88・Abel






 ベルトーチカ一帯には、殆ど雨が降らない。

 しかしあの日は、酷い土砂降りだった。






 朝一番に最後の加護を授かった後、一等神官を街から脱出させて臨んだ金鉱攻略。

 余力を残す必要の無い、まさしく全霊で打って出た決戦。


〈戻ったか〉

〈ん〉


 誰もが死を厭わず、蘇る端から戦線へと復帰するゾンビ戦法。

 戦い、戦い、戦い抜いて──悉く、力尽きた。


〈私が居ない間、何かあった?〉

〈三度目の神隷しんれい隊が来てた。なかなか惜しいとこまで行ったんだぜ〉


 ミハエル達の採った選択は、決して間違っていなかった。

 あのまま押し続けていれば、届いたやも知れない。


〈とは言え、もう国が直々に人を送り込んで来ることは無いかもな〉


 彼等に足りなかったのは、謂わばだ。


〈都合二千近い精鋭の屍と引き換えに得た収穫はゼロ。こんな戦果じゃ尻に根が生える〉

〈……そ〉


 呪われ人が正気のまま生死を繰り返せるのは、多くとも十回前後。

 そこからは加速度的に人格崩壊が進み、あっという間に自我を保てなくなる。


 元より狂気を孕んだ獣のような精神性の持ち主なら、分からんが。






 くだらねぇ。


〈なあ。別に聞いても聞かなくても構わんが、幾つか提案をさせてくれ〉

〈?〉


 全く以て、くだらねぇ。


〈今後に挑むのはやめろ。時間の無駄だ〉

〈……言ってくれるわね〉

〈事実だろ〉


 たった一度だけ縋り付いてきた女の手すら、取ってやれなかった。


〈そもそもは、お前が生きてる間は完全な不死だ。ようやく確信した〉

〈ッ……やっぱりってコト?〉

〈ああ。恐らくお前が死んでる間だけ、つまりお前の消穢チカラの内に取り込まれている間だけ、不死性に綻びが出るんだろう〉


 友と呼んでくれた男と、肩を並べて戦うことも叶わなかった。


〈だから大人しく機を待て。そして、もしも可能性を感じた奴が現れたなら、その時はお前が百蛇ビャクダを倒せ〉


 なんなんだ。


〈倒した後は好きにしろ。自害するなり、そいつを見定めるために挑むなり、な〉


 なんなんだ、おまえは。


〈……分かった。この街が元に戻るなら、なんでもやるわよ〉

〈そうか〉


 なんのために、ここに居る。


〈ねえ〉


 なんのために、ここに在る。


〈あァ?〉


 おまえは。なんのために産まれてきた。


〈私達って、なんなの?〉


 おまえは。なんのために、生きている。


〈──知るかよ〉











【Fragment】 ミハエル・ストレイン


 ダルキッサ姉妹亡き後、当時の王国で最強と囁かれていた騎士。

 世渡り下手で要職には就けなかったものの、その武勇は誰もが認めるところだった。


 彼の訃報及び、述べ三度目となる神隷しんれい隊全滅の報を受けた王国は、新暦四八年、マケスティア奪還を完全に断念した。





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