あわわあわわあわあわあ、あわ?~後編~

「これ噴水?」


「ふんちゅい?」


「噴水だよ」


 はばたきとのびるが見上げた先に居る人は、にこにこと頷いた。掛けた襷と持ったスプーンで、交通安全隊なのは分かった。


 でも、これ、噴水ちがう。遠くから見たら噴水だったけど、これ、噴水違う。


「噴水ちがう」


「えっと噴水……だよ」


「ふんちゅいちがふ」


「えっ、……噴水……だよね?」


 自信まんまんのはばたきとのびる。

 だんだん自信のなくなっていく細型スプーンのにこにこだった人。

 そう、スプーンが細型なのだ。人によってスプーンの形や大きさが違うと知ったはばたきとのびるは嬉しかった。


「噴水とスプーン違う」


「ふんちゅいとちぷーんちがふ」


 だって、噴水からあわ出てるよ。ぽこぽこきれいでかわいいけど、これでは噴泡だよ。


 あわわでりゅふんちゅいは……ふんあわわ?ふわふわがぽこぽこかわいいけじょ、ふんちゅいじぇはないみょ。


「ふ、噴水は分かんないけど、スプーンはみんな違うんだ。泡を掻き分けるのにしやすいものを選べるんだよ。あ、あの、いまは噴水じゃないのかもしれないかもしれないけど、普段は噴水なんだよ。ほら、見た目噴水だろ?水が噴き出す管あるし、えっと、あ、真ん中に楽子の像があるだろ?噴水っぽくないかい?」


「らこの像?」


 はじめて聞いた。らこの像?あれ?はばたきとのびる?


 へー、らきょ。らきょって、はばたきとのびる?


「そう、楽子。『楽子の一族、繁栄と衰退の一族。その者らの通りし道の跡は、栄えるか滅びるかの二択なり』。教科書に載ってる、あの楽子だよ。かっこいい文だよね。会ってみたいなぁ、どんな一族なんだろう?そういえば、きみたち、あの像の楽子に似ているね。楽子の一族は皆、顔が似ていると聞いたことがあるよ。もしかしたら、遠いご先祖様に楽子がいらっしゃるのかもしれないね」


「んあ、なるほど」


「んあう、なりゅほじょ」


 曖昧に頷くはばたきとのびる。


 にこにこに戻った人は、青い石屋根の家の前で遊ぶ子たちを見て、あっ! と言った。


「あの子たち素足だ。靴を履いてもらわないと。ちょっと行ってくるね。泡の日、気をつけて。でも楽しんでね」


「あいです。いってらっしゃい」


「あい。いってらっちゃい」


「行ってきます」


 たったった、と軽やかに駆けていくにこにこに戻った人を見送り、辺りに人が居ないのを確かめてから、小声にして話す。


「らこの像に似てるって言われたね」


「うんにゃ、いわりたね」


「それは似てるよね」


「うんにゃ、にちるよぬぇ」


「だってね」


「じゃってぬぇ」


 二人は楽子の像を見上げ、キラキラ輝く泡に包まれた、会ったことのない楽子に微笑む。


「「楽子らこだもの」」


 その後、はばたきとのびるはケーキをそこら中に作って作って作って行った。


 ショートケーキ(苺)、ショートケーキ(チョコレート)、ショートケーキ(バターケーキ)、モンブラン、ミルフィーユ、ミルクレープ、タルト(チーズ)、タルト(フルーツ)、バームクーヘン、ワッフル(生クリーム添え)。

 食べたことのあるものからないものまで、見た目で違いのわかるものからわからないものまで、たくさん作った。途中ケーキではないものも入った。どれもこれもなんにもまったく気にせず作り、こわした。

 はばたきとのびるは、自身たちが作った物に関してのみ、つくることもこわすことも厭わない。

 それは楽子である以前にはばたきとのびるの思考によるものではあるが、楽子であるという自負も加味されている。次につくるものはより良いものであるという、自負が。

 すべての楽子がそうではないらしいが、今のところのはばたきとのびるにとって、楽子であるということを自身たちで思うのはその一点だけだった。


「ねぇねぇのびる。どうしてみんなは、はばたきとのびるに泡の日のこと教えてこなかったのかな?今日は泡の日のために服とか用意してくれたみたいだから、知ってもらおうと思ってるみたいね」


「うーむ、はばたき。こりぇはきっちょ、しゃぷらーいじゅ、だみょ」


「サプラーイズ?」


「そう、しゃぷらーいじゅ」


 のびるは両腕を広げた。泡が服にもっこもっこ付いては風に流され、何処かから流されて来た泡がまたそこに付くを繰り返している。


「なるほど。素敵」


 はばたきはにっこりした。のびるの爛漫さは心地よい。そこにずっと居たくなる。


「しゅてちだにぇえ」


「楽子の像は?」


「うーむ、ちらべておいでってこちょかにゃ」


「つまり、楽子の像を調べておいでってこと?」


「うむ、もしきゅは、らきょがこにょまちゅでかきょにしたこちょをしらべりゅのかみょね」


「過去の楽子のこと。なるほどだねぇ」


 はばたきはますますにっこりした。のびるの爛漫さの裏にある鋭利な思考は頼もしい。


「あわわ、か」


「あわだね」


 はばたきの頬に泡が一粒、ポンッと当たって飛んで行った。


「あわわ、か」


「あわだね」


 のびるのおでこに泡が一粒、ポンッと当たって地面に落ちて引っ付いた。


「あわわ」


「のびる、眠い?」


 同じ言葉を繰り返す時ののびるは、たいてい寝そうな時なのだ。


「うんにゃ、あわわ」


 のびるの瞼がもう閉じていた。


「寝よっか」


 はばたきも眠いのだ。


「うんにゃ」


 はばたきとのびるは地面に横になった。頭の下には鞄を置いた。


「のびる」


「うんにゃ」


「起きたら楽子の像を調べようかな」


「うんにゃ、じゃ、また」


「またね」


 にっこり細型スプーンの人とみかんさんが、寝ている二人を同時に見つけて慌てるまで、あとちょっと。

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