87・Abel






『総員、陣を崩すな! 攻撃は常に多方向より同時だ! 呼吸を合わせろ!』


 マケスティア北西部の渦を形作る基点、百蛇ビャクダ

 俺が勝手にそう呼んでる名が示す通り、百頭を持つ巨大蛇の姿を模った混穢レギオン


『二番、五番、前へ! 六番と八番は下がって負傷者の手当を!』


 混穢レギオンは内に取り込んだエネルギーが続く限り、何度でも再生を繰り返す。

 百蛇ビャクダはその性質が殊更に顕著で、弱所と呼べる核も存在せず、全ての頭を同時に落とすまで斃れない。


『オリヴァ辺境伯の戦闘資料を思い出せ! 逸るな! 攻め入る隙は必ずある!』


 そもそも奴の強さは、只人が及ばぬ領域。

 単なる精鋭程度では役者不足。一線を越えた英傑が、複数人必要なのだ。


『くっ……九番、十番、交代! タイミングは俺が合図する!』


 そういう意味合いじゃ、ミハエル神隷しんれい隊は百蛇ビャクダとの相性が悪かった。

 総合的な戦力こそ過去随一なれど、嘗ての領主や双子姉妹のような突出した個が、ミハエル以外に居なかったからだ。


『隊長! 右翼側に攻撃が集中し過ぎています! 盾が保ちません!』

『俺が入る! あと少しだけ堪えろ!』


 影の女アイツが動けたなら、飛斬ひざんで容易くカタをつけられたろう。

 しかし間が悪かった。ミハエル達が到着する二日前、ばかりだった。


『っぐ、おぉっ!?』

『隊長!?』

『──案ずるな! 片腕が折れただけだ!』


 万全を期すなら、待つべきであった。

 だがこの頃には、既に隊員の四割ほどが死を経験し、呪いに取り込まれていた。


『一度お下がりを! 骨が肌を突き破って──』

『笑止! たかが腕の一本! 俺を誰だと思ってる!』


 呪いを受けた者は、ただ息をするだけでも徐々に正気を失って行く。

 アイツが蘇る頃には、間違い無く亡霊と化してしまう。


 故に待つという選択肢は採れず、身を削る覚悟で彼等は百蛇ビャクダに挑んだ。


『王国騎士ミハエル・ストレイン! 我が道に、退路など無用なりッッ!!』


 そうして奴のが尽きるまで戦い続け──犠牲を払いながらも、討ち果たした。






『いよいよ明日、金鉱へ突入する』


 今も思い出す。

 癒えたばかりの右腕で拳を握り締めたミハエルが、そう言った時のことを。


〈……そうか。毎度の如く手は貸してやれないが、頑張れよ〉

『うむ!』


 止めるべきであったのだろうか。

 いや。止めたところで無駄だったろう。

 あいつのしつこさは、俺が一番よく知ってる。


『明日で全て終わらせる。然らば貴公も自由の身だ』

〈……ああ……まあ……そう、だな〉


 元より、あのタイミングが総力でに挑める最後のチャンスだった。

 物資も装備も人間も、全てが既にギリギリだった。


『共に王都へ来ないか? 貴公ほどの使い手なら、騎士の座も夢ではないぞ』


 何より。あの時の俺は、彼等ならばと思っていた。

 彼等ならば成し遂げられると、荊道の先に光を見出していたのだ。


〈考えとく〉






 けれど。そうはならなかった。

 そうなっては、くれなかった。











【Fragment】 影の女(5)


 彼女の肉体が砕けた後は、再構成までに一年以上の期間が要る。





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