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 ──よし。組み立て完了。


 余ってる部品も……無し、と。

 あとは天に身を任せるばかり。よろしくお願いします。


「…………あ」


 固唾を呑んで見守る中、駆動音が低く唸り始める。

 どうやら上手く行った、行ってくれた模様。

 無茶振りされた時は流石に頭を抱えたけど、案外なんとかなるものだ。


「ベルベット様。直りましたよ」


 ほぼ手探りかつ半ば適当だったのは内緒。

 失伝技術で造られたオーパーツの仕組みなんて知るワケない。せめて説明書が欲しい。


「うむ。くるしゅーないわ」


 細かな凹みや傷消しも兼ね、磨き上げた硝子刀がらすとうの鞘。

 それを受け取ったベルベット様が、映り込んだ自分の顔を見て呆然と固まった。


「……え? 天使?」


 よく言う。


「御自分です」

「そうよね!? あーびっくりした!」


 ホント、よく言う。






 鎖の環に指を引っ掛け、抜剣。

 ガラスにを混ぜて形作られた青い剣身が、きらきらと陽光を跳ね返す。


「ボチボチの塩梅ね。綺麗になったし、微妙な重心のブレも無くなってる」

「僅かに峰部分が歪んでいましたので、打ち直させて頂きました」


 度し難いレベルで雑に扱うあまり、鞘の内部機構が不調を起こした硝子刀がらすとう

 そしてその修理を押し付けられるついで、剣本体に鎖を繋げと命じられたので、意味不明だったものの指示通り柄頭に接合させた次第。


 しかし。


、一体どこで見付けたんですか?」


 触れた者の意思に従い、ある程度の長さと短さまで自在に伸び縮みする鎖。

 原理どころか材質すら見当も及ばぬ、珍妙極まる代物。


「戦利品よ。赤眼女の武器だけ何故か残ってたの。でも鎌もナイフも趣味じゃないし」


 そう言って柄ではなく鎖を掴み、硝子刀がらすとうを勢い良く振り回し始めるベルベット様。


 ああ成程、そのために──怖っ。危なっ。耳元掠めた。

 せめて外でやって欲しい。以前なら兎も角、今は単なるガラス刃じゃないのだから。


「んふふふっ。中々ゴキゲンな思い付きでしょ? 銃は直線的過ぎて、いっぺんに何度も撃ってると飽きるのよね」


 僕は勿論、壁や天井にも一切傷を付けず、室内に風切り音を撒き散らす切っ尖。

 やがて手首のスナップで奇天烈な軌跡を描いた後、持ち主の手中へと綺麗に収まる。


 ──四半秒遅れて、ベッド脇に置いてあった水差しが、真っ直ぐ斜めに両断された。

 嘘でしょ。


「はい練習終わり。やろうと思えばアンタの服だけ斬れたりもするわよ。見たい?」

「興味は尽きませんが、そろそろ昼食の支度がありますので、またの機会に」

「そ」


 そういう意図だと知らなかったから重心の調整なんかしてないのに、なんで正確無比に振り回せるんだろう。なんで刃筋が立てられるんだろう。

 ワケ分かんない。あんまり考えないでおこう。頭痛くなりそうだし。


 てか練習って言ったよ、この人。今の超絶技巧がデモンストレーションですか。

 いくらなんでも天稟が過ぎる。僕じゃ五十年かけたって真似出来そうもないのに。


 あと、なんでよりによって水差しを。

 この部屋で一番高価なアンティーク品だったのに。


 ま、別にいいけど。いつものことだし。











【Fragment】 鎖硝子刀くさりがらすとう


 影の女との戦いで損傷した硝子刀がらすとうに、イヴァンジェリンが修復と改造を施したもの。

 戦利品としてベルベットが奪い取った停戦の鎖ソードラインを柄頭に繋ぎ合わせ、それを掴み振り回すことで劇的に間合いを延ばすことが可能。遠心力で斬撃の威力も増す。


 ただし取り扱いの難易度は非常に高く、習熟には長い歳月を要するだろう。





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