あわわあわわあわあわあ、あわ?~前編~

「あわ」


 はばたきは口を開いて閉じた。


「あわあわ」


 のびるは口を開いたままに。

  はばたきとのびるは並んで立ち、戸惑っていた。

  だって、目の前が。


「あわ」


 なして?


「あわあわ」


  どして?

  はばたきとのびるは目をしぱしぱ瞬いた。


「あわがあわあわ」


 あわってなんだっけ?あれだよね?体や服を洗うせっけんからうまれるものだよね?それが?こんなに?

 はばたきはあわが流れてくる方を見ていた。


「あわあわはあわ」


  あわあわってなんだっけ?ありゅだよにゃ?たまみょをがんばっちぇまぜちぇちゅくるものだよにゃ?それが?こんなにゅ?

  のびるはあわあわのてっぺんを見ていた。


「たいへんだ。とめなきゃ」


  あわの少ない方へ行こうと踏み出した、はばたき。


「たいへんだ。たべなきゃ」


  あわの多い方へ行こうと踏み出した、のびる。


「はへ?」


「はふゅ?」


  二人して固まる。

 そしてお互いを見やる。


「たべる?」


 なして?のびる。せっけんたべちゃあかんのよ。


「とめりゅ?」


 どして?はばたき。たまごのあわあわおいしいのよ。


「あわたべるの?」


「あわとめりゅの?」


  姿勢を正して小首を傾げる二人。

  増え続けるあわが足元に流れてくる。


「?あわはたべたらぺっぺだよ」


 はばたきは口の前で手を振った。

 のびるよ。せっけんは食うてはならぬ。


「?あわあわはたべちらふわふわだみょ」


 のびるは手の指をモニモニ動かしふわふわを表す。

 はばたき、たまごちらいなにょ?


 はばたきの頭の中ははてなでいっぱいだ。


「?あわはからだとふくをごしごしだよ」


 のびるの頭の中はたまごでいっぱいだ。


「?あわあわでごちごち?どして?」


 はばたきは考えた。


 のびるのお家には、あわの立たないせっけんがあるのかな?それはそれで使い道があるけれど、はばたきはあわを見るのが好きだからあわは立ってほしいかな。


「?きれいきれいになるからだよ」


「?たまみょで?」


「?たまご?」


「?うん、たまみょ」


 はばたきは口を半開きにして考えた。

  あわがたまご。たまごはあわ。あわはあわで、たまごはたまご。たまご。あわ。あわ。たまご。


  のびるは口を全開で考えていた。

  あわでごちごち。おからだもおふくもきれいきれい。あわはたまご。たまごであわ。たまごとおからだ。たまごできれいきれい。


  はばたきの目にのびるの脇に下がる胴体より大きい鞄が映った。

  のびるのかばん。あの中には食べものがたくさん入っている。ごはんもおかずもおやつも。どれものびるの好きな、さくさくとカリカリとあまあまとふわふわが……ん?ふわふわ?


  のびるの目にはばたきの顎に当てられた少し荒れた手が映った。

 はばたきのおてて。ちこっとあれちいる。おててにぬるぬるするのまたもっちこよう。こんどはスーッとするおかおりのにしようかな。はばたきちゅきかな?ん?あれちいる?どして?あ、洗うから?……ん?なにゅで?


「んなっ」


「んぽっ」


 はばたきとのびるは同時に目を見開いた。


 なるほど!


 なぁーるほじょぉー。


「あわ、たまごの白身とおもたのね?」


 はばたきは頬を持ち上げた。


「うん。あわあわ、せっけんおもちおるにぇ?」


 のびるは眉を持ち上げた。


「うむん」


「なーるほどぉ」


「なーりゅほじょぉ」


 なぞがとけたと二人はニッコリした。


「どっちかなー?」


「どっちゅかにゃー?」


 泡に近づきくんかくんかと嗅いでみる。


「あわ、かおり、しないね」


「あわあわ、おかおりないにょ」


「なにかわかるまで、たべないとこ」


「うん、なにゅかわかるまで、ごしごししないとこ」


  頷き合い、手を繋ぐ。

  あわに向かい合う。


「さて、どうしよう」


「さちぇ、どちゅよう」


  いつの間にやら足は膝まであわに包まれていた。

  互いの足を見る。

  幸いにも今日は二人とも、太もも中程まである長い筒靴を履いている。靴裏には滑り止めも付いている。つまり。


「あしぬれなーい」


「あちしゅべりゃなーい」


「「ないす」」


 のはずが。靴に付いた泡はペタペタ纏わり付いているのに、肌に触れた泡のがさらさら離れていく。

 不思議な泡。もしかしてこの泡には素足のがいい?


 二人は顔を見合わせて頷くと、靴から足をスポンッと引っこ抜いた。


 うん、泡さらさらになった。よきよき。


 うぬ、あわさらんさらん。よき。


「はてさて、こりはなんだか、どうしたらいいのか、はばたき、わかんないなぁ」


「のびるも、わかりゃん」


「そうだ。だれかよびに行こっか」


「うんにゅ。行こぉ」


  繋いだ手を互いの側同士から外側同士にしながらクルリと後ろを向く。と。


「あらぁ?はばたきちゃん、のびるちゃん」


「あっ!みかんさーん!」


 向こうからみかんさんが歩いて来ていた。みかんさんとは本名ではない。みかんさんの庭にみかんの木が生えていて、その木に実ったみかんを毎年配ってくれるのでみかんさんとみんなに呼ばれているのだ。


「みかんさーん!あわがあわあわ!」


「みゅかんしゃーん!あわあわがあわ!」


 二人は、繋いでいない方の手をヒッチハイクの時のように挙げながらみかんさんのもとへ急いだ。


「そうよぉ。今日は泡の日だもの」


 みかんさんは、うふふ、と笑っている。


「「あわのひ?」」


 みかんさん、笑っている。なんか大丈夫そうだ。


 力が抜けてお腹が減って来たので、走るのを止めた。

 よく見れば、みかんさんは洗濯物の入った籠を幾つも乗せた小型の荷台を引っ張っていた。膝上までの長靴と肘上までの炊事用手袋を装備して、洗濯準備万端だった。


「みかんさん、あわ、かおりないの」


「そうよぉ。これだけの泡を香り付きで立てちゃうときついからね、無臭の洗剤を使うのよ。しかも肌にも環境にも優しいの。わたしも みかんを濾す時に使うガーゼはこの洗剤で洗うのよ。食べ物に香りが移らないからね」


「なるほど」


「なりゅほぞぉ」


「でもぉ、今年は多いわねえ。この道まで来るなんて初めてだわ。今年の洗剤は活きが良いのね」


 うふふぅ、とみかんさんは頬に手を当てて笑っている。


 洗剤を活きが良いと表現する人と初めて会ってなんだか面白い。


「へぇー。はばたき、あわのひしらなかった」


「はふぇー。のびるみょちらにかった」


「あらそぉ?そうね、この時期は二人とも村の方へ泊まりに行ってるからかしらね?」


「あ、そうかもね。はばたきものびるもお泊まり長くするものね」


「ことちはおちょまりおしょくなりゅにょ。なんかね、むらにょはたけがほうしゃくしゅぎておちごとたんまりにゃんじゃって」


「あらぁ、それは嬉しい悲鳴ね」


「うん。はばたきものびるもいつも、ちょっとお手伝いするんだけど、ことしはそのお手伝いもうちょっとあとでがよいんだって」


「だっちぇ」


「そうなのねぇ。それで初めての泡の日なのね。そうだわ。二人も来てみる?真ん中の広場は泡が避けられていて、皆が荷物を置いて動けるようにしてあるのだけど、泡がふわふわ舞っていて綺麗なのよ」


「はばたき、行くしたいな」


「のびるみょ」


「ふふぅ。こっちよ。広場まで、泡が避けられた道が用意されているのよ」


「「わーい!!」」


 ぴょんこぴょんこと二人は跳ねる。みかんさんも一緒に少し跳ねてくれた。

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