破
62
数キロ離れた官邸でベルベット様が壊した部屋を修繕する最中の僕自身には危険が及ばぬと分かっていながらも、反射的に身を縮こまらせてしまう轟音と衝撃だった。
「あーららら」
優に五十年以上、悪辣な環境下で放置された施設とは言え、多少の揺さぶりなどではビクともしない筈の堅牢強固な廃工場。
にも拘らず、バターを切り分けるかのように真っ二つとなった後、自重を支えきれず瓦礫となり、呆気なく倒壊する。
併せて津波の如く巻き上がり、周囲を飲み込む夥しい塵煙。
ただでさえ穢れの影響で潰れた視界が益々狭まり、手を伸ばした先すら見えなくなる。
「アンタの加護って、こういう時に便利ね」
飛び交う粉塵に目も肺も潰れかねない中、低く身構えつつ楽しげに呟くベルベット様。
この状況でも瞼を開けたまま過ごせる上、まともな呼吸が能うのは、確かに大きいか。
……にしても。
〔一体、何が〕
唐突極まる、あからさま過ぎるほど作為的な崩落。
あの中に巣食う、この渦の核心だろう存在の仕業なのか。
しかし、だったら何故、己のねぐらを壊す必要が。
斯様な破壊を突発的に振り撒く怪物なら、とうに工業区一帯は更地と帰している道理。
が、確かに今までの区画と比べれば劣化や損壊こそ著しくも、嘗ての栄華を感じさせる程度には原形を留めており、埒外な化け物が力の限りに暴れ狂った痕跡は窺えない。
即ち、これは呪い渦巻く廃都に在って尚、正常を逸れた出来事。
いよいよ以て、嫌な予感が現実味を帯び始める。
ホント勘弁願いたい。
「んふふふふっ」
と。おもむろに聴覚へ触れる笑い声。
銃と
「思ったより随分と早く、三度目が来たみたいね」
──突風が吹き荒ぶ。
拳大の鉄片が転がるほどの勢い。
四方を壁に鎖されたマケスティアで、こんなにも強い風が吹くなんて。
立ち込める粉塵を、延いては空気を黒く染めたに等しい濃度の穢れをも払い除け、一挙に晴れ渡る周囲の景色。
覆いを失い、照り付けた陽光に、些か目が眩む。
〈はあアぁぁぁぁっ……〉
風が止み、其処彼処での崩壊も収まった街中に響く、深い溜息。
視線を向け遣れば、積み上がった瓦礫の頂に脚を組んで腰掛ける人影。
傍らには、徹底的に斬り刻まれた
〈あア〉
互いの位置が悪く、姿は逆光で良く見えない。
けれど、その気だるそうな声と、肩に担がれた大鎌らしき得物には、覚えがあった。
〈お腹、すイタ〉
【Fragment】 九面体
神官が肌身離さず持ち歩くアミュレット。
材質は木でも石でも構わないが、三等以上の高位神官の多くは宝石を使う。
どう作っても歪さが残るため、名も姿も人間には知り得ぬ上位存在たる無銘神のシンボルとして、古くより用いられてきた。
九つの面には、それぞれに対応した意味があり、神殿の掲げる教義にも紐付いている。
余談だが、その教えに無銘神は何ひとつ関与していない。
とどのつまり、思い込みに等しい信奉の独り歩きに過ぎない。
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