85・Abel






〈悪いコトは言わねぇ。今すぐ帰れ〉


 街へ踏み入り、穢モノの襲撃を受け、負傷者こそ出しつつも犠牲無く切り抜けた彼等。


 俺は最初、その前に立ちはだかった。


『ふむ。貴公は何者か』

〈何者でもねぇ。いいから、さっさと回れ右しな。酷い目には遭いたくないだろ?〉


 長らくの苦労が実り、薄皮一枚の内側に抑え込めるようになった膨大な穢れ。

 身体を得てから初めて面と向かって話した人間が、あいつ──ミハエルだった。


『忠告には感謝する。しかし、そうも行かん。我等は使命を受け、ここに居るのだ』

〈成程〉


 第一陣の悲惨な末期を、第二陣の惨憺たる有様を見ていた俺は、彼等に同じ道を辿らせるのが忍びなかった。


 ……いや。いいや。

 そんな高尚な考えとは程遠い、単なる独善か。


〈なら、力尽くで叩き出すことにしよう〉


 俺はただ、晴らしたかっただけだ。

 ウルスラに、何もしてやれなかった後悔を。






 ミハエルは強かった。

 恐らく、今までマケスティアを訪れた誰よりも。


 だが俺には劣った。隔絶と言えるほどの差があった。


〈何故、部下達に加勢させない? 力量の違いも分からんほど馬鹿じゃねぇだろ〉

『貴公に悪意が無いからだ。悪ならざる者を多勢で討つ騎士がどこに居る』


 けれど。それでも決してこうべは垂れなかった。

 幾度打ちのめされようと立ち上がり、純粋な闘志のみを灯した目で俺を見据えていた。


〈もっぺん言うぞ。死ぬより悲惨な目に遭いたくなければ帰れ〉

『出来ん相談だ。所詮は僻地での出来事と中央は軽く見ているが、ひと目で理解した。この街を捨て置けば、いつかの未来で必ずや無辜の民へと牙が及ぶ』

〈街の奴等と同じようなバケモノになりたいのか? 恐怖は無いのか?〉

『なりたくはないし、恐ろしいに決まっている。だが脅威に背を向け逃げ出す者など、誰も騎士とは認めまい』


 一度こうと決めたなら、何があろうと己の信念を曲げなかった大馬鹿野郎。

 あいつほど愚直で高潔な奴を、俺は他に知らない。


『覚悟しろよ。俺はしつこいぞ』

〈いいだろう。根比べと行こうか〉






 結局、折れたのは俺の方だった。

 力しか持っていない俺の拳如きでは、あいつを追い返すことなど罷り通らなかった。


『俺の粘り勝ちだな! 然らば、貴公は今日この時より我が友だ!』

〈あァ? いや、意味が分からん〉

『男と男が拳を交えれば友情が芽生えるものだ! 何より、俺は貴公が気に入った!』


 …………。


 もし。もう一度だけ、言葉を交わせるのなら。


 その時は──あいつはまだ、俺を友と呼んでくれるのだろうか。











【Fragment】 樹鉄刀じゅてつとう


 アベルが持つ、十の姿を持つ魔剣。

 ただし彼に、これを抜くことは出来ない。


 扱いきるだけの力を、持たぬがゆえに。





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