86・Abel






 ミハエル率いる神隷しんれい隊は、第一陣をも凌ぐ精鋭揃いだった。


『拳士殿。彼女が貴公の言う基点の一人か』

〈ああ〉


 単騎で兵士数人に匹敵する戦闘能力を備える上、狩れども狩れども蘇る穢モノ達。

 その厄介者共を危なげなく蹴散らし、最初の四日で南部を制圧した。


『国の民、重ねて女性にょしょうに剣を向けねばならんとは……無情なり』

〈騎士の志とやらは御立派だが、今だけは忘れろ。殺されるぞ〉


 述べ三度の神隷しんれい隊を除いても、金鉱目当てに街を訪れた奴等は、それなりに居た。

 けれど。ウルスラを仕留める段階まで漕ぎ着けた輩は、多くない。


 と言うか、ほぼ皆無だ。

 誰も彼も羽虫同然に敗れ去り、呑まれて行った。


〈近付き過ぎるなよ。間合いに入れば、周りの穢れが自動的に攻撃を始める〉

『ふむ。死角は無しか。些かばかり手を焼きそうだ』


 亡霊でありながら穢れの渦を形作るほどの引力を備えた、穢モノどころか概ねの混穢レギオンをも上回る脅威。

 そんな彼女と、ミハエルは自ら先陣切って相対し、肋骨二本と引き換えに討ち取った。


『……どうか赦されよ。いや、どうか恨んでくれ』


 ウルスラを斬った後、あいつは血が滲むほど強く剣を握り締めていた。


〈あまり気に病むな。他のバケモノは知らんが、少なくとも彼女にとって、今のマケスティアは死んだ方が万倍マシな場所だ〉

『う、む……だが……だが俺は……望みを捨てられんのだ』


 嘗て人だった者達を斬る度、険しい表情を浮かばせていた。


『呪いに呑まれた者が既に手遅れであっても、あわよくば何か方法は無いものかと、どうしても考えてしまう。万策も尽くさぬまま彼等を斬って捨てる行為が正しいとは、どうしても思えんのだ』

〈……呪いそのものが断たれれば、助かる奴は助かる。それを成し遂げるには目の前の奴等を斬らにゃ、話にもならねぇ〉


 他人には甘いくせ、自分にだけはとことん厳しい奴だった。


〈しゃんとしやがれ。お前達が倒れちまったら、それこそ終いなんだぞ〉

『……そう、だな。ああ、そうだ。済まない、弱音を吐いた』


 馬鹿みたいに真面目で、己の落ち度に言い訳をしない奴だった。


『なあ、拳士殿』

〈あァ?〉


 だから。俺は。


『この女性にょしょう……もしや、貴公の良人だったか?』

〈まさか〉


 あの時の俺は、一縷の希望を抱いていたんだ。


〈そんな資格、俺にあるかよ〉


 あいつならば、或いは、と。











【Fragment】 嘆く者ウルスラ(3)


 彼女は本来、とうに混穢レギオンへと堕ちている筈の存在である。


 街への憎悪。人への憎悪。

 記憶を失い、自我を失い、恨みだけを胸に残し、しかし尚も己のカタチを留めている。


 もう思い出せないが、それでも彼女は覚えているのだ。


 嘗ての泣きじゃくる自分を慈しみ、側に居てくれた、誰かの存在を。





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