71・Velvet






「ぐぅ、るるッ!」


 振り下ろされた大鎌を、硝子刀がらすとうで受け止める。


 間一髪のタイミング。

 あと四半秒でも遅れてたら、アタシの玉体が右と左で真っ二つだった。


「ん、のっ……!!」


 膝が挫けそうな重さ。あっちは片手しか使ってないのに。

 しかも太刀筋が速過ぎて躱せず、防御を強制させられた始末。


 成程。大層な演出を挟んで変わったのは、姿だけじゃない。

 膂力も速力も緩急のリズムも、何もかも全く違う。


 つまり。


「カマトトぶってたって、コト……ッ?」

〈考え方次第だと、そうなるわね〉


 舐め腐った真似を。

 コイツ、絶対ぶちころがす。


「──らぁッ!」


 ガラス刃が欠けるのも構わず、強引に大鎌を弾く。

 そのまま突き倒すべく押し込むも、手応えは軽い。


 スカされた。ムカつく。

 けど、追撃に足る隙間は作った。


「シィッ!」


 手首への蹴り。再三、宙を舞う大鎌。

 ちゃんと両手で持ってないからこうなるのよ、間抜け。


「二度も続けて同じポカやらかすとか、学習能力無いワケ?」

〈勿論あるわよ〉


 淡々と戻る返答。


 直後──影女改め赤眼女が、ジャラジャラうるさい鎖を掴んだ。


〈これは本来、大鎖鎌。に寄った今なら、こういう使い方も出来るの〉


 鞭の如く振り回される鎖。必然的に暴れ回る、先端に結び付いた大鎌。

 四方八方より襲い来る斬撃の檻を掻い潜り、努めて至近距離を保つ。


〈ん、正解。大抵の奴は、このシチュエーションだと咄嗟に離れようとしちゃうのよね〉


 冗談。鎖鎌相手に間合いを置くとか、首絞めるだけだし。

 そもそも大型の武器とやり合うなら、懐に入った方が安全に決まって──違う馬鹿!


「……ッッ!!」


 虚空を奔る、小さな、しかし恐ろしく鋭利な一閃。

 頭蓋の中で響き渡る警鐘に従い、脚力の限り背後へと跳ぶ。


〈あら〉


 じくりと首筋に疼く熱。

 ちょっとだけ掠ったっぽい。


 ……身の丈ほどもある両手武器を、何故片手で繰るのか。

 決まってる。空いた手で別の得物を握るためだ。


〈ふーん、これも避けるの。いいわね〉


 歪めた空間を剣身に仕立てた、妙ちくりんなナイフ。

 アレの存在を失念しかけていた。今のは、だいぶ危なかった。


〈でも大丈夫? そんなに私から離れて〉


 その問いに幾らか遅れる形で、置かれた状況を飲み下す。


 概ね十歩分の距離。赤眼女の手元で勢いづいてブン回される鎖鎌。

 遠心力が加わった、先の振り下ろしなど児戯に等しい一斬。


「し、まっ」


 避けるにも受けるにも最悪な体勢と重心。

 動くに動けず、感覚ばかりが研がれて緩やかに時が過ぎる中、風を裂いて迫る切っ尖。






 ──痛みすら無く、左腕がトんだ。











【Fragment】 停戦の鎖ソードライン


 臨月呪母りんげつじゅぼの口金から伸びる、伸縮自在の鎖。

 これに括られた者は一切の戦意を失うが、その機能は再現されていない。





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