68・Velvet






「そーいやっ」


 上空目掛け、硝子刀がらすとうをブン投げる。

 馬鹿でかくて邪魔ったるい鞘も剣帯ごと引きちぎり、石畳に突き立てた。


〈ナにを……〉


 自分から得物を手放す意図を測りかねたのか、様子見とばかり半歩退く影女。

 察しの悪い奴。パッと理解しなさいよ。


 ──圧し固めて刃に仕立てたところで、ガラスはガラス。には弱い。

 つまりあのナイフとの相性は最悪。迫り合う度に砕かれるのがオチ。超ストレスフル。


 だからスタイルを徒手に変えただけ。猿でも分かる簡単な話。


 それに──ガチのタイマンと言えば、ステゴロでしょうが。


「シィアッッ!!」


 一歩踏み出し、懐に潜り、肘撃を放つ。


 対するは払い受け。勢いを身体ごと受け流される。

 が、そのまま回し蹴りにシフト。脇腹へと踵をブチ込んだ。


「チッ」


 また羽毛でも叩いたような手応え。

 癪に障るも、やはり技巧はコイツの方が上か。


「けぇ、ど!」


 体勢が崩れた一瞬を狙い、シンカ並みに細っこい手首を掴む。


 膂力はアタシの方が遥かに上。

 こうなれば、こっちの土俵。


「いただき、まァ、すッ!」

〈ッッ〉


 左手の小指と薬指を噛み切る。

 出来るだけ痛いように、敢えて奥歯で。


「んぐっ」


 直後、ぐるんと引っ繰り返る天地。

 投げ技。小汚い地面にアタシを転がそうとか、とことんムカつく。


 脳天が叩き付けられるより先、片手を突き出す。

 倒立状態、からの蹴り。ナイフを振りかぶっていた影女を追い払う。


「べっ」


 天地を元に返しつつ、口内に残った指二本を吐き出す。

 何これ、まっず。血や肉とは全く違う味がする。すこぶる不快。


「……んふふふふふふふっ」


 だけど許す。良きに計らえ。

 ベルちゃんポイント一点プラス。今のは、かなり溜飲下がった。


〈まトモじゃないワね、アンタ〉

「あーら、負け惜しみ? ナントカの遠吠えって大好き、いくらでも喚いてちょうだい」


 真っ黒な液体滴る噛み傷を押さえる影女。

 小指を欠けば握力は半減。左手は封じたも同然。


「てか何? まさか綺麗にヤって貰えるとか思っちゃってるワケ?」


 タイミングを見計らい、ひとつフィンガースナップを打つ。


「ベタ甘な見通しも大概にしときなさいよ。アタシにシンカの前で恥をかかせたゴミカスが、人の形を残せるワケないでしょ」


 落ちて来た硝子刀がらすとうの切っ尖が、上を向かせた鞘の口に、寸分違わず滑り込む。


「パーペキにボロ負かした後、カラダも尊厳も、ぐっちゃぐちゃにしてやるから」


 かしゃんっ、と耳に沁み渡る鍔鳴りが、すっごく気持ち良かった。






〈──、ね〉











【Fragment】 臨月呪母りんげつじゅぼ


 影の女が持つ主武装。

 頑強かつ鋭利な斬れ味を持つ、ただそれだけの大鎌。


 そうでなければならない、魔なる鎌。





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