79・Abel






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 全ての始まりは、百年前まで遡る。






 旧暦──当時は神暦しんれきと号されていた暦が六六六年目を迎え、数ヶ月。

 西方同盟が史上最大規模の軍勢を東へと差し向ける筈だった日の、前日。


 何の前触れも無く、空を──否。

 世界と世界を隔てる境目を引き裂いて、奴等は現れた。


『よォ。お前が、この世界の最強か?』


 後世にて番魔つがいま、或いは真神しんじんと呼ばれる二人組。


 十本の刀剣を駆使する、灰髪灰眼の偉丈夫。

 禍々しい大鎌を携えた、黒髪赤眼の麗人。


『単刀直入に言わせて貰うぜ。俺達はテメェの敵だ』

『惨めにボコられたくなかったら、大人しく最高のお菓子を寄越しなさい』


 三千世界を渡り歩く捕食者プレデター

 ひたぶるに強者を求め、喰らい尽くしては狩場を変える、傍迷惑なオシドリ達。


 大陸が標的に選ばれた理由は、特に無い。

 たまたま順番が回って来た。それだけの話だ。






『ハハッハァ! いいなァ、お前! 中々だ!』


 奴等は、常軌を逸した化け物だった。


『ここんとこハズレが多くてよォ! 文字通りような輩がアタマ張ってるとこまであったんだぜ、マジやってらんねェ!』

『アンタが強くなり過ぎなのよ。小さい世界なら、ただ居るだけで壊れ始めるし』


 決戦の場となった大陸西部の北端、ベルトーチカ。

 当時は高山が聳えていた一帯は、戦いの余波で瞬く間に平地へと均された。


『なるたけ長く楽しもうぜ! すぐ終わらせちゃ勿体ねェ!』


 その気になれば大陸全土をも滅ぼしうるチカラを持っていた無銘神が、終始劣勢。

 対する俺のオリジナルは、ほぼ片腕しか使わず、刀剣すら抜かず、ずっと遊んでいた。


 憐憫を催すほどに歴然だった力量差。

 それでも、どうにか一昼夜を戦い抜いたのは、腐っても神と言うべきか。






『ねえ。お腹空いたんだけど』


 大陸に住まう全ての生物が滅びを覚悟しただろう、上位存在達の天地揺るがす闘争。

 その幕を引いたのは、赤眼の女が欠伸交じりに放ったひと言だった。


『あァ? ああ、悪い悪い。そんじゃボチボチ終わらせるか。ちょうど飽きてきたしな』


 つい一瞬前までとは比較にもならない速度と威力で放たれた拳。

 空間諸共に無銘神を穿ち抜いた、必滅の一打。


『適当な街で飯にするか?』

『この世界、文明レベル低そうだからイヤ。ヨソ行きましょ』


 何百年もの間、大陸に格差と戦乱を齎した元凶たる神は、ゴミ屑のように殺された。

 その下手人達は何の感慨も無く、現れた時と同様に次元そらを裂き、消え去った。






 これこそが、百年前の真実。語るも情けない、神の末路。


 後に残ったのは、神輿を喪い加護を喪い、衰退を決定付けられた西方同盟。

 この土地に染み込んだ、無銘神の血と肉と骨。






 そして。人知れず、俺達は産まれ落ちた。











【Fragment】 三千世界


 世界は無数に存在する。

 大陸もまた、その中の一片に過ぎない。


 ──故に。番魔つがいまのような旅人も、稀に居る。





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