84・Abel






 ただ在るだけで穢れを撒き、呪を掻き混ぜ周囲を蝕む、呪物が如き忌々しい躯体。


 それをどうにか制御し抑え込もうと、日々苦心する最中のことだった。

 物々しい一団が、マケスティアの門を破ったのは。


『はーっはっはっはっはっは! 救世主参上!』


 細かな傷や修繕の跡が目立つ鎧を纏う、述べ数百の軍勢。

 同行する一等神官から加護を授かり、擬似的な異能を得た神隷しんれい達。

 尤も当時の俺は、そこまで詳しく彼等の素性など知らなかったが。


『俺が来たからには安心だ! 領民を救い出し、街を解放し、万事解決よ!』

『閣下。もう若くないのですから、無理は禁物かと』

『そう言えば、無闇に叫ぶと毛根が傷むと聞いたことが』

『マジで!? 最近額が広くなった気がするの、大声が原因!?』


 率いていたのは、ひと回り歳をとった、あの領主。

 当然と言えば当然の人選。他ならぬ彼の領内で起きた事件なのだから。


『全軍抜剣! 往くぞォ!!』


 彼等は強かった。いずれもが精鋭揃いだった。

 蔓延る穢モノ達を斬り伏せ、突き進む姿に、遠目で淡い期待を抱いたものだ。


 だが──を前に敗れ去り、希望は儚く砕け散った。


『閣下。ここまでです。撤退を』

『殿は私共が務めますゆえ、どうぞお先に』

『馬鹿な! お前達はどうする!? こんな状況で殿など、生きて帰れるものか!』

『……我等は閣下に拾われた身。その上、騎士にまで取り立てて頂いた』

『貴方様に仕えた日々は、実に楽しかった。今こそ積もり積もった恩義に報いる時』

『『行って下さい。御武運を』』


 一瞬の躊躇も無く主の盾となる道を選んだ側近達の献身により、隊の大半が斃れながらも、枢軸たる領主は見事に生き長らえた。

 大健闘。掛け値無しにそう呼べる戦果だろう。


 一方で呪いに呑まれた者達は、その後も果敢に戦い続けた。

 けれど、繰り返される生と死の転輪によって徐々に自我を摩耗させ、やがて一年も経つ頃には、一人残らず亡霊となり果てた。






 第一陣から幾許かの空白を挟んで送り込まれた、次なる神隷しんれい隊。

 今度の奴等は、やたら華美な鎧を着た、派手な連中だった。


 ……正直、こいつ等に関しては、よく覚えてない。


 何せ、あまりに呆気無く全滅した挙句、挙って早々と亡霊に堕ちてしまったのだ。

 玉石混淆。同じ神隷しんれいの名を冠する兵でも、その力量には随分と開きがあるらしい。


〈あんなの派遣するとか、何考えてるのかしら〉

〈さあな……〉






 そして。三度目が送られて来たのは、新暦四六年。

 二度目の惨憺たる結果から、概ね三年を経た後のことだった。











【Fragment】 ダルキッサ姉妹


 クラウス・ロデュウ・オリヴァが重用していた双子の姉妹。姉の名はジャンヌ、妹の名はカトリーヌ。

 当時の王国でも五指に入ると謳われた実力者であり、彼女達の訃報はマケスティアを蝕む呪いの深刻さを広く知らしめることとなった。


 双方共にクラウスを慕ってたが、身持ちの固かった彼はついぞ手を出さなかった。

 一年近く呪いに抗い続けた末、亡霊となった彼女達は、今も街を彷徨っている。





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