とりのなまえ<たけどんぐり~後編~

いま顔を埋めているのは鳩尾辺りだろうか。

 弾力のある袖無し半纏にふぎゅふぎゅ、と両頬が反発を喰らう。冬が来る前に綿を詰め直していたから、ふかふかというよりふっかふっかなのだ。どれくらいかというと、らいあの脇が確実に締まらず、腕を下ろした時に手先が体から大根¼本分浮く程に。

 半纏に頬を当て、鼻先は半纏の間の鳩尾との段差にすっぽりはまっているので息は楽だ。

 るーん。らいあのかおりするーん。くんかすんか。同じ石鹸なのにるるとかおり違うん不思議るん。くんかすんか。


「るる」


 かおりを堪能しているるるの頭を掌全体でゆっくり撫でるらいあに、そっと、くるまれるように名前を呼ばれた。

 僅かに顔を上げ、らいあを見る。

 悲しくて優しくて強くて弱いひと。

 るるのたいせつなひとの泣きそうなお顔。

泣かないで。るる泣かないから。


「るる。私はお前と永く居たい」


「るるもるん。るるはらいあとずっと居るん」


「しかしながら、私はこわい」


「るるを?」


「私自身をだ。私は私を信じられていない。これから先、起こるやも起こらぬやも分からぬ事態を空想しているだけだとしても。このまま行けばそうなるであろうと、思い込んでいるだけだとしても。るるの足枷となるも嫌われるも疎まれるもこわい」


「るるんっ。るるらいあ好きるんっ。枷なんて、思わぬんっ」


 るるはふごふごとセーターの短毛を咥えながら訴える。

 なんでなんでるん?なんでそんなこと言うるん?


「お前は思わねばならないのだ。お前を、お前の未来を犠牲にする前に」


「るーんっ。そんなのるるが決めるんっ。るるがるるをどう思ってどう進むかはるるのすることるんっ」


「る」


「メンマって竹の子から出来てんだと」


「は?」


「るん?」


 なんて?


 ちなみに、大根おろしに人参おろしを盛っているうしおが、らいあの真剣な声を遮った主であるん。

 訊きたい時に訊き、驚く時は我慢せず驚き、眠い時は臍を出して寝るん。

 それがうしおであるん。

 なので誰も驚きはしないるん。けど、ときたまイラッとはするん。

 なのでうしおを驚かしたくなるんよ。ただしあまりにも大きい声で驚くので、様子を見るには遠くからをオススメするんね。勿論、笑えるもの、かわいらしいもので驚かそうという、暗黙の了解を守れる者のみがうしおを驚かす権利を得るんです。

 それがうしおの日常であるん。

 しかし、あれるんね。らいあのかおりを堪能している間に響いていたゴリゴリ音の正体は。人参おろしかぁ。野菜は栄養抜群るんから、沢山食べるのは大切なことるんね。でも量多いるん。誰が食べるん?


「どうやって作るかは知らんけどさ。もう一つどうやって作るか知らんけどさ、どんぐりはコーヒーになるらしいぜ。飲んだことないけどさ」


「うしお。いま私とるるは大切な話を」


「え、どんぐりってコーヒーになるん?」


 あ、興味深くてらいあの言葉遮っちゃったるん。ごめんね、らいあ。そんなに悲しいお顔しないで。鮭多めに食べて良いから、るん。


「らしいぜ。行ったことないけど、ここらじゃ北西の森の村が作ってるらしいな」


「ああ、髪を結った者達か」


「そうそう、団子頭のだろ?」


「行ったことないのになんで知ってるん?」


「満月の市に来る」


「あの噂の、るん?」


「噂のって、なんだ?るるはまだ満月の市に行ったことねぇのか?」


「るん」


「ええ?なんでだよ」


「始まるまで起きてらんないるんよ」


「なーるほど」


るーん、市も村の人も気になってきたるんっ。


「るーん、らいあ、るる行きたいるーん」


 あ、らいあの眉がへにょりとして笑ってる。


「そうだな。彼処は魅惑的な物が多い。よう見たくなろうから、市に着いて半周りは出来る程起きていられたら良いかな。後、うしお」


「るん。宜しくうしお」


「あん?」


「るるが眠ったら運んでくれ」


「運んでくれろ、るん」


「一回一食」


「よかろう。というより、お前は食べていくのが常であろう」


「たいていなんか持ってきてんじゃん。その日はそれ無しで」


「よかろう」


「るん」


「おっしゃあ。さあ、食おうぜ。ちょうど完成したし」


「何作ってたるん?」


「野菜」


「は?」


「るん?」


 デジャブ。


「だから、野菜」


 こちら向きに回された皿の上には、大根と人参が大根おろしと人参おろしで型どられていた。葉っぱは白菜の葉だ。


「……」


「……」


 もう何も言うことはないるん。


 さ、食べよ、るん。


「食べようるん、らいあ、うしお」


「ん、あ、ああ、食べよう」


「食おー食おー」


 寝る子は育つ。食べる子も育つ。るるも食べて寝る子るん。きっと育つん。おっきくなるん。

 そうしたら、らいあはもっと、るると生きると思ってくれるだろうか?

 ほんとうは分かってるん。

 るるはるるるん。らいあはらいあで、うしおはうしお。

 でもすることはいっしょるん。みんなみんな、寝れる時は寝て、食べられる時は食べるん。それが一番るん。

 らいあ、鮭食べて。

 うしお、大根おろしと人参おろし鍋に入れすぎ。これじゃ、おろし過ぎ鍋るん。

 今日はらいあとうしおが居る。明日は?一ヶ月後は?十年後は?

 分からないから今日もるるは、るんるん食べるんるんるん話すん。

 るんるん、るんるん。

 うしお、待つるん! それるるの鮭るん!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る