73・Velvet






 軽く何度か、左手を握っては開く。

 これと言った違和感も差し障りも無い。斬られる前と全く同じ感覚で動かせる。


〈うえ……アンタ、ホントに人間? 穢モノ化どころか亡霊化もしてないのに、なんで腕がくっ付くのよ気色悪い〉


 普段なら即極刑ものの超絶無礼な罵詈雑言を一旦聞き流し、硝子刀がらすとうを拾う。

 石畳に突き立てたままだった鞘を取り、ちぎった剣帯を腰に結び直し、納剣。


 替え刃の残りは、あと二回か三回分てトコ。ちょい心許ない。補充しとけば良かった。

 でもまあ、いいか。尽きたら尽きたで、ブン殴れば。


「しぃっ──」


 前へ倒れるように重心を傾かせ、踏み締めた足場を爪先で掴み、蹴り付け、躍り出る。


「──ねェッッ!!」

 

 左からの横薙ぎ。と見せかけて、鳩尾への正拳。

 薬の効力で著しく水増しされた膂力を篭めた、渾身の右ストレート。


「ハラワタ潰れろ」

〈品性〉


 大鎌の柄で防がれるも、構わず拳を振り抜く。

 細っこい身体を浮かせ、カチ上げた。


「輪切り輪切り輪切り輪切りィッッ!!」


 乱雑に太刀筋を編んだ滅多斬り。

 ロクすっぽ身動き出来ない空中で捌き切れるもんなら、捌いてみなさい。


〈だから、品性〉


 と。ガラスの切っ尖が肌身を抉る間際、小さな破裂音と共に赤眼女が


 虚空を踏んでの更なるジャンプ。

 飛ぶ斬撃と同様、今まで聞いたことも無い意味不明な技。


 ──でも残念。


「その手品は、姿が変わる前にも見てるのよ」


 つまり既に織り込み済み。


「あはァ」

〈っ〉


 赤眼女の頭を掴む。やたら小顔だから持ちやすい。


 次いで力の限り、足元に叩き付けてやった。


〈かっ──〉

「はい、もっかーい」


 叩き付ける。


〈ちょ──〉

「もひとつアンコール」


 叩き付ける。


「アンコールアンコールアンコールアンコールアンコールアンコールアンコールアンコールアンコールアンコールアンコールアンコール」


 叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける叩き付ける。


〈────〉

「ふっ、あはははっ! よし満足、お疲れ様!」


 蜘蛛の巣状の亀裂が道幅いっぱいまで広がった頃合、赤眼女を近くの壁に放り投げた。

 こう、べちゃっと張り付かせる感じに。


「あら?」


 亀裂に埋もれた大鎌を発見。また落としたのかドジめ。

 親切心が服を着たような存在であるアタシは、勿論これを返してあげる。


「せいっ」


 しかも次こそ失くさないよう、心臓に深々と突き刺すサービス付きで。

 ああ。なんて優しいのかしら。






 胸を貫かれ、虫ケラの標本みたく壁面に留まった赤眼女。

 真っ黒な血が流れ落ち、石畳の亀裂を沿って幾何学模様を作っている。


「……ふーん。ボチボチね、七十点」


 ちょうど陰気な街並みを華やがせる彩りが欲しいと思ってたところ。

 アタシに楯突いた愚か者の末路を知らしめるモニュメントとして、このまま飾っとくのも一興かも知れない。


 あ。でも腐っちゃうか。残念。


「しゃーなし。首だけ塩漬けにして、広場とかの目立つ場所に晒そ」


 今にも刃が崩れそうな硝子刀がらすとうを肩に担ぐ。

 それがトドメになって崩れた。峰だけの剣とかバカっぽくて嫌だし、鞘に仕舞っとこ。


「はーあ。良い感じに気が晴れたら、なんか小腹すいたわね」


 スカートから振り落としたサンドイッチでも食べよ。

 油紙に包んであったし、いけるいける。






〈……痛っ、たぁ……ッ〉











【Fragment】 エアハイカー


 影の女が履くブーツ。

 靴底に空気を弾く特殊機構が仕込まれており、空中での更なる跳躍が可能。


 連続使用上限は三回。その後は五秒間のリチャージが必要。

 また、多段ジャンプには強靭な体幹と平衡感覚が必須ゆえ、常人では使い熟せない。


 これも他の装備と同様、大陸には存在しない技術で製造されている。






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