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〈ほら。ひとまず懐にでも仕舞っとけ〉
穢れが視界に映らぬようアベル様の背後へと匿われつつ、手渡される目隠し。
風に乗って飛ぶより早く掴み取った模様。すごい反射神経。
〈つーか、なんだってこんな野暮ったいもん着けてんだ? シラフの方が美人だろ〉
「……宗教的な理由です」
徹頭徹尾、それに尽きる。
本音を言えば邪魔だから外して生活したい。夜中とか特に。
足元見えなくて、走るとすぐ転ぶし。
〈アイツはな。栄えてた頃のマケスティアが好きだったんだ〉
本格的に風が強くなり始めたため、危ないので時計塔を降りることにした。
そうして長い階段を下る道中、アベル様が訥々と語る。
〈だから取り戻したいと望んだ。もう一度、胸に焦げついた景色を見たかったのさ〉
例え自分が消えることになってもな、と続く口舌。
その言葉が意味するところは兎も角、ひとつ引っかかった。
「アベル様は、違うのですね」
〈あァ?〉
乾いた声音。温度の無い語調。
「寧ろ、街を嫌っているように思えます」
〈そうか? ……そうだな。そうかもな〉
深く静かな吐息が、足音に混ざる。
〈ここには少なくとも一人、毎日泣いてる女が居た。そんな場所、好きになれるかよ〉
彼を中心に穢れが蒐まり、小さな渦を形作って行く。
〈アイツはそれを知らなかった。俺が教えなかった。伝えなかった〉
しかし、鬱陶しげな腕のひと振りで、いとも容易く霧散させた。
〈ここを好いてたアイツには、どうしても言えなかったんだ〉
特に驚きは無い。
ただ、今の所作で確信した。
〈それで勝手に気まずくなって、いつ頃からか距離を置くようになっちまった〉
この人も、あの影の女性も。他の亡霊や穢モノ達とは一切異なる存在なのだ、と。
〈笑っちまうよな。本当なら一番に信頼を置くべき、世界で唯一人の同胞だってのに〉
彼等だけが、あまりに違う。
何もかもが、かけ離れ過ぎている。
「アベル様」
良い機会だ。
いつか尋ねようと思ってたことを、この場で質そう。
「貴方は一体、何者なんですか?」
ほぼ等間隔だった歩みが遅くなり、やがて止まる。
次いで肩越しに、僕を振り返った。
〈俺は残響〉
髪と同じ灰色の瞳。
〈俺は爪痕〉
二段上に立って漸く目線の高さが揃うほどの長身に、強靭な筋骨を携えた体躯。
〈俺は影〉
白色人種が大半を占める西方では殆ど見ない、褐色の肌。
〈俺は、嘗て西方の者々が悪魔と呼んだ片割れの写し身〉
正直なところ、一度もそれを想像しなかったワケじゃない。
〈……いいや。鏡像とさえも呼び難い、単なる
考えが頭に浮かぶ度、突飛な与太話だと否定し続けていた。
〈カラのヒトガタ。目的も信念も持たず漂うだけの根無し草〉
でも。やっぱり、そうなのか。
〈何者でもない。どこの誰でもない〉
この人は、神を殺めた
マケスティアを呪う穢れ、そのものなのだ。
【Fragment】 アベル(3)
闘争と甘味を求め、三千世界を渡る男女──
外見や人格こそ本体の鏡写しだが、肝心の力はオリジナルに遠く及ばない。
とは言え、都市ひとつ滅ぼす程度の芸当は容易い。
その戦闘能力は、怪物ひしめくマケスティアに於いても、間違い無く最強である。
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