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〔時にベルベット様。金の採掘事業に於いて最も多く富を得るのは誰だと思いますか?〕
「はァん?」
やけに静かな区画内。
二度目三度目の襲撃どころか、動くものの気配すら途絶えた、不気味なほどの無音。
「んなもん金鉱の持ち主に決まってんでしょ。つまりアタシね!」
〔しかし煌びやかな黄金も、鉱脈に眠ったままでは無価値。そして地下深くより鉱石を掘り出すには、莫大な費用と労力と時間が必要となります〕
いくらなんでも妙だ。
先の衝突で工業区に蔓延る全ての
にも拘らず何故、のこのこ巣窟に踏み込んだ獲物を放置するのか。
〔鉱夫の雇用、道具の支給、各施設の設置、インフラ整備、採掘後の冶金や輸送……そうした周辺ビジネスを取り仕切る者達こそが、ローリスクハイリターンを収めるのです〕
「何それムカつく。どうにかタダ働きさせらんないワケ?」
〔無理寄りの無理かと〕
過去半月の諸々を振り返るに、
仮に穢モノを猛獣と例えるなら、あれ等は差し詰め肉食蟲。
知性どころか意思すら希薄。原始的な本能に基づいた行動をなぞるだけの、完全に自我を失った攻撃性の化身。
──この静寂は、明らかに何かがおかしい。
〔尤も、ベルトーチカ金鉱の推定埋蔵量は西方全土の三割を買えるほどだとか。そこまで規模が大きくなれば、話も変わりましょう〕
「つまりアタシさいきょーってコト?」
すごく嫌な予感がする。
ありがちな話だけど、僕の勘は悪い時に限って当たるんだ。
出来れば一度ベルベット様を退かせたいけど、同意を得られる筈も非ず。
暫し逡巡を挟んだ末、進む他に無いか、と内心で溜息を吐く。
〔取り敢えず、その解釈で差し支えありません〕
「っしゃあ! 平伏せ愚民!」
…………。
にしてもこの人、とことん暴君気質。
〔着きました〕
地図に記した渦の中心。
周囲を見渡しても、一際に大きな建物。
恐らくは金鉱で扱う採掘道具の製造工場。儲け話を嗅ぎつけた賢しい巧者達にとって、金のなる木だったろう跡地。
成程。欲望が集うには打って付けの場所だ。
「これまた汚いオンボロだこと。もうじき肌寒くなり始める季節だし、ひと段落したら、いっそ街ごと焼き払おうかしら」
物騒な独り言を宣いつつ、抜き放たれる
鞘内のガラス残量が示された目盛りを見遣る。
半分ちょっと。概ね替刃七回分。
補充を提言するか、微妙に迷うライン。
「よーし行くわよシンカ。最近ずっとアレだったし、カッコいいとこ見せたげるわ」
悩んでいたら、先にベルベット様がアクションを起こしてしまった。
せっかちな主人を持つと、考える時間もロクに無──
「──ッッ!!」
そうやってつらつら思考を並べる最中、踏み出しかけた爪先を押し留め、逆に後ろへと跳ぶベルベット様。
どうされたのですか。
そんな問いを投げ掛けるにも及ばず、遅ればせ、僕も異変を察知する。
〔…………え?〕
一瞬足らずの出来事だった。
己の視覚を疑うような光景だった。
優に数十メートル四方はあろう、石と鉄とセメント造りの建造物。
それが丸ごと、寒々しいほど鋭利かつ長大な斬撃で以て──内部から両断されたのだ。
【Fragment】
マケスティア北西部の渦を形作る起点となっている
金採掘事業に乗じて富を貪るべく、各地より集まった者達の強欲の収斂。
無数の大蛇が絡み合い、一塊となったが如し姿の怪物。
多くの穢モノが融けて生まれた異形であり、しかし竜には至れなかった失敗作。
とは言え、人間の尺度で見ればその力は甚大。エネルギーも他の
百の頭を残らず同時に落とさぬ限り、決して斃れることは無い。
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