とりのなまえ<たけどんぐり~中編~

「と、いうことがあったるんよ」


 るるは帰宅後、大根をおろしているうしおと、その横で土鍋に白菜を詰めているらいあに今日の出来事を話した。

 大根をおろす音をものともしない大声で話し続けたから喉が乾いたるん。なに飲もーかなーるん。

 あ、蜂蜜がまだあるーん。蜂蜜と柚子湯にしよっかなーるん。

 蜂蜜固っ! 固いるん。冷えて固まってるん。負けるなスプーン。金属のあなたも硬い。勝つんだスプーン。一匙だけでも頼むるん。ふーっ。勝ったるん。柚子も搾って、お湯で混ぜるーん。


「それは、竹林の奥の砂地でか」


 るるの勝利を見届けたらいあは白菜を詰め過ぎてしまった鍋と、それを知って無言の圧を出すうしおに視線を決して戻さずにいる。


 るーん。らいあ、それ白菜オンリー鍋になるん。でもね。


「そうるん。らいあ、白菜の葉っぱはは火を通したら縮むから大丈夫るん。なんなら鮭の切り身を入れる前に白菜を食べて減らせばよいるん」


「あ、ああ、そうだな」


 らいあは鮭の切り身を見ながら答える。きっとらいあは鮭が食べたいのだろう。


 大丈夫るん。白菜はるるとうしおがほとんど食べるん。食べさせられそうな気配を読み取ったらしいうしおが悲しそうだけど、大丈夫るん。白菜もおいしいるん。


「竹林の奥ならあいつだな」


 うしおはおろした大根を平皿に凹凸と重ねている。

 なんの凹凸だろ?るん。ん?あいつ?


「あいつるん?」


「そうそう、あいつー。ほら、らいあも知り合いだろ?」


「友人だ」


「え、らいあ友だち居るん?」


「え」の形に口を開けて固まるらいあ。


 爆笑して全身を震わすうしお。

 うしおをこれでもかと睨むらいあ。

 それに気付いて作業を再開するも堪え切れず、積み上げた大根おろしを震える指先で崩すうしお。


 うしお。いましばし大根おろしを積むんは諦めるん。いまはただ崩しているだけになってるん。

 らいあ。大丈夫るん。うしおに白菜と大根のほとんどを食べてもらうるん。

 一口、蜂蜜柚子湯を飲む。

 ふむるん。うまし。


「そうるんね。らいあにだって、友だちは居るんよね。ついうっかりしていたるん」


「あ、ああ、つい、うっかりか」


「ブアッハッハッ! ついっ、ついうっかりっ! 」


 しまったるん。うしおが再燃したるん。


「うしお」


 身を捩って笑ううしおをらいあは凍てつく声と視線で制すが、うしおは身を捩らなくなっただけで笑いは止まらなかった。


「大丈夫るん。うしおは白菜と大根が好きるん」


「そうだな」


「いやっ、フグッ! まっ、待って。グフブッ! しゃけっ! ブアッ! 鮭、食べたいんだけど」


「来年まで待て」


「ブウフッ! 来年! 」


 再び笑いの止まらなくなったうしおは置いといて、るるはらいあにも蜂蜜柚子湯を差し出す。


「でも良かった。らいあの友だちなら、お肉のお礼しやすいるんね」


「ああ、ありがとう。そうか、肉を食わせてもらったと言ったな」


「おいしかったるん。何をお礼にしようかな」


「あの者も肉を食うたか」


「るん」


「ならば、もう旅立った」


「るん?」


「あの者は普段は何がなんでも一人で居なければいけないといわんばかりに極力一人で居るのだが、何か大きな事をする前だけ人と食卓を共にするのだ。竹林を立つ前には必ずあの砂地で肉を食う。今頃は川を下っているだろう」


「るーん?そうなのるん?るぅん。るる、お肉に満足し過ぎてお礼言って来なかったるぅん」


 落ち込むるるの頭を撫で、らいあは微笑んだ。

 るーん。らいあの笑み、きゅーんるーん。


「問題なかろう。そんなこと気にしない者だ。るる、名を呼ばれたか?」


「るるるん。呼ばれなかったるん。るるをるると知らないるんかな?るるは焚き火のにおいにつられて自分から行ったるん。あったまりたかったるん。そしたら肉を取り出すもんだから、帰れなくなったるん」


「そうか。まぁ、紹介していないからな。あの者は滅多に民家の方へに来んし、噂も知らんかろう。礼などいらん。ただ、旅立ちの儀式をしただけだ。そこに居合わせた者が共に肉を食うた事自体が、あの者にとり旅立ちの祝福となる。それでもと思うならば無事を祈ってやりなさい。無事を祈る事程、旅人に力を与えるものはない」


「らいあ、それも大事だけど、旅人さんに力を与えるんは、ちょっと違うと思うるん」


「ん?」


「力を与えるんは、飲料と食料と睡眠るん」


「ふふっ。成る程、確かにそうであろう」


「グフッ、るるが旅したら鞄の中は食べもんでいっぱいだろうな」


 笑いは減ったが止まらないうしおは、グフグフ言いながら大根おろしを丁寧に積んでいた。

 ふむるん。あれは……何?まあいっか。


「当たり前るん。いまのるるから食べ物を取ったららいあしか残らないるん」


「え?私?」


「そうるーん。るるは食べ物はもちろんだけど、らいあ成分で出来てるところもあるん。食べ物八割らいあ二割るん」


「私が二割か……。良いな」


 らいあ、口元ふにっとしてるん。珍しいるん。


「え、良いの?少なくね?二割」


 うしおは首を傾げる。


 るるもそう思うるん。自分で言っておいてなんだけど、るん。


「問題ない。私が消えても、るるからは二割しか減らん。良かった。二割ならばるるは萎まぬし、凹みも早う戻るであろう」


 消える?らいあが?どうして?


「……るるから二割でも取ったら駄目るん。食べ物は食べたら減っちゃうるんよ?減らないらいあが必要るん」


「……るる、すまなかった。泣くな」


 るるが泣いてるぅんの?泣きそうなのはらいあるぅんよ。


「るる泣いてないるぅん」


「そうか」


 おいで。と広げられた腕の中に飛び込む。


 らいあの身体の熱を、自分の体に染み込ませるように記憶していく。


 あったかいるん。るる、らいあの腕の中、あったかくて好きるん。こんなにあったかいのに消えちゃうるぅん?

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