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「アタシより高いところで、ふんぞり返ってんじゃないわよ」


 悪態を吐き捨て、足元の石片を蹴り飛ばすベルベット様。

 石片は弾丸の如く瓦礫の山の中腹あたりへと深く食い込み、そのまま衝撃で押し崩す。


〈っト〉


 頂に座っていた人影が腰を上げ、宙へ躍り出る。

 そして何度か、僕達の正面に降り立った。

 まあ僕は加護越しに感覚を送ってるだけで、ここには居ないんだけど。


〈危ナイわね。なンなの〉


 朝焼けの逆光を離れ、鮮明となる姿。


 否。そう称すには、未だ少しばかり曖昧模糊か。


 何せ彼女の五体を模るものは、血でも肉でも骨でも非ず。

 ゆらゆらと輪郭を揺らめかせる、昏い影なのだから。






「半月ぶりねリィザイ。相も変わらずインケンな面構えで安心したわ」


 軋むほど強く柄を握り締めるあまり、切っ尖が小刻みに震える硝子刀がらすとう

 こめかみに青筋を浮かばせ、努めて平坦に口舌を紡ぐベルベット様。


 正直かなり怖い。僕を寝室に連れ込もうとする辺境伯閣下父君を睨み付ける時と同じ目だ。

 とどのつまりガチ切れ。控えめに例えるなら、導火線に火が点いたダイナマイト状態。


「で? アンタこんなとこで何やってたワケ?」


 斬りかかるタイミング見計らってるのか、細かく前後へとステップを踏む右脚の爪先。

 併せ、行き掛けの駄賃とばかり、瓦礫となった廃工場を尻目に据え、問う。


 ……工業区全域の穢れが四散した現状から鑑みるに、渦の中心は既に斃された。

 それを成したのは九分九厘、眼前の影。


 けれど──そうなった経緯が分からない。


「わざわざアタシ様が仕留めに出向いた大物を横取りとか、かなり不敬よねぇ?」


 本当は手間が省けてラッキーくらいに思ってるくせ、酷いイチャモン。

 スラムを遊び場にしてた所為で、すっかりヤクザ者達のやり口を覚えてしまった次第。


 対する影の女性は暫し顎先に指を添えた後、肩口で綺麗に揃った髪を撫で付ける。


〈…………が──〉

「あ、やっぱいいわ。なーんにも答えないでオッケー。てか喋んな」


 律儀に答えようとした口舌を、しかしバッサリ断つ理不尽女王。

 抑揚の無い声音が癇に障った模様。でも自分から尋ねておいて、それは流石に。


「そんなことより。斬ろうとしてた化け物が居なくなったなら、アタシは振り上げた刃をどうすればいいのかしらね?」


 ゆるりと腰だめに構えられる硝子刀がらすとう


「まさか、ただ黙って切っ尖を下ろす、なんてダサい真似するワケにも行かないし」


 忙しなく動いていた爪先が踏み締められ、石畳に薄く亀裂を伝わせる。


「どーしましょ。どーしましょ。どーしましょったら、どーしましょ──」


 ベルベット様の足元が、爆ぜる。


「──よし、きーめた」


 正しくは、足場を砕くほどの勢いで以て、突進する。


「代わりにアンタを、ブッた斬る」


 きっと、初めて殺された時の意趣返しだろう。

 得物も構えず佇む細い首筋目掛け──ガラスの刃を、振り抜いた。











【Fragment】 影の女(2)


 影で編まれた躯体には、一切の穢れが含まれていない。


 寧ろ真逆。

 この世のあらゆるにとって、彼女は天敵に等しい。


 呪われた都市に縛られながらも、穢れを斥ける性質を備えたパラドックス。

 故にこそ、その肉体は不完全かつ不十分。


 ──幾度の輪廻を繰り返そうともベルベットが正気を失わずにいられる理由の半分は、最初の死を彼女から与えられたためである。





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