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「せーいやっ」


 気の抜ける掛け声と共に、ゾッとするような一閃が繰り出される。


 微妙な手首の引きで精微に太刀筋を編まれ、虚空を縫うが如く蛇行する切っ尖。


 ──ほぼ間を置かず、四つ、亡霊の首が飛んだ。


「ばーん、ばばばばーん」


 そうして右手で硝子刀がらすとうを扱いつつ、まるで澱み無く左手で射撃。

 正面を向いたまま、殆ど視線も動かさず、五方向に光弾を放つ。


 ──いずれも寸分過たず、亡霊の頭を弾いた。


「んふふふふっ」


 引き寄せられ、主の手元に戻る硝子刀がらすとう

 柄頭で揺れる鎖が、しゅるしゅると縮んで行く。


「最長だとアタシの腕二十本分、最短だと指二本分てトコね」


 あのような使い方をしたにも拘らず、刃毀れひとつ無いガラス刃。

 血振りの後、外連味の利いた所作で鞘へ収められ、スカートを払うベルベット様。


「てか、なんなのコイツ等。急に斬り掛かって来るとかナメてんの? 謀反? 謀反?」


 辺り一面、死屍累々。

 次々と霧散し空気に溶けて行く、優に両手の指を上回る数の亡霊達。


 つい昨日までの、茫洋と居住区を練り歩くばかりだった彼等とは打って変わった様相。

 僕が犯されかけた時と比べても、明らかに何かが違う。

 まさか武器を掲げ、ベルベット様を襲うなんて。


〔どう致します? 一度官邸まで戻って、段取りを組み直しますか?〕


 出来れば、そうして欲しい。

 しかし残念。返答など、わざわざ聞かずとも分かり切っている。


「羽虫にたかられたくらいで大袈裟ね。このまま行くに決まってんでしょ」

〔……承りました〕


 ああ。一言一句に至るまで予想通り。

 眉間のあたりが、ぎゅーってなりそう。






 マケスティアは、そう大きな街ではない。

 出発より概ね四半刻。道中の障害を自身の言葉通り羽虫当然に蹴散らし、いざ到着。


「まるで金庫の扉ね。テンション上がるわ」


 外壁よりも更に高く厚く鎖された北東部。

 その門前に立ち、相好を崩すベルベット様。


「さ。ブッ壊して入るわよ」


 何故そこで普通に門を開くという選択肢が無いのか。

 尤も尋ねたところで「その方がカッコいいでしょ」と返されるのがオチだけど。


「そんじゃドカンと一発──」


 門扉に突き付けられる銃口。


〈──まあ待てよ〉


 だけど、引鉄を絞るよりも先。銃声に代わって、耳慣れた声が聞こえた。


〈ストレートに事を運ぶのも結構だが、人生多少のゆとりも必要だぜ?〉


 頭上を仰ぐ。

 いつの間にか壁上へと立っていた、アベル様の姿。


〈小門の鍵で良けりゃ、俺が持ってる〉


 投げ渡される三本の鍵束。

 それを掴み取ったベルベット様が、怪訝そうに彼を睨む。


「誰」

〈……あァ? イヴァンジェリンから俺のこと聞いてねぇのか?〉


 此方へと視線を移す金色の眼差し。

 向こうには僕が見えないので、急に明後日の方を向くメルヘンな人だと思われますよ。


〔街に来た当初より交流のある方です。色々、有意義な情報を頂いておりました〕

「ふーん。成程、そゆこと」


 再びアベル様へと向かう双眸。

 ……心なしか、さっきより剣呑な色合い。


「時々めかし込んで出掛けてると思えば、何? ああいうのが好みなワケ?」


 変に勘繰らないで欲しい。

 彼とは、そういうのじゃない。違う。


〈目の前で独り言とは寂しいな。俺と話すのは嫌か? なあ、


 だってあの人は僕に──ちょい待ち、今アベル様なんて言った?


「……………………は?」


 うわぁ。やば。











【Fragment】 ベルベット・ベルトリーチェ・ベルトーチカ(3)


 筋骨格の密度が異様に高く、加えて完全な左右対称。手、足、目、耳の全てが両利き。

 身長に恵まれなかったこと以外、まさしく天賦の戦士と呼ぶべき肉体の持ち主。


 なおベルベットを決して「チビ」と呼んではいけない。

 嘗て彼女をそう罵った者達は、一人残らず悲惨な報いを受けている。





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