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「……?」
なんだろう。空模様がおかしい、気がする。
「っ」
風は緩やかに吹いている。
雲も穏やかに凪いでいる。
目を閉じれば呪いのことなど忘れてしまいそうなくらい、静かで平和な昼下がり。
にも拘らず、ひどく気分が落ち着かない。気掛かりだ。
…………。
そして。気掛かりと言えば、もうひとつ。
「ぅ、え」
三つのうち二つの渦が掻き消され、街を取り巻く穢れは確実に薄らいでいる。
マケスティアを解放するまで、あと一歩の位置に踏み込んでいる。
その筈なのに。どうしてだろう。
僕達の置かれた状況に、これっぽっちも好転の兆しを感じられないのは。
寧ろ真逆。何か悪い予感がする。
それも──致命的なほどに。
「きもち、わるい」
「どうぞ」
昼食を終えてすぐ、手製のクジ箱を差し出す。
正直、既に無用な行為だけれど、これも一種の様式美。
ついでに言えば、理不尽女王の機嫌が良くなる貴重な確定イベントだし。
「ふっ……これよ!」
一枚だけ放り込んだ紙片を勿体ぶった仕草で摘み取り、大仰に掲げるベルベット様。
開いた中身に記された次なる攻略地は当然、金鉱。
「──アハハハハハハハハッ! とうとう来たわね、この時が!」
ダイニングに響くソプラノボイスの哄笑。
併せてテーブルへと飛び乗り、軽快な小躍り。
アンチマナーを重々理解した上でやってる分、無教養な人よりタチ悪い。
「シンカ! アタシが金鉱を手に入れたら、まず何をすると思う!?」
さあ。溶かした金を浴槽に注いで浸かるとか?
いや普通に死ぬって。いくらベルベット様でも、そこまで馬鹿じゃない。
「溶かした金で風呂に入るわ! 純金風呂とか、サイコーにセレブリティよね!」
そこまで馬鹿だった。
「剣」
「はい」
「銃」
「はい」
純金の融点はセ氏一千度を上回り、そんなものに浸かるのは火口へ身を投げるに等しい行為だと懇切丁寧に説明し、金箔風呂で妥協頂いた後、いつも通り身支度を手伝う。
なおドレスは先日同様、裏地に防刃布を当てた他、随所に金属板を縫い込んでおいた。
鎧も持って来てあるのだけれど「ダサいからイヤ」と一蹴され、こうした次第。
出来れば見栄えより実用性を重視して欲しい。どうですか、駄目ですか、そうですか。
「あ。昨日脱ぎ捨てた時ヒールが欠けたのよね。研いどいて」
「既に済ませてあります」
「ふふん。分かってるじゃないの」
レイピアの先端みたいなピンヒールが付いた、ずっしり重い鋼鉄の靴。
こんなもの履いて四六時中動き回れるとか、ホント体力お化け。
ちなみに僕は目隠しのせいで足元が見え辛くてすぐ転ぶから、ヒールを履けない。
まあ、そもそも必要無いんだけど。割と上背ある方だし、脚も無駄に長いし。
「今日はサンドイッチ四つ入れときなさいね。飲み物はワインが良いわ」
死地で酒を飲もうという考え、ちょっと理解しがたい。
まあ、言われた通りにするんだけどさ。
【Fragment】
鋼鉄で拵えられた特注のブーツ。靴のサイズは十九センチ、ヒール高は十三センチ。
普通なら素足で履けば靴擦れで血塗れになる代物。
ピンヒールの先端は鋭利に研がれており、薄い鉄板程度なら貫ける。
その性質上、少しでも踵側に重心が寄ると地面に刺さってしまう。
なお
けれどベルベット本人は全く気に入っておらず、この呼称を使ったことは無い。
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