているから言ってしまったけど。一般的に褒め言葉のはずなんだがな」


「楽子当人だからかしらねぇ」


「そうか、楽子の一族だったのか。それは微妙になるよな。楽子なのに、楽子に似ていて、ご先祖様に楽子がいるのかもと言われたんだから。謝らないと」


「私も言っちゃったことあるのぉ。次に会った時に謝ったら、ぜーんぜんきーにしなーいでだーいじょーぶー、って言ってくれたわ」


「そうか、私も謝っ、えっ、あっ、楽子?ら、楽子の?えっ?楽子の一族なの?」


「そうよぉ」


「ら、楽子、えっ?本物の?」


「そうよぉ。驚きって後から来ることあるわよねぇ」


「そんな。楽子の一族に会ったのに、噴水とスプーンの話しかしなかったなんて。しかも浅い」


「私だって泡の話しかしてないわよぉ。普段はみかんと積み木の話ばかりよ。そんなものよ。だってお互いただの人間なんだもの」


「た、ただの人間」


「そうよぉ。だから気負わなくてもいいと、誰と接する時も私は思ってるわ」


「さすがわたゆき。わたしも見習わないと。なんか、緊張しちゃうんだよな。人生の先輩に対すると」


「はばたきちゃんとのびるちゃんは確実に後輩よぉ」


「うん、年はね。でも、なんと言うか、わたしより何かに関して経験の有りそうな雰囲気があるように思えて」


「あぁ、それはそうね。達観の境地に達している気配を見受けられる時があるわね」


「わたゆきから見てもそうなんだ。そうか、なかなか達しているんだな。あれ?わたしに楽子の一族って言っていいのかい?隠してるんじゃないのかな?」


「隠してる訳ではないみたいよぉ。ただ、楽子って言うと態度が変わる人がいるから言わない楽子が多いそうよ。はばたきちゃんとのびるちゃんが、あなたに言っていいってさっき言ってたの。自分たちから言うとききゅが気まずくなるかもしれないから、私から言ってくれる?って」


「なんとっ、気を使わせてしまったあっ!」


「ふふふぅっ、あの子たち、栗好きよ」


「贈ろう。是非とも贈ろう」


「きっと喜ぶわよぉ。ほら、泡のケーキにモンブラン有ったでしょ?」


「有ったね。甘いものが好きなのかな?またこっちに来るかな?モンブランを作ったら食べてくれるだろうか?」


「もちろん食べてくれるわよぉ。年の大半は週一で来てるわ」


「よかった、けっこう来るんだね。分かった。栗の季節の休みに誘おう」


「私も誘ってねぇ」


「ああ! よし! そうとなったら特訓だ! さつま芋でモンブランを作って練習する! 」


「あらぁ、いいわねぇ。その日は教えて。食べに行くわ」


「うん、呼ぶよ。初めの頃はわたしが来るよ。母さんに作り方見てもらおうかなと思って」


「成る程ぉ、待ってるわ」


「うん! じゃあ、そろそろ点呼があるから」


「そうねぇ、私も明日のお店の準備する時間ね。楽しかったわ。ありがとう」


「こちらこそありがとう。お店にも行くよ。新作の積み木、並べたんだろう?」


「並べたけど仕舞ったのぉ」


「え?なんで?」


「リアル過ぎるって泣かれちゃってぇ」


「な、泣かした!?何を作ったのか見たいような見たくないような」


「今度見に来てくれるぅ?感想教えてくれると有り難いわ」


「勿論! 」


「じゃあまたねぇ」


「また」


 わたゆきは軽やかにタッタッタッ、と駆けていくききゅを見送ると、荷台を起こし歩き始めた。


「今年はいつもに増して明るい泡の日になったわねぇ」


 はばたきとのびるが作ったケーキをスケッチしている人の脇を通り、わたゆきはとっことっことっことこと、荷台を引いて帰って行った。


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