74・Velvet






 踵を返し、くるりんぱ。


「アタシ、確かに心臓ブチ抜いたわよね」


 はて。


「なんでまだ生きてんのよ。キモ」


 手ずから大鎌を引き抜く赤眼女。

 胸には風穴。インクみたいな色の夥しい出血。

 致命傷を通り越した、即死級ダメージ。


 なのに千鳥足も踏まないとか。どうなってんの。

 さんざ叩き潰してきた化け物共だって、も少しウケるリアクションくれたのに。


〈大前提が間違ってるわ〉

「はァん?」


 アタシ様が何を間違えてると。

 聞くだけ聞こう。言うてみ。


〈そもそも私は、初めから。心臓なんか、ただの飾りよ〉

「……つまんな」


 でもまあ、だったら次は首でも刎ねるか、微塵切りか、ミンチか、丸焼きか。

 そうすりゃ流石にれるでしょ。






 散らばった荷物から目当ての包みを拾い、砂埃を払う。

 まだ少し温かい。ちょうど食べ頃。


〈私は残響〉


 油紙を破くとソースの匂い。

 肉をたっぷり挟んだ、分厚いサンドイッチ。


〈私は爪痕〉


 口いっぱい、かぶりつく。

 ふっかふかのアルパン。しかも表面はパリッと香ばしい。


〈私は影〉


 カリカリに焼いた薄切り肉。食欲をそそる濃いめな味付け。


〈私は、嘗て西方の者々が悪魔と呼んだ片割れの写し身〉


 中心部には刻んだピクルス。

 絶妙な酸味とシャキシャキした食感。脂のくどさを洗い流す口直しに最適。


〈……いいえ。鏡像とさえも呼び難い、単なるおり


 所々に塗ってあるマスタードが、これまた絶妙。

 敢えて不均一に散らすことで、のっぺりしたソースの味わいに加わるアクセント。

 心憎い気配り。何度怒鳴り付けても、屋敷の無能メイドには真似出来なかった芸当。

 ホント、使用人を顔だの尻だので採用してんじゃないわよ、クソ父上。


〈でも。それでも私は、私には〉


 あっという間に食べ終える。

 総評。まあまあ。八十点。益々の研鑽に励みなさい。


 ところで、もう一個あった筈──


「ん」


 半歩退く。

 罅だらけの石畳に新たな刀傷が一本、疾り抜けた。


〈最終ラウンドを始めましょう。アンタが私の待ち望んだ相手なのか、試させて貰うわ〉


 鎖を鳴らし、大鎌を繰り始める赤眼女。

 ケリを着けようってワケ。良い度胸ね、褒めてあげる。


 食べてる最中ベラベラ喋ってた内容は、全く聞いてなかったけど。


「オーケー。来なさい」


 幕引きと行こうじゃないの。











【Fragment】 アルパン(2)


 元々は保存食ゆえ、水分を抑えた堅焼きが主流。どちらかと言えばビスケットに近い。

 しかしイヴァンジェリンは幼い孤児達でも食べやすいようレシピを改良し、白パンのように柔らかく仕上げていた。


 これを初めて口にして以降、ベルベットは他のアルパンを食べなくなった。





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