第2話 あたしは、彼女と出会う

 あたしは目立つため、ブラックコーヒー並みに稼働する自動販売機に近寄った。明かりがなければ幽霊と誤認させてしまう。逮捕の目論見が、怪談話のネタになっちゃうぞ。


「うへっ……」


 自動販売機には虫がいっぱいだ。アスファルトの道と、一軒家が並ぶだけの場所で、虫さん達はどこから集まって来るのだろうか。


 もう一度、左右を確認。


 車がギリギリ二台通れる幅の一本道だ。等間隔に立つ電柱に付けられた照明だけが、夜の暗闇を照らしてくれる。そして、奴らはあたしの存在を警察に知らしめる、舞台装置でもある。


 自動販売機のガラス板に反射する自分と頷き合い、シャツと半ズボンに手をかけた。


 あたしは全裸になって警察に捕まる!


 テスト勉強の気分転換で外に出てみれば、あたしはテストを受けないことを閃いてしまったわけで――内心越えて、悪のボスよろしく笑っていると(真夜中なので声に出して笑わないのだ、偉いんだ)、二個先の電柱下に人影が見えた。視力一・五のAランカーのあたしは見逃さなかった。


 服の脱衣を中止し、映画で観たカンフーポーズを取る。


 相手が誰かわからない。襲われれば、くまモンとふなっしーにしか敗北しないあたしでも危険だぞ。一応、防犯ブザー準備しておこう。別にビビってないし、本当だからね!


 二個奥の電柱にいた敵は、あたしなど眼中にないって感じで近づいてくる。


 進んで進んで、次の電柱に設置された照明が、対戦相手を輝かせた。


「おったまげー⁉」


 同類の露出魔じゃなかった。いや、露出仲間ではなかったが、女子学生のくぐりは同じと思う。


 黒のシャツと、黒のショートパンツ、上からシースルーの上着を羽織った女子。闇に溶け込む身なりだ、忍者の末裔か? あたしを暗殺する気か。


 ストレートの黒髪、眼つきの悪い目、背丈はあたしよりやや高い。そんな女の子がいた。


 彼女のかけた丸眼鏡のフレームが反射し、手に持つ本を白い指が捲る。


 うんうん、彼女はまだあたしに気付いていないらしい。手元の本にメロメロだな。


 しかし、あの本はえーと…………。


 そうそう、そうだ! 高校一年の現代社会の教科書。一カ月ぶりに持ち帰り、さっき勉強机の端っこで見た教科書に間違いない。あたしは置き勉マスターなんだ。テスト前しか教科書は持って帰らない。人はこういう「鞄を軽くする魔法」と。いや、「頭を軽くする魔法」だった気もするぞ。まーいっか。


 しかしだね。本当にしかしだよ。


 深夜に女子高生が徘徊しているものか?


 こう考えた方が自然と思う。


 あれは、幽霊だ。


「おい、そこの幽霊止まるんだい」


 控えめな声であたしは幽霊に声をかけた。先制攻撃はセオリーなのさ。


 彼女こと、幽霊はやっとあたしと目を合わせてきた。浮気された教科書が風でペラペラと捲れている。


 沈黙の味が混ざった空気を受けて、唇を舐める。


 蚊が泣くような声であたしが応じたのに、彼女は勢いよく教科書を閉じた。それはそれは、竜巻注意報が発令しそうな風が巻き起きる。足に力を込め、両手を顔の前に上げてガードした。真っ裸だったら飛ばされていたぞ。


「くうっ――」


「なにしてんのよ、あんた。てか、誰?」


 気だるげな声の彼女は、神々と渡り合って来たような眼光を向けてきた。


 二の句を繋げさせない威圧感は、石化魔法の破壊力だったけど、難なく防御しつつ、あっけらかんと答える。


「なにしているとはなんだ。キミの起こした暴風をガードしてたの。そして、人に名前を聞くときは、自分から名乗るんだぞ。常識を知らないなんて、バカだなー」


 彼女は顎をやや上げ、上から目線で反論を提唱してきた。


「先に名乗るのが常識ってあんたは言うけど、なぜそうしなければならないのかしら。説明してもらえる」


「はあ? 常識は常識だろ」(だよね?)


 彼女は右手を腰に乗せてため息を漏らした。


「常識が常識である説明もできず、常識を語らないで。あんたは意味も理解してない言葉を私に使うの? それこそバカね。ソクラテスの『無知の知』を理解した方がいいわよ」


「『無知の知』なら知ってるよ。自分がバカって自覚するバカの話でしょ?」


 すると彼女は額を押さえ出した。急な頭痛かな?


「バカは風を引かないくせに、バカ菌の感染力は強いのよね。それじゃあ、永遠にさようなら」


「ちょっと待って⁉ わかった、わかったよ。あたしの名前は、奈良町絵馬ならまちえまだ。ほら先に名乗ったぞ、キミの名前を教えてくれよ」


「奈良町絵馬? どこかで聞いた名前のような……」


 彼女はあたしの偉大なるネームを耳にして、思案顔を見せた。顎に手を乗せる仕草は、賢そうなイメージを植え付けてくる。昔の偉人も、部屋で一人そんなポージングを取っていたのかもしれないな。


 なるほど、形から入れってやつだ。高得点を取る子で、サイコロ鉛筆を使用しているのを見たことがない。もしや⁉ あれって意味ないのかも!


 驚愕も驚愕な事実を理解しかけた時、彼女の言葉に遮られた。


「私って他人に興味ないから、同じ学年でも名前は覚えてないのよね。けれど、あんたの名前は知っているわ。『バカの三乗少女』とか、『三人寄れば奇天烈怪奇』とか、『学園おバカ選手権一位から三位』とか言われているあの奈良町絵馬ね」


「あたしって二つ名多いな⁉ しかし内容は事実とすっかり違うんだけど……」


「間違いないと思うけど。まっ、今の異名群は、私が即興で思いついたものだけれどもね。単なるバカと聞いているわ」


「なんだよ、作り話か。それならもっとカッコよく、可愛いあだ名にして欲しい」


「バカにしたのにヘンテコな反応ね……まあいいけど。そんなおバカさんだったら、私の名前を教えても明日には忘れているわね。それにどうせ同じ学園なのだし、遅かれ早かれ耳に挟むでしょうね。私ってそれなりに有名人だから」


 彼女の頭から靴のつま先まで眺めた。


 だけど、有名人と言う彼女をあたしは知らない。


「私は、慧知水月えちみづきよ」


「やっぱ知らない」


 あたしが軽く手をブラブラ振ると、慧知水月は眼鏡の奥で鎮座した瞳を丸くした。おいおい、驚くようなことをあたしは言ってないぞ。円周率が無限に続くって初めて知ったあたし並みのビックリぶりだ。


 同じ学園で、同じ学年で、有名人なのにあたしが認識してないとすると。


「そうか! 慧知水月、キミは幽霊だったんだな!」


「はぁ? やっぱバカなの?」


「バカって言った方がバカなんだぞ」


「バカって言わせた方がバカなのよ」


 なっ、ノータイムでカウンターを決めてきたぜ。


 あたしは知ってるんだから。泥棒が自分を盗人と語らないように、幽霊だって自分をゴーストと名乗らない。


 こういう場合は、言葉巧みに知的な攻めを見せるのみ。


「慧知水月が幽霊という証拠をあたしは握っている」

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